398:次は何処へ?
「さて、それじゃ戻るとしようか」
「アルヴィさんに関してはそのままでいいのか?」
「もうこっちからはどうしようもないよ。それに、先程の森の主はいわば『ドロモスの森そのもの』だ。あの個体を排除しようが、すぐに新たな個体が生成されて面倒な事になるから退くよ」
リチェルカーレが言った事を示唆するように、森全体が蠢き、再び植物の蔓や木の枝が一か所に集まろうとしていた。
アルヴィさんだから一発でどうにかなったけど、まともに戦おうとしたらどれくらいの強敵かは気になるが……。まぁ今はそんな事を考える時じゃないな。
「エンデルはさっきの場所に戻るって事でいいかい?」
「うん、まだ終わって無いからね」
「了解。面倒に付き合ってくれて感謝するよ」
「大姐に感謝されるとは、明日には槍でも降りそうだね」
「お望み通りにしてあげようか」
「やめてよ。大姐ならマジで出来そうだもん」
相変わらずの減らず口を叩くエンデル。だがどちらも不快そうな顔はしていないから、弟子達は日常的にこんな感じなのだろう。
やれやれと言わんばかりにため息をこぼしつつ、リチェルカーレが指をパチンと鳴らすと同時、エンデルが消失した。
それに続くように、今度は俺達自身が光に包まれるような感覚と共に、一瞬にして景色が森とは違う場所へと切り替わった。
「……ここは、もしかしてヴァストークか」
「わたくしがお願いしておいたのよ。母様と合流する必要もあるし」
そういや俺達が未開地域に行っている間、シルファリアさんがヴァストークを慰問してるんだったな。
実際に色々やらかしてしまったのは俺達なのに、事後処理を押し付けているようで申し訳ないな。
「そう気に病む事はありませんよ、竜一さん。結果として良い方向へ転がりそうですし」
「おわ!」
いつの間にかシルファリアさんが背後に居た。加えてまるで俺の心を読んだかのような返答まで。
「レジーナから伝達を受けてましたので、お待ちしておりましたよ」
「母様、話の方はまとまったかしら?」
「未統治領域の中心部に四種族の連合国を作る方向で話が動いてるわ。私はこれから各種族の王との話し合いに行く事になったの」
シルファリアさんはヴァストークでそんな話をしてたんだな。
確かに未統治領域における四種族の対立は問題であり、それが解消して一つの勢力になる事は大きな前進だ。
しかし、戦争を起こす程に仲が悪かった四種族が再び連合を形成するのはハードルが高そうだ。
「竜一さん達が大暴れしてくれたおかげで皆が危機意識を持ったわ。種族の違いで対立してる場合じゃないって」
「特にあの闇の領域の浸食は決定打となったでしょうね。あまりにも強大な敵の前には団結せざるを得ないと痛感したのではないかしら」
「や、やり過ぎでは無かったでしょうか……。力不足で末端にまで想いが伝わっていなかったですし」
ルーは心優しい子だ。故に、精霊達に残虐非道な振る舞いをさせるような事は無い。
しかし、上位の精霊が偉大な主に敵対する存在に対して激しく怒り、敵対者に容赦をせぬように伝えてしまった。
そのため、各種族を襲撃した精霊達が容赦なく殺戮を始めてしまい少なからずの犠牲が出てしまった。
「我が陣営もそうですが、最近はみんな傲慢になってましたからね。痛い目に遭ってようやく話が出来るようになったと言えるでしょう」
「気に病む事は無いわ。戦地へ出ている以上、皆が等しく戦士よ。そこに死ぬ覚悟が出来ていない軟弱者など存在しないわ」
「民間人を巻き込むような形での戦争は糾弾すべきですが、戦うために集められた者同士での戦争は、この世界においては良くありますからね」
残念ながら、まずはボッコボコにして戦えなくしてからでは無いと話すら出来ない奴も居るからな。
交渉するにあたって一番大事なのは、交渉内容云々ではなく、そもそもどうやって交渉のテーブルに着かせるかだ。
元も子もない話だが、話し合いをするために戦争を仕掛けて相手を屈服させようなんて事態も起こり得る。
「竜人と獣人、そしてダークエルフは痛い被害を被った訳だが、ドワーフに関してはどうするんだ? 俺達を傭兵として雇った立場だし、被害も出ていないから他の三種族と対等な立ち位置での交渉は難しいと思うんだが」
「そこに関しては種族性が影響してくるでしょうね。ドワーフはそもそも戦闘に重きを置いていませんので、強さがどうとかには興味がありません。他の三種族が立場的に優位となっても、そこに異を唱える事もないでしょう」
「それに、貴方達も傭兵として雇われたとは言え『襲ってきた敵を返り討ちにする』という任務内容だったのでしょう? 積極的な殲滅を命じていない以上、その点でもドワーフの非は少ないわ」
自発的に襲撃はしなかったが、死者の王の馬車を使って『如何にも怪しい奴らですよ』感を出して敵を引き付けていたのはいいのか……?
