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038:立ち塞がる冒険者達

「リッチの眷属ってのはあんたかい?」


 リチェルカーレの前に立ちはだかった四人の男女。腰に剣を下げた男が、最初に口を開いた。


「……だとしたら、どうするんだい?」

「俺達は魔導師団からリッチの討伐依頼を受けた冒険者だ。悪いが眷属も討伐対象に入っていてな……」

「リーダー、呑気に喋ってるなら先に仕掛けさせてもらうぜ!」


 リーダーと呼ばれた男が話している最中、いきなり横の男が両腰に下げた剣を抜き、リチェルカーレに襲い掛かる。


「へぇ、なかなか骨があるじゃないか。アタシ達は敵同士、御託なんて要らないって事さ」


 二連撃を事も無げに回避したリチェルカーレは、右手に魔力で剣を生成し、襲い掛かった相手に向き直る。


「魔力の剣……。魔導師っぽいのに剣技もイケるクチか。イイネェ!」


 今度はリチェルカーレの方が一足飛びで二刀流の剣士に迫り、無造作に剣で薙ぎ払う。


「いかん! それを受け止めようとするなっ!」


 剣士はそれを片手で防御し、もう片方で反撃に出ようとするが、リーダーからストップがかかる。しかし、そのタイミングは若干遅かった。

 と言うのも、剣士は既に行動に移してしまっていたからだ。今更動作を切り替えようがないため、剣士はそのまま迎え撃つ事にする。

 だが、リーダーの懸念通り魔力剣を受け止めようとした事は失敗だった。魔力剣は防御に用いた剣で受け止められる事なくそのまま剣と剣士の身体を通り抜けた。

 直後に剣士は意識を失って倒れてしまう。リチェルカーレは今回の魔力剣を『物理的なものを通り抜けて精神的なもののみを斬る』という特性で造り出していたため、剣士はダイレクトに精神体――つまり魂そのものにダメージを負った。

 肉体に守られない状態の魂は非常に弱く、直接攻撃を受けると肉体に一切損傷が無くても死ぬ事すらあり、そうでなくとも気を失うという程度にはダメージを受けてしまう。


「嘘でしょ。彼、あぁ見えてBランクの実力者なのに……」

「どうやら魔導師タイプとの戦闘経験が少なかったようだ。魔力剣の恐ろしさを知らなかったか」


 リーダーはこれまでの戦闘経験から、魔力で作られた剣が必ずしも物理攻撃に用いられる訳ではないという事を知っていた。

 厄介な相手だと、打ち合っている最中に魔力剣の物理特化と精神特化を切り替えてくるので、相手が攻撃する際には精神特化型で物理的に受け止める事を許さず、こちらが攻撃する際には物理特化型に変化し、攻撃を受け止めるという事態も起こる。

 そうなってしまうとこちらはもう回避するしか手が無くなるため、相手の攻撃を受け止めるという手段を欠いてしまい、立ち回りを大きく制限されてしまう事になる。


「奴に油断があったとはいえ、それでもBランクの剣士を一撃で沈めるとはな。眷属と言えど油断ならない相手のようだな」

「私が大きいのを放つから、リーダーはその間彼女を引き付けておいてください。貴方は彼の救出をお願い!」

「は、はい! わかりました!」


 杖を持った魔導師の女性が、リーダーと神官の少女にそれぞれ指示を出すと、言われた側の二人は早速それを行動に移す。

 リーダーが敵に向けて駆けていくのを見届けた魔導師は、自身の中で最も強力な魔術を使うべく詠唱を始める。

 詠唱に込める音が多ければ多い程そこに込められる力は増していくため、前衛が足止めしている間に詠唱をするのがセオリーだ。


「世界を包む闇よ、我が声に耳を傾けたまえ――」


 その間、全力でリチェルカーレを足止めするべく、リーダーが身体に闘気を纏わせて攻撃を仕掛ける。

 先程の二刀流剣士の攻撃とは異なり、一刀で大きな破壊力が乗った剣だが、今度は魔力剣でそれを受け止める。


(やはり物理特化型に変えてきたか……。いつ精神特化型に変化させて不意を突いてくるかがわからないな。推測した通り、恐ろしい相手だ)


 一合二合と打ち合い、リーダーは気付く。リチェルカーレの剣は非常に重い……。少女の細腕で振るわれたとは思えないほどの力強い一撃と、選び抜かれた名剣に匹敵する強度の魔力剣。

 そしてそれを、二刀流の剣士以上の腕を持ち、Aランク冒険者としてリーダーを務める自身と的確に打ち合う戦闘技術。わずかな攻防から敵の底知れぬ強さを思い知らされる。

 だがそれでも退く事は出来ないと、必死で剣を振るう。時にはフェイントを混ぜたりもしてみるが、完全に読まれており、逆にフェイントを仕掛けられてペースを崩されそうになる。

