399:ウナ・ヴォルタ王国
――ウナ・ヴォルタ王国。
かつて存在した大国で、滅ぶ直前の頃は王国でありながら帝国のように国境を越えて広大な地域を支配しようとする強大な野心を持つ王が治めていた。
その支配地域は広く、自国以外の領土を含めれば百万にも届こうという民を抱える程の規模であり、地球と異なり人口の少ないこの世界においては驚異的とも言えるものだった。
だが国王の野心はそれでも止まる事は無く、軍備の拡張と兵器の開発に関しては尋常ではない程の力の入れようで、税などで民に少なからずの負担を強いていた。
そんな大国に、魔導研究の客員として招かれたのが当時のリチェルカーレ――カリーノだった。
当時から『この世の全てを知る事』を目的とし、あらゆる知の探究を続けていた彼女であったが、その副産物である魔導知識は知る人ぞ知る凄まじきもの。
彼女の情報を手に入れた国が大金を積んで招き入れ、カリーノもまた『豊富な資金』と『研究に没頭できる環境』を求め、招致に応じた。
とは言え、賢者ローゼステリアの弟子として活動していた彼女を手足のようにこき使う事など出来るはずもなく、基本的には好きに研究をさせていた。
その代わり月に一度くらいは定時報告として研究成果をお披露目し、国のためになる何かを提供する事を条件として求められていた。
カリーノは特にその待遇に不満もなく、日々研究を続けながら成果を報告し、時には技術を提供してきたが、ある時期を境にそのサイクルが崩れた。
「一カ月を過ぎようというのに連絡係が来なかったんだ。気になって外へ出たら――」
そこには驚くべき光景が広がっていた。扉の外は城内ではなく、濃密な瘴気に汚染された荒野……。
なんと彼女の研究室以外の全てが消し飛んでいた。少し付近を調査してみると、範囲にして数キロ単位の大きなクレーターが出来ていた。
研究室はその中心付近にある。それはつまり、研究室のあった王城を中心として『何か』が起きたという事になる。
「ちょっと待て。それ程の異常事態が起きていながら、外での出来事に気付かなかったのか?」
「研究に集中するため完全に衝撃も音も防ぐ結界で覆っていたからね。例え付近一帯が吹き飛ぶ程の事態でも全く気付かなかったよ」
彼女の研究室は城の三階に位置していたが、城が消し飛んだ際も彼女の研究室部分だけは無傷で残り、さらにそのまま地面に落下しても衝撃すら感じなかった。
外から見ると、研究室は四方と天井を石壁に囲まれた直方体の物体に扉が付いているという異様な物体と化していた。まさに、城内からそのまま研究室だけを切り取った形だ。
そんな物体が瘴気で汚染された荒野の中心にポツンとある。それを見た誰しもが『怪しい』と思ってしまうのは仕方がない事であろう……。
◆
コンコン、と研究室の扉がノックされる――
こんな瘴気に包まれた荒野にポツンと立つ建造物に来客とは珍しい。城が消し飛んでからは初ではないだろうか。
アタシが扉を開くと、そこには鎧に身を包んだ兵の一団と、その兵を瘴気から護るために同伴していた魔術師達の一団が居た。
「隣国の兵隊かな……? こんな辺境にまで一体何の用だい?」
「ま、魔女? ……あ、貴方はここに住んでいるのか?」
先頭に立っていた、おそらく隊長と思われる者が一団の代表として口を開く。
「この国に魔導研究の客員として招かれて以来、滞在してるんだ」
「この国……とは、まさかウナ・ヴォルタ王国の事か?」
「あぁ。まさか雇い主が国ごと消失するとは思いもしなかったけどね」
「あれは隣国からでも分かる程の凄まじい大爆発だった。轟音と衝撃は広範囲に届き、震動は世界を揺らす程であっただろう。そんな爆心地に住まう貴方は一体何者だ?」
「……魔女とでも呼んでくれ。アタシはただ『この世の全てを知りたい』と思ってるだけの探究者さ」
母様の弟子である私――カリーノも、全世界の人々が遍く知っている訳でもない。
目の前の兵士達はまさにその類だった。わざわざそれを名乗ってアピールする必要もないだろう。
「そんな探究者が、何故こんな場所に?」
「元々ここには王国の城があったんだ。アタシの研究室はその一室。でも全て吹き飛んだからアタシの研究室だけが残った」
「まさか、爆発した時からここにあったというのか?」
