401:閑話 エルガシア軍の演習
――その日、統一国エルガシアのとある平原には死屍累々の光景が広がっていた。
(ま、まさかこんな事になるなんて……。安易に札を切るべきではありませんでしたわ)
護衛達に守られながら訓練に立ち会っていたエルガシア盟主シャルロッテは、数日前の己の決断に後悔していた。
・・・・・
「統一国となった我が国の戦力は、どうにも偏りが見られるようですわね」
会議室に集まった元五国の代表者達が顔を突き合わせて話しているのは、現時点での戦力についてであった。
各々の国の保有する戦力を一つに纏めたらどうなるのかを試算していたのだが、シャルロッテが口にした通りの結果だった。
「ツェントラールは騎士団と魔導師団そして神官団がありますが、いずれも最高戦力は不在」
騎士団における最高戦力は、騎士団長を抑えてレミアが最強。魔導師団は団に所属こそしていないものの団長ネーテの指導をしていたリチェルカーレが。神官団は全兵団に飛躍的な能力強化を施せるエレナが。
いずれも異邦人である刑部竜一とパーティを結成して冒険者として世界を巡る旅へと出てしまい、かつて弱小国を支えていた柱となる存在はもう居ない。
「エリーティは壊滅的な被害を受けていて人員が少なく、現在はわずかな兵力しかいない。主力の『歌劇団』も元々は他国の人達を拉致して作った軍団だ。帰国を望む者達には帰ってもらったから、残る人員はごくわずかだよ」
魔族ホイヘルによって国の大半を滅ぼされたエリーティは、そもそもの国民の数が非常に少なくなっているため兵力が一番弱い状態だった。
指導者の側近となる部隊もほとんどが他国から拉致してきた存在であったため、手元に残された人員は非常に少なかった。
「リザーレはダーテ時代の腐った貴族共とそれに連なる者達は全て排除したからな。非人道的な実験によって作られた戦力なども同様だ。代わりに革命前のレジスタンスたちにも加わってもらったが、全体的な戦力はツェントラールとほぼ同様と言っていいだろう」
ダーテは裏で暗躍していた『邪悪なる勇者達』の一員・浜那珂蓮弥による科学の力や、魔族フィーラーによる魔物の力で魔改造された戦力を保有していた。
革命を起こしてリザーレとして生まれ変わった現在では、そのような非人道的な結果によって得られた力を徹底排除し、クリーンな戦力のみとなっている。
「ファーミンは明確な軍隊は存在しないが、様々な種族や部族の中から戦力となる者を出す事が出来る。我々が抱えている暗殺部隊やエルフなど他種族の力は他の地域には無い強みだと思う」
様々な部族や種族が集まった国であったファーミンは、まとまった一つの軍隊を持たないが、代わりに部族や種族を代表する個性的な戦力が存在する。
また、代表者達が裏で抱えていた暗殺部隊など、明確に国として機能しているような場所では表立って出せないような特殊な立場の戦力も表に出す事が出来る。
「我がコンクレンツは大規模な騎士団と魔導師団を抱えている。規模の大きさ故に部隊を分けねばならぬ程で、数の上で言えば領内最多であろうな。特に魔導師団を指揮する団長や部隊長達は精霊契約者だ。一人一人が一騎当千と言って良いだろう」
統一前に最も多くツェントラールに進攻していたのがコンクレンツ帝国だった。竜一達の侵攻によって数を減らしはしたものの、未だ騎士団はいくつもの部隊に分けなければならない程に多人数を抱えている。
一方で魔導師団は属性ごとに部隊が分かれており、それぞれの部隊長が精霊と契約する才を持つ者で構成されており、特に団長ベルナルドは中級精霊との契約をしている上、自身も魔導師として近隣に名を知られる実力者。
「一度この戦力を一つに集めてどれだけ戦えるか、戦闘訓練を実施しましょう」
「ふむ。訓練……とは言ってもどのようにするのかね? 領地ごとに分けて模擬戦でも行うか?」
「その点に関してはご安心くださいませ。かつて我が国で魔導研究をしていたリチェルカーレ様よりアイテムを頂いておりますわ」
リチェルカーレと聞いて顔が引きつるのはコンクレンツ領領主のヘーゲ。彼はかつて自国をリチェルカーレによって蹂躙された過去がある。
とは言え、それまでツェントラールを攻めて調子に乗っていた分のしっぺ返しを受けただけなので、他の何処の国にも同情はしてもらえなかった。
そもそも他の国も大なり小なりこの地方の中心であるツェントラールを獲るべく動いていたため、何も言えなかったと言うのが正しいか。
