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396:森の主

 勢いが付いたのか、一行は怒涛の勢いでモンスターを駆除しながら森の奥へと進んでいく。

 木々の大きさが増すにつれて、比例するかの如く生息するモンスター達も肥大化していくが、今の彼らにとっては敵ではない。

 森そのものを破壊してしまわないように精霊のククノがカバーしながら、一行はドロモスの森の最奥を目指す。


「なんか楽しくなってきたな。思うがままに体を動かして暴れるというのも……いいな」

「ですよね? 私も法力を使って戦うのが楽しいです!」


 エレナの言う『法力を使って戦う』とは、法術を駆使する事では無く、法力で身体強化して格闘する事――である。

 変に搦め手を使って戦うよりも、圧倒的な力をぶつける方が効率が良いという結論に至ってしまったのだ。

 本来ならば法力で身体強化するのは効率が悪く、消費される力に反して向上する能力が低いため、普通の神官はまず使わない手段だ。


 例えるなら常時ダムを放水しながら戦うようなもので、常人が有するレベルの法力量ならば早々に法力が尽きる。

 しかし、エレナの宿す法力量はそれこそ大海の如きもの。ダムの放水程度で揺らぐようなものではない。

 傍から見たら非常に勿体ない力の使い方だが、既に彼女は教団を崩すために遠慮なく力を使っていくと決めていた。


(神官らしからぬ戦い方ではあるんだがな……。と言うか、神官らしいとは何だろう?)

 

 竜一はそんな事を思いつつ、二人で積極的に前へ出てタッグを組んでいるかのようなコンビネーションで次々と敵を蹴散らしていく。

 レミアとセリン、そしてルーとヴェルンカストのコンビは言わずもがな、ハルとキオンのコンビも戦い方のコツをつかみ、同様に敵と戦えるようになっていた。

 後方保護者面で皆の様子を眺めていた賢者ローゼステリアの弟子達も満足気だ。一方で、手助けの必要が無くなった事で若干の手持無沙汰感もあった。


「……さて、そろそろ森の主が出てくる最奥部だね」


 ◆


 リチェルカーレが指し示した先には、さっき森の外で説明していた祠が見えた。何と言うか、小ぢんまりとした小屋だ。

 山の奥深くでお地蔵様を祀ってそうな雰囲気がある。確か祠の中にある宝玉を取ってくるのが、賢者ローゼステリアの課した試験だったか。

 祠の前には開けた空間があり、いかにも祠を守護する大物――リチェルカーレの言う『森の主』が出てきそうな雰囲気が漂っている。


「祠の中の宝玉は、今もあるのか……?」

「あるよ。何処かの馬鹿弟子がリタイアしたまま再挑戦せずに放置されてるからね。他の弟子達はみんなクリアしたというのに」


 フォルさんが無表情でピースしている。王も骸骨故に表情は伺えないが、何処かドヤってるように感じられる。

 面倒臭がりのエンデルは「面倒だからこそさっさとクリアしてしまおう」という形で逆のやる気を見せてクリアしてしまったらしい。

 リタイアしたままの弟子と言うのは、おそらくアルヴィさんの事だろう。トラウマと言うのはなかなか払拭できないものだ。


「あ、何となくパターン読めて来たぞ」


 周りの木々から次々と枝や蔓といったものが伸び、追従するように地面からも植物の茎が生えてくる。

 それらはまるで一つの塊となるように密集し、それらは最終的にある形状に変化した。

 四足歩行のドラゴン……植物によって形成されたドラゴンだ。これがリチェルカーレの言う森の主か?


