403:一番恐ろしいのは
奥へ進むにつれてどんどん瘴気は濃くなっていき、紫の霧となって視界を覆っていく。
それに伴い、付近をうろついている動物達の姿が徐々に異形化してきている。瘴気の影響で変質が起きているようだ。
放棄されたと思われる人里も見えた。建物は原形を残しているが、雑草は伸び放題で放置されて長い事が窺える。
紫色はますます濃くなっていくが、魔術で視界を確保しつつ周りの様子を窺う。
奥の方へ来ると、もはや元々の動物が何だったのかも分からないような異形ばかりとなる。生物実験して失敗したかのようなおぞましい姿だ。
人里も崩壊しており、その合間にはゾンビ化した人間の姿も見える。おそらくは、避難せずに残った者達の末路だろう。
「爆心地付近は強制退去させられたけど、少し離れた場所は任意避難だからね。とは言え、避難を推奨された上で故郷に残る事を選んだんだから自己責任だよ」
確かに、危険が迫っていると言われたのに逃げなかったのは自己責任だ。特に、初めて災害に遭遇する場合はそういうケースが多い。
津波が迫っていると言われても、その津波の恐ろしさを知らないが故に「どうせ大した事ないだろう」と考えてしまい、そのまま家に留まり続ける。
達観した御老人の場合は、災害の恐ろしさを知った上で「故郷で没するならばそれも本望」と、あえて避難をしない場合もある。
「ちなみに犯罪者は放置さ。どのみち処罰するつもりだったんだから、災害に巻き込まれさせてしまえば手間も省けるからね」
「それはつまり、災害を利用して全員処刑したと言う事か? 放置された犯罪者はみんな死刑が相当の重犯罪者ばかりだったのか?」
「いや、軽犯罪者の方が圧倒的に多いよ。しかし、軽かろうが犯罪者だ。自分達も極限状況の中、わざわざ身を削ってまで悪人を助けようとは思わなかったのさ」
「……胸糞悪い話ね。でも、確かに自分の身を削ってまで犯罪者を助けようとは思わないと言うのは否定できないわ」
それは確かに同意できる部分はあるな。大切な家族や親しい友人ならともかく、世間に迷惑を掛けてきた見知らぬ人を自己犠牲してまで助けるのか。
本気でそれが出来る人はもはや『聖人』と言っても過言ではないだろう。大抵の人間にとっては、どんな時でも己の存在が一番大事なのだ。
例えば事故を起こして人を撥ねてしまったとしよう。その時にまず「自分はどうなってしまうのか」とか「人生終わった」とか考えてしまわないだろうか。
「それぞれ思う所はあるだろうが、そろそろ目的地の中心部に辿り着くよ。一際瘴気の濃い爆心地だ」
もはや濃霧。魔術による視界の補正が無ければ数メートル先すら見えないかもしれない。
結界によって完全に瘴気を閉じ込めてしまっているから、いくら年月が経過しようとも全く薄まらないから濃いままなんだろうな。
端の方がほぼ汚染されていない事からも、均等に広がっているのではなく中心が一番濃くなっているのだろう。
俺達の世界の場合、原発の被災地域を立入禁止に出来ても、結界のようなもので覆ったりする事は出来ない。
だが、代わりに年月の経過と共に放射能が空気中に解けて濃度が薄まっていく。時間に解決を任せるという原始的な手法だ。
そう言った被災地域では元の地域に戻っている人も居る。しかし、ウナ・ヴォルタではそれが不可能となっている。
「さて、ここが中心地な訳だが――」
空飛ぶじゅうたんが動きを止めたその場所には、何やら大きな石碑が建てられているのが見えた。
何だか良く分からない形の大きいオブジェと、何かが記されたと思しき石板。これはおそらく慰霊碑だろう。
こんな濃密な瘴気漂う中でよくこんなものを設置出来たものだ。完成後に運ぶにしても大変だろうに。
「早速読んでみるか。どれどれ?」
突如この地に現れた現れた魔女が、何者にも邪魔されない静かな場所を得るためにウナ・ヴォルタを滅ぼしその地とした。
罪なき人々に突如の終焉をもたらした魔女――終焉の魔女の存在を、我々は決して許してはならない。
――以下、国際司法機関ディカステリオンがここに訂正する――
本件の真実は愚王が勢力拡大を狙って魔族の討伐を目論んだ事により、魔族側から制裁を受けた事によるものである。