「これは魔物を封じ込める宝石で、魔物を開放したと同時に広範囲の障壁も展開されるため、周りに被害を及ぼす事無く存分に戦える仕様との事です」
「それはつまり、言い換えると『近場に居る者達は結界の中に閉じ込められる』という事では……?」
「ジョン・ウー様の仰る通りですが、撤退不可能な極限状況へ追い込む事で戦う者達の力を限界まで引き上げるという――」
「そ、それでは相手に敵わぬ場合は死ぬしかないと? いくら訓練でもそれは……」
「ジーク様、いくらリチェルカーレ様でもさすがにそのような理不尽は致しませんわ。ピンチに陥った際は魔物を再度封印できる機構を用意して頂いております。ですので、本当に危険な場合は強制的に終了できるのです」
「なるほど。全ての兵力の訓練を、我が国の暗殺者達のようなレベルにまで引き上げるという事ですな。全ての者が国のために命を賭す軍を作り上げる。さすが盟主の考える事はスケールが違う」
「もしかして茶化しておられるのですか? ユーバー様。それに、命を賭すのは私達もですわよ。兵達に全てを丸投げするなど、あまりにも無責任ですわ」
シャルロッテに何か一つ尋ねる度に答えられた者が顔を引きつらせていたが、とうとうその場に居る全員が同じ顔になってしまった。
それもそのはず。あくまでも訓練をするのは兵力たる者達ばかりだと思っていたのだ。自分達は安全圏で見守る立場なのだと無意識に思い込んでいた。
しかし、シャルロッテの堂々たる態度と瞳を輝かせながら言い放たれる言葉に誰一人文句を言えぬまま、そのまま訓練実施の日を迎える事となった。
・・・・・
「エルガシア各領の皆様、お集まり頂きまして誠にありがとうございます! これより召喚したモンスターを相手に、エルガシア全軍の力が今現在どれほどのものなのかを試させて頂きますわ!」
そう言って宝石を中空へ放り投げ、中身の解放のため指定されていた呪文を唱えると、宝石が眩い光と共に砕け散った。
直後、空間が大きくひび割れ、向こう側から何かとてつもなく巨大な物が空間を突き破って現れた。
それは足だった。形状としては鳥を思わせるものだろうか。しかし、その足の大きさが尋常では無かった。
「な、な、な、なんですのこれはーーーーー!?」
やがて空間の向こうから姿を現したのは――鳩だった。正確には、鳩の様相を思わせる所々が異形化した鳥型モンスターであるが。
高さにして数百メートルはあるだろうとてつもない巨体。軍の最奥部で、モンスターから割と離れた位置に居たシャルロッテすら見上げなければならない程の威容。
割と手前に居る部隊からすれば、目の前に現れたのが一体何であるかも良く分かっていない事だろう。この場に居る誰しもが思考停止状態に陥っていた。
そんなシャルロッテの前に、光と共に小さな紙切れが現れる。これは宝石使用時に現れる説明書のようなものだった。
「えっと……同封されていた説明文を読み上げますわ。コレは『未開地域』に生息している鳥型モンスターの中でも比較的か弱い個体を捕獲しておいたものだ。未開地域ではコレとは比にならない恐ろしいモンスター達が集団で襲ってくる。この一体すら倒せないようでは、いずれ来るであろう戦いの時においてエルガシアはただ滅ぶのみだ。どうか、このモンスターに打ち勝つ力を身につけてくれ――との事ですわ」
説明を聞かされた者達の大半は絶望に包まれた。何でも、目の前に出現したこの巨大なモンスターが、未開地域では『か弱い個体』であるらしい。
加えて、それとは比にならない程の恐ろしいモンスター達が集団で襲ってくると言う話。未開地域が何故、未だまともに人が立ち入れないという領域なのかを言葉だけで思い知らされた気分であった。
だが、エルガシアには頭のネジが外れた者達も何人かは存在した。その者達だけは、シャルロッテの話が終わると同時に巨大な鳩に向かっていった。
ツェントラール領からは、魔導師団長のネーテと騎士団長リュック。二人はそれぞれの部隊のリーダーであり、この状況でも戦意を失っていない。
ネーテは既にエルガシアでも随一の魔導師に至っており、精霊を抜きにした魔導師としての実力は既にベルナルドをも凌ぐ。
リュックは元々騎士団の副団長だったが、エリーティに拉致されていた経緯があり、事件解決後は騎士団に復帰。後に騎士団長のロックに代わって新たな騎士団長になっていた。
コンクレンツ領からは総騎士団長代理のヘルファーと魔導師団長のベルナルド、そして精霊と契約している部隊長達が動き出していた。