「コイツがさっき森の中から砲撃してきた奴の正体さ。言わばドロモスの森そのものが一致団結して一つの形を取った姿。森そのものが相手と言っても過言ではない……が、今回コイツを相手するのはキミ達じゃない」


 森の集合体――か。確かに、様々な植物が協力し合って一つの形を取っていたから、森そのものというのも頷ける。


「さぁ出ておいで、アルヴィース・グリームニル。追試の時間だよ」

「ひゃあっ!?」


 中空に穴が開き、そこから落とされるようにして現れるアルヴィさん。やっぱこうなると思ったよ。

 再挑戦せずに放置されてるとか言ってたし、この機会に無理矢理クリアさせる気だ。


大姐ダージェ!? い、いきなり何をするんですか……」


 アルヴィさんはヴァストークの宮殿へ入った際にシルファリアさんと護衛のシャフタさんと別れたそうだ。

 宮殿で会議などをしている間、アルヴィさんはヴァストークを視察する事にしたらしい。ようするに一人置いていかれて暇だった――と。


「キミのためにスペシャルなサプライズを用意したよ。さぁ、存分に楽しんでくれ」


 尻餅をついた状態のアルヴィさんが正面を向くと、そこには植物によって形成された巨大な竜の顔。


「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 それを見た瞬間、アルヴィさんが悲鳴を上げて泣き始めてしまった。


「ドロモスの森じゃないの! 二度と来たくなんかなかったのに!」

「……リタイアして再挑戦していないのはキミだけだ。他に挫折した子達は後にちゃんとリベンジを果たしたよ」

「で、でも! もうあんな目に遭うのは嫌ぁ……」

「ほほぅ。じゃあアタシの特別しごきコースを満喫するかい? 森の主とは比にならない程の圧倒的な地獄を見せてあげよう」

「うぅっ……」

「と言うかさ。周り見てごらんよ。恥ずかしくないの? キミ」


 リチェルカーレが周りを指し示すと、アルヴィさんはようやく周りに沢山の人が居る事に気が付いた。

 周りから注がれる目線はとても気の毒そうなもので、アルヴィさんはここでとてつもない失態を晒した事に気付いたのか、顔を真っ赤にしてうつ向いてしまった。

 いい年した大人がワンワン泣き叫ぶ姿を見られてしまったんだもんな。と言うか、俺は今までに何回かアルヴィさんの情けない姿を見てるけどな。


「キミは表向き現存する唯一の賢者の弟子なんだから、情けない姿なんて見せたら示しがつかないよ」

「みんな現存してるのに対応面倒臭がって役割押し付けてるだけじゃないですか……」

「人間が長命だとややこしい事になるけど、エルフなら長命でも違和感ないから面倒臭くなくていいだろう?」


 この世界においては、実は力の扱いに長けた者であれば本来の寿命を超えて長生きする事が出来るようになる裏技がある。

 それどころか老化すらせずに生きる事も可能だ。ただ、そう言った者達の大半は世俗に興味の薄い求道者であり、滅多に表に出ないため『隠居ルトレット』と呼ばれている。

 賢者ローゼステリアの弟子達も基本的に『隠居』であり、表向きの窓口を長命で違和感のないエルフのアルヴィさんに任せていた。


「うぅっ、わかりました。やります……」


 涙をぬぐってアルヴィさんが立ち上がり、空間から自身の杖を出して構える。

 後ろから見ると良く分かる、スカート越しにさえボリューミーなお尻。凛々しく構えているが、あぁ見えて実はユルユル……いかんいかん、俺の中のおっさんが出てきた。

 周りにこの興奮を悟られないようにしないとな。法力の癒し効果で何とか息子を鎮められないだろうか。


「あれ? 森の主って、こんな――」

「どうしたんだい?」

「こんなしょぼい相手だったかな……と」


 リチェルカーレがニヤリと笑む。同時にアルヴィさんはキリッとした表情となって、杖を高らかに掲げる。


「森と共に生きるエルフとしてはあまりやりたくはないのだけど……」


 杖が太陽の如く眩い光を放った刹那、森の主――植物ドラゴンが一気に燃え上がった。

 強烈な熱によって一気に焼く魔術だろうか。確かに、森と共に生きるエルフが森を焼くなんてあまりやりたくない事だろうな。


『安心せい主よ。妾があの竜以外は燃えてしまわないように護るからの』


 ククノの言葉を聞いてか否か、アルヴィさんはさらに込める魔力を強め、そのまま森の主を爆発させてしまった。

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