402:立入禁止区域
「凄いな、透明な壁が果てしなく広がっているように感じるぞ」
俺達の目の前には、濃密な魔力で展開された障壁が行く手を塞ぐように張られていた。
左右を見ても果てしなく続いており、上を見ても天を突くように高い。かなりの広範囲が障壁に覆われているようだ。
「凄い……。これ程の巨大な障壁となると、展開するのにどれほどの魔力が必要になるのでしょうね」
「この障壁はただ単に『遮断』するためのものだから、消費される魔力量は比較的少ないだろうね。アレを見てごらんよ」
リチェルカーレが指し示したのは、障壁を挟むようにして建てられている塔のような建造物。
「アレが円周状にいくつも建てられている。おそらくアレに魔力を備蓄する機構が備わっていて、障壁を維持しているんだろうさ」
「なるほど。定期的に魔力を補充さえすれば、一度展開した障壁を長きに渡って維持し続ける事が出来るという訳ですね」
維持する魔力は、その建造物が建てられている国の魔導師達が定期的に補充しているらしい。
滅んだウナ・ヴォルタの周りの国々が『自国に被害が及ばないように』と、同盟を結んで瘴気を阻む結界を作り上げたらしい。
あくまでも自国を守るため――と言うのがらしいよな。誰もウナ・ヴォルタを何とかしようとは考えないんだもんな。
「さっきも言ったが、この結界はただ『遮断』するためのものだ。それ以外の効果を備えていないから実に単純だ」
そう言って彼女が障壁にそっと手を置く。しかし、触れたからと言って特にしっぺ返しがある訳では無い。
結界によっては触れた者に手痛いダメージを与える仕様だったり、内部の空間に特殊な効果を及ぼすような仕様にもできる。
色々と機能を付け足していくと魔力消費量も馬鹿にならないためか、このような大きな結界は単純である事が多いらしい。
「で、どうするんだ? この結界をぶっ壊すのか?」
「さすがにぶっ壊すと気付かれて騒ぎになってしまうからね。今回はすり抜けるよ」
そう言ってリチェルカーレは障壁に向かって歩いていき、何事も無かったかのように通り抜けてしまう。
「今のアタシはこの結界と全く同じ魔力状態だ。結界からすれば『何もない』のと同じって事さ。ほら、キミもおいで。手を繋げばキミも同じ状態に出来る」
リチェルカーレの手が結界を超えて伸ばされる。俺がその手をつかむと、身体の中を何かが通り抜けるような不思議な感覚に包まれた。
「さぁ、誰か続いてくれ。リチェルカーレの状態は手を繋ぐ事でどんどん他の人に伝えられるらしいからな」
「「「はい」」」
俺の手がギュッと握られた。三人に……
「「「むっ」」」
その三人であるエレナとレミアとセリンが互いに目配せして、火花を散らす。
「……キミ達、そんなにリューイチと手を繋ぎたかったのかい?」
「わ、私はリューイチさんが召喚された時に最初に立ち会った人間ですから」
「私はリューイチ様に仕える任を承った身ですので」
何だその理由は。エレナもセリンも俺と手を繋ぎたい事の理由になってないぞ……
「えぇ、私は手を繋ぎたいです。そう思えるくらいには好意を抱いているつもりです」
「お?」
「「なっ」」
おぉ、レミアはストレートにきたな。ちょっと照れくさいぞ。
おそらくだがエレナもセリンも俺を好いていてくれる……と思うのだが、照れ隠しに走ってしまったようだ。
特にセリンの方は『仕える者』としての立場を出してあえて一線を退いているような気がする。
「はいはい、今回の勝者はレミアで決定だ。勇気を出せなかった二人は大人しく退くといい」
リチェルカーレがチョップをしてエレナとセリンの手を引き離す。
「……本当の勝者は真っ先にリューイチの手を取ったアタシだけどね。ふふっ」
俺にだけ聞こえるように、ウインクと共にそうつぶやくリチェルカーレ。くそっ、不覚にも可愛いぞコノヤロウ。