 リーダーはこの戦いにある既視感を覚えていた。相手に全く及ばず、軽く受け流される感……まるで、かつて先輩の冒険者に剣技を指導してもらっていた時のようだ。


(俺は、まともに戦うにすら値しない格下って事か……)


 彼の想像は間違っていない。リチェルカーレは、あえて魔導師が大きな魔術を使ってくるのを期待して待っていたのだ。

 その間、戯れにと彼のレベルに合わせて剣を振っているだけの事。その気になれば視認できないレベルの速度で一瞬にして全身を切り刻む事だって出来る。

 だが死者の王のように、うっかり一瞬で終わらせてしまってつまらなくなるような事態にはしたくない。リチェルカーレは力の行使に慎重だった。


「準備できたわ! リッチの眷属よ、受けてみなさい! 闇の……波導おぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 リーダーが退いた瞬間、リチェルカーレを討ち貫くように濃密な闇のレーザーがほとばしる。

 地面をえぐりつつ首都を駆け抜ける黒いレーザーは、首都の中央通りに沿ってそのまま解放された門を潜り抜け、外へと飛んで行った……。

 幸い進路上に居た何人かの兵士達や魔導師達は慌てて飛び退いたようで、これによる被害者は存在していないようだ。


「や、やっ――」

「それは言わないで欲しいわ。後が怖いから」


 仲間を救出して戻ってきた神官の言葉を止める魔導師の女性。何となく、それを言うとロクな事にならない予感がした。

 だが現実とは非情なもので、リチェルカーレは先程と変わらぬ位置で全く無傷のまま立っていた……。


「う、嘘でしょ!? 闇の波導はドラゴンの鱗すら壊す、私の最大最強の魔術なのよ……」

「もしかして相性が悪かったのでしょうか。リッチ――アンデッド系と言えば、いわば闇の存在であり光が弱点とも聞きますし」

「じゃあ、闇属性使いの私からしたら相性最悪じゃない。と言うか、光なら貴方がやりなさいよ。法力って俗に言う『神の加護の光』なんでしょ?」

「言われてみればそうでした! 悪しき邪の眷属よ! 聖なる光の中に消え去れっ!」


 神官の少女は両手を前方へと突き出し、集めた光を凝縮してビーム状に放つ。

 しかし、先程の『闇の波導』と変わらず、リチェルカーレには全く攻撃が通っていなかった。


「そんな! 光も通じないなんて……!」

「残念ながら、属性を変えたからってどうにかなるものじゃないんだ。次はそっちのリーダーが全力で攻撃してくるといい。待っていてあげるよ」


 リーダーは間違っても『舐めているのか?』などとは言えなかった。先程の剣戟で、自分達が圧倒的な格下である事は既に痛感している。

 ならばこそ、見栄も外聞も捨てて言葉に乗り、今持てる全てを賭した一撃をぶつけるしか道は無い――そう思い至ると共に、リーダーは己の闘気を剣へと込め始める。


(もしこれが奴の『試し』だとすれば、手を抜けば不興を買う事になる……。結果として例え倒せずとも、全力をぶつけるべきだ)


 闘気の使い手が最も多用する技の一つとして『闘気を武器に込める』というものがある。

 闘気を扱うにあたって最初期に始める基礎段階のテクニックでありながら、使い手の力量が増せば増す程に威力も上がるため、駆け出しもベテランも皆等しく鍛錬を怠らないという。