「そう言ってるじゃないか。アタシの研究室は頑丈な結界に守られてるんだ」
「あの爆発を耐える結界……」
兵士達がザワザワし始める。辺り数キロ単位を消し飛ばす爆発に耐える結界と言うのは、やはり世間では珍しいようだね。
「……う、うむ。まぁそこは呑み込むしかあるまい。だが、何故その後もここに滞在を?」
「静かでいいだろう? 何者にも邪魔されず研究に没頭できる。思わず手に入った良い環境にアタシは満足してるんだ」
「満足……? 貴方、まさか――」
「付近を調査するなら好きにやって構わないよ。アタシはそろそろ研究に戻らせてもらう」
そう言って話を区切り、扉を閉めたのだが、その対応がまさか後々あんな事になるとは思わなかったよ。
◆
「何者にも邪魔されず研究に没頭するため、ウナ・ヴォルタを更地にした魔女――気付いたらそんな話になって広がってた」
「そりゃあ、あんな言い方したら誤解されるだろ……。壊滅したあの状況を「静かで良い環境」なんて言ってしまったら、そのためにお前がやったと思われても不思議じゃないぞ」
「人は常識外れな事に遭遇してしまったら自分の都合良く曲解してしまうものだって事を忘れてたよ」
「無理矢理にでも自分で理解出来る範囲の常識内で収めようとして、自分なりの都合良い事実を作り上げるのはお約束だからな」
「それで、アタシ――と言うか、カリーノは国一つを消し飛ばした『終焉の魔女』として恐れられる事になったのさ」
リチェルカーレはやれやれと肩をすくめるが、周りは苦笑していた。皆、この人ならそんな事になっても仕方がない――とでも言いたげである。
「で、結局のところ国が滅んだ原因は判明してるのか?」
「禁呪を詰め込んだ魔導具が暴発したんだ。極限まで圧縮した大量の瘴気を小さな球に閉じ込め、発動する事で近隣一帯を破壊し尽くした上に土地その物すら汚染する代物さ。相手を滅ぼした上に、その後そこに誰も住めなくするようにするというダメ押しまでする。封じられて当然の悪辣なものだよ」
「(成程な。俺達の世界で言う核爆弾みたいなものか。圧倒的な破壊力と土地の汚染。やはり大量破壊の行き着く先は異世界であっても同じか)」
竜一が真っ先に浮かべたものはそれだった。何せ、自身の母国にはそれが投下されて実際に被害が出ている。
現代においては既に復興を終えて普通に人々が暮らしているが、投下後しばらくは残留放射線が問題となっていた。
「犯人に関してはどうだ?」
「それも突き止めたよ。残留する魔力から何が起きたのか、誰が裏で糸を引いていたのかも把握できるしね。犯人達は母様を通じて国際的な司法組織へ突き出されて裁かれた。世界的な影響を及ぼす犯罪者を突き出す所だからね、もうあそこへ突き出されたらその時点で死刑確定だ」
「逆に言えば、死刑相当の大罪人しか突き出されないような機関って事か」
「あそこの死刑と言うのは単に殺すんじゃない。今後の技術発展や魔導研究という名目で、肉の一欠片に至るまで人体実験に使われて最終的に死ぬんだ」
「罪人によってはさっさと死んで楽になりたいって奴も居るからな。楽に死ねないと言うのは罰としては最適かもしれんな」
リチェルカーレが突き止めた犯人は裏社会では有名な邪教組織だった。その邪教組織のバックには幾人かの魔族が居たという。
それらの魔族が禁呪魔導具を製造し、邪教組織が魔導研究者を装い、ウナ・ヴォルタ国王に『魔族すらも滅ぼせる強力な兵器』として貢いでいた。
ウナ・ヴォルタは人間達のみならず魔族達すら侵略の対象として滅ぼそうとしており、魔族を滅ぼす兵器と聞いてすぐに飛びついた。
しかし、実際はそんな愚かしい事を企てる者に対して、魔族からの制裁として仕向けられたものだった。
それで失ったのが国一つと何十万にも及ぶ自国民と近隣住民、そして長期に渡って続く地域一帯の汚染という結果をもたらした。
だが、後に制裁を科した魔族達も配下の邪教集団も皆捕えられた上に残らず死刑にされたため実質は相打ちとも言えた。
「事件の真相は伏せられたまま、表向きは『終焉の魔女』の仕業として認知されてるよ」
「まぁ、事件によっては真相を明かさない方が……って場合もあるからな。けど、お前はそれでいいのか?」
「いいよ、別に。それに『終焉の魔女』ってなんかカッコいいじゃないか」
「さいですか」