「そういう風に言ってくれて嬉しかったよ。ありがとうな、レミア」
「い、いえ……その……」
レミアはレミアで手を繋ぎながらも顔を真っ赤にして目を逸らしている。こんな表情、初めて見たな。
◆
「はいはい、ボサッとしていないでさっさと行きましょう」
「こんな所を誰かに見られては面倒です」
レミアの開いた左手をギュッと強く握りながら急かすエレナ。セリンもエレナの左手に手を添えながら、動きを止めてしまっていたレミアを急かす。
「はぁ、いい年して思春期か……」
冷めた目で見ていたのはハルだった。彼女は少し遅れてパーティ入りした影響か、竜一に対してはそこまで強い思い入れは無い。
加えて、高校生の身でありながら何十年にも渡ってエルフの里へ潜入していたためか、見た目に反して何処か達観している部分があった。
ちなみにこのハルの行動によって、異邦人は長い年月を異世界で過ごしていても召喚された時点の姿を維持する事が判明している。
「み、皆さん大人です……」
『我には人間の営みというものは良く分からんな』
一方のルーはイチャコラする四人のやり取りに顔を赤くし、両手で顔を隠しながら隙間から覗き見ていた。
彼女にとって色恋沙汰は『大人』というイメージであるらしかった。今までそう言う事に無縁であったが故の初心である。
「とりあえず私達も行きましょうか。置いて行かれないように」
ハルがルーの手を取り、同時に前のセリンの手を取り、これで皆の魔力状態が同じとなり、結界をすり抜けられるようになった。
◆
結界を抜けた先は、やはり通常の状態と比べて瘴気が多く混じっているようだった。
現在の場所は立入禁止区域においては端も端なため、健康には影響が出ない程度のものであるらしい。
実際、近辺の草原には様々な動物がたむろしており、特に異形化もしていない様子だった。
「結界に頭突きしてる動物が居るな」
「放っておいても大丈夫さ。さっきも言ったけど迎撃の機能は無いし、触れた所で特に反応もないからね」
牛のような動物は何回か頭をぶつけた後、自分では太刀打ちできないと知ってかUターンして帰っていった。
それ以外の小動物達はそもそも結界などに興味が無いのか、隔離された領域内での生活にも特に不満は無いようだった。
「そういやこの結界内に人間は住んでいるのか? 端の様子を見る限りだと、生活くらいは出来そうだが」
「居るには居るね。事件後、ある程度の範囲内は強制的に退去させられ、もう少し広い範囲には退去勧告が出ていたけど、それでも故郷に愛着ある者達はなおここに居座り続ける事を選んでいる」
リチェルカーレ曰く、いくつもの集落が点在しているらしい。しかし、場所によりその住民達の性質は異なるとの事。
故郷への想いからあえて残った者、残りたくは無かったが取り残されてしまった者、そもそも救済の対象に含まれていなかった犯罪者など。
特に後者二つは結界を挟んで外に居る者達に挑発行為を繰り返したりするなど、自分達を見捨てた者に対する恨みが強いらしい。
「申し訳ないけど今回はそう言う集落には寄らないよ。アタシ達は侵入者だ。関わり合ったらややこしい事になるからまっすぐに中心部を目指すよ」
そう言って空間から大きな筒状の物を取り出して地面に放ると、瞬く間に広がって光を放ち、宙へと浮かび上がった。
これは以前にも使っていた『空飛ぶじゅうたん』の大きめになったバージョンだな。ここに居る全員を乗せても余裕がありそうだ。
と言う事は、のんびり旅ではなく早々に向かうって事か。まぁ中心部は瘴気が濃いだろうし、そう長居もできないか。
しかし、何故ウナ・ヴォルタの中心部を目指しているのかは現時点でも良く分からない。リチェルカーレは何かを企てているようだが……




