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400:エルガシアの懸念

「で、そんなウナ・ヴォルタ王国跡に行こうかって話になってる訳だが、そこを選んだのに何か理由でもあるのか?」

「ふふっ、旅に理由が必要かい? ……や、ごめんごめん。ちょっと一つ、ある企てをしていてね。それを実現するのに向いた場所なんだよ」


 リチェルカーレの『企て』ほど想像が付かないものは無い。今度は一体何をやらかしてくれるんだ……。

 とは言え、異世界の地理知識がない俺は案内を誰かに頼らざるを得ないし、何だかんだで彼女の企てが面白いのも否定しない。

 厄介事が起きる可能性は極めて高いが、それも含めて最終的に満足感を得られる気がするので、俺は案内を任せる事に。


「けど、その前にザーパトのアルクスへ寄っていくよ。傭兵としての報酬を貰っておかないとね」


 そういや俺達はドワーフの傭兵として活動してたんだったな。未開地域に行ったりしてた事もあってか、すっかり忘れてたわ。

 どんな形であれ仕事はしたんだから、貰えるものは貰っておくか。こういう部分はきっちりとしておかないとな。



 ・・・・・



 結論から言うと、俺達はたんまり報酬を渡された。感謝によるもの……と言うより、畏怖の念が強いだろう。

 受け渡しの際に立ち会ったドワーフ達から、無言ながらも「報酬は沢山くれてやるからもう俺達を厄介事に巻き込まないでくれ」と言う圧を感じた。

 俺達がドワーフ陣営の傭兵として他の三陣営に壊滅的な打撃を与えたから、ドワーフに対して三陣営から白い目で見られているらしい。


「キミ達は積極的に相手を滅ぼす命令はしていない。意図的に敵を引き付けて屠ったのはアタシ達の独断だ。もし今後もキミ達が文句を言われるようならいつでも呼んでくれていい。その時は対処するよ」


 そう言って何か首飾りのような物を手渡していた。遠隔通信機になっていて、何かあった際に空間転移で駆けつけるつもりらしい。


「エルフの先代女王が未統治領域の中心に四種族共存の場を作るべく各種族の王達と交渉するために動くと言ってましたし、その辺は王達が上手くまとめてくれると思いますよ」


 それを聞いてドワーフ達はホッとする。あくまでもザーパトに居るドワーフ達は全体からすれば一部の民であり、本国や王族は別の場所に存在する。

 本国の統治者に話が通してもらえるのであれば、抱えていた不安も消えるという事なのだろう。引っかき回したのは俺達なんだからその辺の責任は取らないとな。

 とりあえず誤解や偏見は解消出来たっぽい。別に俺は正義を掲げているつもりは無いが、かと言って悪を掲げるつもりも無いからな……。



 ・・・・・



 ザーパトを後にした俺達は、早速ウナ・ヴォルタ王国跡に向けて進み始めた訳だが……。

 その間、話題として挙がったのは未統治領域でのドンパチよりも、未開地域の散策に関する事の方が圧倒的に多かった。

 あまりにも規格外過ぎたからな。あの未開地域の様相に関しては、まず一般社会では知られていないだろう。


「未開地域がまさかあのような巨大生物の宝庫だとは予想していませんでした」

「特異個体が存在したとかそういうレベルではなく、もはやそれが当たり前の状態でしたからね」

「そう考えると、あの地域自体を隔離しておくと言う判断も分かる気がします」


 未開地域は広大な山脈によって仕切られており、さらに一部の山脈が魔術によって非常に高く盛り上げられていて天然の壁となっていた。

 その上で更なる用心として飛行モンスター対策のために魔力による障壁も用意しているなど、徹底して隔離されている。

 そうでもしなければ、未開地域に生息する巨大な鳥型モンスターの一匹ですら大災害となりかねない。巨大な相手と言うのはそれだけで脅威だ。


 その大きさと質量は、ただそれだけで圧倒的な攻撃力となる。数百メートル級の巨大な存在ともなれば、ただ足踏みするだけでとてつもない破壊力を生む。

 また、同時に圧倒的な防御力も併せ持つ。巨大な身体を支える体組織が脆い訳が無いからな。皮膚とかが脆かったから身体が崩れてしまう。

 そして質量の大きさは耐えられる怪我の度合いも変わってくる。掌に乗るサイズの鳥がナイフで一刺しされたのと、数百メートルの鳥がナイフで一刺しされたのではダメージ度合いが全然違う。