ヘルファー自身の戦闘能力はそこまで高くはないが作戦の立案と現場指揮能力に優れ、大軍を動かすにあたっては必須とも言える人材だった。
ベルナルド率いる魔導師団は、何と言っても精霊契約者が居るのが大きい。精霊の存在自体が全体戦力を大きく底上げしていた。
エリーティ領からは、自身が前線で戦えるという事で領主ジョン=ウー・ゴルドー自らが出陣。新たな歌劇団のリーダーとなったシンインと共に動く。
大半の戦力を外部から取り入れていたため、自国内に残った者達で再編した上、苛烈とも言える訓練を経て少数精鋭を作り上げた。
ジョン・ウーの側近も務めるシンインはその中で最も秀でた存在であり、かつてジョン・ウーを指導していた強豪達を凌ぐとも言われる。
リザーレ領からは、戦闘能力のある領主ジーク自らが前線に出ており、そこにヴェッテやフェデル、ゼクレと言った側近。ステレットやシャフタと言った固有戦力が顔を並べていた。
元々王室に仕えていた騎士達や、レジスタンスとして前線で戦い続けてきた者達であるだけに、その実力は並の兵士たちと比べて大きく飛び抜けている。
ダーテ時代の腐った貴族達やそれに連なる者達を取り除いたため人数としては大きく数を減らしているが、その分各々の質を向上させる事で補おうとしていた。
ファーミン領からは暗殺者のマイテやスゥ、エルフのラウェンなど、他の領とは一味違う個性的な戦力が顔を並べていた。
エルフ以外にも様々な民族や種族がエルガシア軍に参加しており、第三者がそれを見たら、並ぶ者達の統一性の無さに首をかしげてしまう事だろう。
エルガシアに広く名を知られるようになってきたのは先述の彼女達であるが、それ以外にも名を知られつつある強豪が生まれようとしている。
――そんな心強い勇士達が先陣を切ったのだが、それが裏目に出てしまう。
この鳩型モンスター、実はそんなに好戦的ではない。そのため、幾人もの勇士達や精霊達がいきなり気勢良く攻撃を仕掛けてきた事に驚いてしまった。
戦闘慣れしているモンスターであれば、その巨体を活かして足蹴にしたり翼で叩き落としたり、あるいは羽ばたく事で風を巻き起こしたりなどの対応が出来た。
しかし、そんな事に至らなかったモンスターがとっさに取った手段。それは――
『ポポオォォォォォーーーーーッ!!!!!』
けたたましい鳴き声を発する事。モンスターからすれば「嫌だ!」「来るな!」という気持ちをただ全力で表現したに過ぎない。
だが、声を発した主は数百メートル級の巨体。そこから発される音は、ただそれだけで一つの攻撃と化してしまう。
一斉に向かっていった勇気ある者達は勿論、後方から攻撃を放っていた者達、そして既に放たれていた数々の魔術や技すらもが、暴力的なまでの音の波に全て呑み込まれていく。
空を飛んでいた精霊達も撃ち落とされて墜落し、間近に居た者達は圧倒的な音に全身を揺さぶられて意識を失う。
離れていた者達も少なからず影響を受けてしまい、ふらついてその場に倒れてしまった。
自分達も命を賭けねばならないという理由で障壁の内側――とは言え、一番端の、皆が見渡せる高台に陣取っていた盟主シャルロッテも、その影響を受けた。
念には念をという事で護衛達による障壁でさらなる防護を施されていた訳だが、それすらも突き抜けて立ち眩みしてしまう程の音。
完全に侮っていた。如何に未開地域のモンスターであろうと、エルガシアの戦力を結集すればどうとでもなる。
そう思っていたシャルロッテの楽観は完全に打ち砕かれた。たった一回、鳥が鳴き声を発しただけで壊滅してしまった。
(これを討伐……? 一体、何をどうすれば宜しいんですの?)
自身が戦闘した経験が皆無なため、鳩型モンスターの討伐手段に関しては見当もつかなかった。
とりあえず強制終了の文言を唱えてモンスターを再び封印。宝石が再度構築されて元の状態へ戻った。そこで気力が尽きたのか、彼女はその場に倒れ伏してしまった。
しかし、既にコンクレンツ領主ヘーゲとファーミン領主ユーバーは倒れており、何とか盟主としての意地は見せた形となった。
各領の連合によるエルガシア軍が未開地域のモンスターと渡り合うには、まだまだ多くの課題が残されているようだ。
余談であるが、コンクレンツの精霊達であれば鳴き声による妨害さえなければ鳩型のモンスターを仕留められるだけの火力は充分に有していた。
いくら相手を倒せるだけの火力があろうとも、思わぬ要因によってそれを成せなくなるという事態はいくらでも起こるのだ。