まぁ、自分達が不利になるような事は伏せておくと言うのも交渉の基本ではあるか。全てをさらけ出すのが必ずしも有利に働かないような状況もある。
「何であれ貴方達は気にする必要がない事よ。何か月から何年単位の話ですもの。後はわたくし達の仕事、貴方達は旅を続けなさい」
まず各種族の王と話し合いに行く――と言ってたし、最初の合同会議開催自体がかなり先になりそうだな。
寿命が長い種族だから、人間とは違う感覚なんだろうな。下手したら、俺が生きている間に連合国が成立していない可能性すらある。
「……ってレジーナ様に言われたけど、次はどうするんだ?」
「そうだねぇ、この場所から考えると次に行っておきたい場所は――」
「あ、そうだ。一つ肝心な事を忘れてた」
「何だい?」
「お前、やっぱ普通に空間転移できたんだな。いちいち俺を穴に落としてたのはわざとか」
「ナ、ナンノコトカナー痛だだだだだだだだっ!」
ク○ヨンしんちゃんで見たみ○えのグリグリ攻撃だこの野郎。
「で、でもコレはコレでクセにな――はふんっ」
なんか反応がキモくなってきたので開放。そういやコイツ、マゾい側面もあるんだよな。
「……で、何処に行くのが良いんだ?」
「ここからなら少し南下すれば『ウナ・ヴォルタ王国跡』があるね」
当たり前だが、国名を言われた所で俺にこの世界の地理は分からない。
しかし、跡と言うのが気になる。そう言った以上、その国は現存していないという事だ。
「ウナ・ヴォルタ……そう言えば、この辺りでしたね。確かあの辺りは立ち入り不可能になっていたような」
「歴史上に残る大災害によって、一夜にして滅んでしまった国ですか」
「下手したら何万……いえ、それ以上の人々が犠牲になった史上最悪級の事件ですね」
ツェントラール組の三人は噂として聞いた事があるのか、各々から不穏な内容が語られる。ワード一つとっても全てヤバい。
立ち入り不可能、歴史上に残る大災害、一夜にして滅んだ、何万以上の犠牲、史上最悪級の事件……。
俺達の世界とは比較にならない強い力が飛び交う世界だ。犠牲も俺達の世界の戦争とは比にならないんだろう。
「私はおとぎ話として聞いた事があります。終焉の魔女と呼ばれる存在が、静かに魔術実験をしたいからというただそれだけで国諸共に消し去ってしまったって」
『そんな理由で国一つを消すのか……。まさに国を終わらせた『終焉』の魔女だな。我が言うのも何だが、何とも恐ろしい存在だな』
どうやらル・マリオンでは御伽噺になる程の出来事であったらしい。ん? 待てよ……。魔女……?
ふと気になってリチェルカーレに目線をやると、俺から目線を逸らしやがった。やっぱコイツが関わってんのか。
さすがに、本気でそんな理由で国を消すとは思えないが、俺と出会う前のコイツについては知らないからな。
「ご安心を。いくらあんな姉様でもそのような非道な事はしませんので――」
「へぇ、いい度胸だね……妹」
俺の心を察したのか、いつの間にか現れていたフォルさんが補足してくれる。
その直後、発言を耳にしていたリチェルカーレが、フォルさんにグリグリ攻撃を仕掛けた。
さっき俺がかましてやった攻撃を早速取り入れてるな……。
「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」
南無。さすがにリチェルカーレでも、そこまではしない……よな?