「ツェントラール……いや、今は統一国エルガシアか。あの国の戦力で、未開地域の鳥一体をどうにか出来そうか?」

「出来ない事は無いんじゃないかな。精霊と契約してるコンクレンツ魔導師団の火力は頼りになる。一方で物理戦力が心許ないね。世界へ修行に出た『龍伐』の子達がもう少しマシになってくれたら状況は改善するんだけどね」


 龍伐と言うのは、コンクレンツ帝国でリチェルカーレの前に立ちはだかっていた冒険者達だ。

 中でも俺が合流する直前に見た剣士の一撃は、リチェルカーレに通じはしなかったものの凄まじい威力を感じさせるものだった。

 決着後、彼らに手紙を渡していたが、どうやらそれは強くなるためのアドバイスで修行先を示したものだったらしい。


「あの剣士ですら「もう少しマシになってくれたら」なのか……」

「見ていたなら分かるだろう。確かに鋼龍の頭を砕ける程度には威力があるんだろうが、それでも人知を超えたものかと言われるとそうじゃない」

「まぁ、確かにレミアやエレナの戦いぶりを見ていたら、まだ常識の範囲内かとは思ってしまうが」

「未開地域など、その先の領域で必要とされるのはまさに『常識の外』の力なんだよ。まだまだ底上げが必要だ」

「そうなると国単位での訓練が必要だな。ツェントラールの有望株はみんな旅に出てしまってるが、指導できるような存在は居るのか?」

「残念ながらそういう存在は居ないね。だからみんなで試行錯誤してもらおう。そのために『ちょっとしたもの』を用意して、エルガシアの盟主に送っておいたし」


 エルガシアの盟主――そういや五つの国が合併したと言う事で、国の象徴的存在を用意しようって事になったんだな。

 各国の代表者達五人が上下なき最高権力者であると言うのが国の方針ではあるが、世間受けや対外的な面を考慮して看板となる存在を立てた。

 日本で言うなら天皇陛下のようなものか。国事は行うが、国政は行わない。外交など他国との関係において動く事も多い立場だ。


 ツェントラールは統一国エルガシアの中心部である事から、五国の中でも中心という扱いになっていた。

 元々はツェントラールの国王ティミッドがその役に推されていたが、ティミッドは小心者であり、最近の大幅な情勢変化による心労で倒れてしまった。

 そこで抜擢されたのが娘のシャルロッテ王女。美しき王女という事で象徴として見栄えが良い事や、王子はまだ年少である事が理由とされた。


 しかし、他の四国の王にとって想定外だったのは、シャルロッテ王女は予想以上に有能な傑物であったという事だ。

 内心こそ分からぬものの、王達の前で見せた堂々たる立ち振る舞い。そして、国民に対して行った勢いと説得力を伴った前向きな演説。

 評判の良くなかった『ティミッド王の娘』という前評判を覆し、新たなる国の指導者の器として相応しいアピールをしてみせた。


「もう他の四国の王もシャルロッテ王女を上に立つ器と認めてるからね。もはや単なる象徴じゃないよ。実際、統一の際に発行された対外的な新聞記事は彼女をエルガシアの国主として見ているし」

「若い身の上でとてつもない重責を背負ったな……。それでも、国民や四国の王達が彼女を見て支持する事を決めたんだから凄いな」

「アタシ達が戻った時にどうなってるか見物だね。仮にフーシャンやエスタルドから侵略されても耐え凌ぐくらいの根性は見せて欲しい所だけど」


 フーシャンはエルガシアの西側に隣接する国だが、ファーミンの大きな砂漠と、そこに張られていた結界が障害となって今まで侵攻は無かった。

 結界は元々『中にあったもの』を封じるために用意されていたのだが、それが同時にフーシャンからの進行を防ぐ壁にもなっていた。

 今は問題が解消されて結界が消えているが、代わりにリチェルカーレが用意した『ゴッドフェニックスの羽根』が悪意ある者に反応して燃やすという防犯の役割を果たしていた。


「ゴッドフェニックスの羽根はあくまでも砂漠からの侵攻を防ぐものだ。他のルートから来た場合はその限りじゃない」


 例えば海とかな。そういう意味では、エルガシアの東――海を越えた先にある大国エスタルドの進攻も無いとは言い切れないんだよな。

 だから、そういう事態が起きてしまった場合に戦えるだけの力は必要だ。こちらが戦う意思が無かったとしても、相手がそうとは限らないからな。

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