ウナ・ヴォルタを滅ぼす禁呪が込められた魔導具を、人間を利用して『魔族を滅ぼす秘密兵器』として騙した上で愚王に渡した。
壊滅は魔導具の暴発によるものであり、本件に魔女と呼ばれた存在は一切関わっていない事をここに明言する。
石碑の文字を読むとそんな記述があった。どうやらディカステリオンという国際司法機関が文言を訂正したようだ。
「以前も言った通りさ。表向きはアタシのせいにされてる。だから元々の碑文は『魔女がウナ・ヴォルタを滅ぼした』みたいな事が書かれているんだよ。けど、実態は既に解明されて国際的な司法組織――つまり、ここで書かれているディカステリオンによって証明されている」
「でも『事件の真相は伏せられたまま』って言ってなかったか?」
「あぁ、王による愚行である事や魔族による陰謀である事は伝えられたが、どうにも各国の王にとってそれは都合が悪かったようだ。何せ国のトップによる失態だからね。こんな事を公表したら自分達も愚王と思われてしまうかもしれない。あと、魔族のせいにしたら魔族に狙われるという恐怖もあるだろうさ」
「……で、結局は『魔女の仕業』のままで通されたのか。スケ-プゴートってやつだな」
「実際に調査に来た子達はアタシを見ているけど、アタシを知らない世間からすれば居るか居ないかも分からない存在だ。国側も、そんな魔女のせいにしておけば波風が立たないとでも思っているんだろう」
先にじゅうたんから降りて石碑を読んでいた俺の隣へ歩いてきたリチェルカーレが、不敵な笑みを浮かべて宣言した。
「そんな国々に教えてやろうじゃないか。一番恐ろしいのは他ならぬその『魔女』なのだと言う事を」
少し前に『終焉の魔女』という響きがカッコいいとか言っていた彼女だが、それとこれとはまた別なんだろうな。
無実の罪を着せられているのが気持ち良い訳がない。どうやらリチェルカーレは濡れ衣を着せてきた相手に復讐を目論んでいるようだ。
「ついでに世界を引っ掻き回してやろう。エレナもそろそろ正面から宣戦布告してやろうじゃないか」
「わ、私ですか……?」
「この地を綺麗さっぱり浄化してやるのさ。アタシは瘴気を吸収し尽くす事は出来るけど、君なら瘴気を消し去った上で清浄な地に戻す事も出来る。その上でリューイチの精霊達にも力を借りて完全に再生させるんだ。これは『本物』としてはこの上ないアピールになるだろうさ」
「……つまり、宣戦布告と言うのはミネルヴァ聖教に対してという事ですか?」
「あぁ、その様子を動画にして世界中に送り付けてやるのさ。さすがに教皇も偽聖女も黙ってはいられないと思うよ」
なるほど。本物を名乗るに相応しい力を見せつけてアピールする訳だな。
向こうが力を誇示してくるのであれば、こちらはそれ以上の力がある事を叩き付けてやる。
争いにおけるもっとも単純な決着だ。実際に現代でも力による決着は多いからな。
「せっかくだから台本も作っておこうか。ただの慈善事業で済ませてしまってはつまらないからね」
俺達はリチェルカーレが考え出した筋書きを聞いていく。その内容は確実に世界を引っ掻き回す事になるであろう内容だった。
単純にミネルヴァ聖教に喧嘩を売るだけではなく、そこへ様々な国をも巻き込んだ混沌を作り出そうとしている。
既に混沌に巻き込まれていたツェントラールとは逆に、ウナ・ヴォルタを中心とした大きなうねりを発信する事になる。
「ちなみに動画はどうやって拡散するんだ? そんな世間に動画を見る設備って普及してたか?」
「そこはファーミンでエレナが飼ってる信者達にやらせるよ。崇拝する『女神』が活躍する動画だし、全力で世界中に普及させるだろうさ。何も広く庶民に見せる必要はない。動画を見れるような環境を持つ貴族や金持ち達に知られるだけで充分だ」
庶民が一人騒いでも影響力は少ないが、権力者一人が騒げばその影響力は桁違いだからな。
隅の方からじわじわ崩していく感じではなく、中心部から一気に腐らせていく感じか。
正直、そういう悪辣な計画は嫌いじゃない。俺も別に正義を掲げて動いてきた訳じゃないからな。