 一線で活躍する冒険者の中にも闘気を込めた武器攻撃を切り札としている者は多く、A級冒険者である彼も同様に闘気を剣に込めて振るう必殺技を有していた。


「行くぞ……龍頭砕き!」


 並の武器ならば逆に砕いてしまうほどに強固なドラゴンの身体を打ち破ってダメージを与えるどころか、頭を叩き割るほどの威力を秘めた一撃。

 盗賊が籠る砦を攻めた際は一撃で砦を大破させ、劣勢に立たされた国の軍に助勢した際はその一撃で戦局を逆転させてみせた。

 この必殺技名はそのままリーダーである彼の通称にもなっており、冒険者界隈において『龍頭砕き』を知らぬ者は居ないと言われる程だ。  

 そんな凄まじい必殺技なだけに叩きつけた際の衝撃は凄まじく、溢れ出る闘気が周囲に拡散してまるで嵐のように吹き荒れる。


「うーん、残念。どうやら、アタシに届かせるには足りなかったようだね」


 しかし、そんな必殺技ですらも通じないのがリチェルカーレという存在だった。 

 彼女の足元は明らかに龍頭砕きによる衝撃で陥没して砕けているのに、彼女自身には傷一つ存在しない。

 まるで見えない壁にでも阻まれたかのように、眼前で刀身がピタリと止められていた。


「な、何という練度の防御魔術なんだ……。これは龍の中でも一際硬い『鋼龍』を打ち破るために編み出した技だぞ……」


 鋼龍とは、文字通り鋼のような硬さの龍だ。とは言え、実際は通常の龍でさえ鋼の比にならない程の凄まじい硬さの鱗に覆われている。

 鋼という単語自体が硬いイメージを持つからか、そんな通常の龍と比べてもなお圧倒的に硬い事を比喩して『鋼』の文字を冠されているのだ。


「鋼龍を打ち破る程度で満足していてはダメって事さ。出直しておいで」


 そっとリーダーの腹部に手を当てると、気を発して魔導師の方へと弾き飛ばす。

 魔導師の方はとっさに魔術で柔らかい壁を形成し、リーダーを受け止める事に成功する。



 ・・・・・



 正門を抜けようとしたら、何やら黒いレーザービームが飛んできたんでビックリしたぞ……。

 リチェルカーレの仕業かとも思ったが、あいつの攻撃がこの程度のハズがないから、おそらくは別の誰かだろう。

 ビームが消えた後に改めて正門へと移動すると、辺り一帯が何やら血まみれの惨状となっていた。

 血痕の跡を目で追うと、壁に叩きつけられるようにして開かれていた門扉の内側から血が流れてきている。

 おそらくだが、勢い良く開かれた門扉の内側に居た誰かが犠牲になったのだろう。俺としては、内側は絶対に見たくないな。

 首都を守る門である以上、いつかは元に戻さなければいけないだろうし、それを任されるであろう誰かに同情するわ。


 さっきのビームのおかげか、門から続く道はごっそりと抉り取られていて、その直線状には誰も居ない。

 俺としては進みやすいからありがたいが、街のメインストリートがこんな事になってしまっては復興が大変そうだ。

 人の気配がほとんどしない事から、既に市井の人々は避難済みなのだろう。でないと犠牲者の数が洒落にならなくなる。


 それから進んだ先には右往左往している騎士団や魔導師団の連中が居たが、自分達の事で精一杯なのかこちらには突っかかってこない。

 こちらとしても無駄に仕掛けるつもりは無いので、眼中に無いのは正直言ってありがたい。俺としては、早くリチェルカーレと合流したいのだ。


 やがて当人を発見するが、どうやら丁度戦闘している真っ最中のようだった。剣士らしき男が、彼女に勢い良く剣を叩きつけている。

 まるで嵐の中に放り込まれたような闘気の余波が俺の所にまで及ぶ。俺だったら間違いなく木っ端微塵になってるだろう、凄まじい威力だ。

 しかし、リチェルカーレは平然とその場に立っている。防御魔術の展開はおろか受け止める事さえしていない。

 騎士団を突き抜けた時と同様、外に溢れ出している力だけで攻撃を止めたのだ。あれほどの攻撃ですら通じないとは恐るべし。

 直後、剣士が弾き飛ばされたのを機として、俺はリチェルカーレと合流する事に決めた。




「やっと追いついたぞ、何やら戦っていたみたいだが、今はどんな状況だ?」

「おや、リューイチ。こちらはご覧の通りさ」


 指し示された先を見ると、先程弾き飛ばされた剣士に魔導師、神官と疲労困憊な面々の姿があった。少し離れた場所にもう一人倒れているようだ。

 エンデの時みたく凄まじい大破壊はやらかしていない所を見るに、彼女にしてはかなり手心を加えて相手をしていたようだ。


「そっちこそ、ちゃんと騎士団は蹴散らしてきたのかい?」

「あぁ、もちろんだ。召喚に関しても色々と試して、さらなる可能性を広げて来たぞ」

「それは上々だ。よし、じゃあそろそろ帝国との決戦と行こうじゃないか……けど、その前に」


 リチェルカーレは空間の穴から数枚の便箋を取り出すと、ササッと文章をしたためて封をし、先程戦った冒険者達に向けて投擲する。

 魔術でも付与して投げたのか、三通の便箋が冒険者達の目の前の地面に突き刺さった。美少女戦士を助ける仮面の人が投げるバラを思い出すな。


「もし、さらに上を目指す気があるなら読むといい。手紙の指示に従うかどうかは君達の自由だよ」


 目をぱちくりさせる冒険者達を尻目に、俺達はいよいよコンクレンツ帝国の皇城へと乗り込んでいく……。

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