394:ドロモスの森
ドロモスの森。その入り口はごく普通の森と言った雰囲気だった。
外観を見る限りでは、まず手前に俺達にとって馴染み深い大きさ――大体数メートルから十数メートルの木々が立ち並んで奥まで続いている。
しかし、その奥の方へ目をやるにつれて立ち並ぶ木々はどんどん大きくなっていき、山のような威容となっていく。
(あの一番奥の方が、超巨大な鳥とかが生息してる場所なんだろうな……)
賢者ローゼステリアの試練のように「一人で行ってこい」という流れにはならなくて、正直ホッとしている。
俺達は未開地域の森という事で最大限に警戒しながらゆっくりと歩を進めていく。木の陰でガサッと音が聞こえた瞬間に俺は魔力弾を発砲。
同時にセリンがナイフを投擲する。上からは、いつの間に切断されていたのか、結構太目な植物の蔓がドサッと落下してきた。
どうやらレミアが対応していたらしい。蔓の先端には不気味に蠢く口がパクパクと動いている事からして、どうやら肉食の植物だったようだ。
その様はまるでパ○クンフラワーを思わせる。同じような植物をエレナも手掴みで捕らえており、みんなちゃんと森のモンスターに対処する事が出来ている。
ルーとヴェルンカストも襲ってくる動植物をカウンターで闇の魔力を叩き込んで塵にしている。もはや契約者と精霊ではなく、精霊が二体いるかのよう。
しかし、それその合間を縫ってハルに近付く小動物が一匹。見た目としてはリスのように思える可愛らしい姿だが……
「きゃあー! 何この子、可愛い♪」
『キョッ!』
ハルがおいでとばかりに両手を広げて歓迎の姿勢を見せるが、その瞬間にキオンが体当たりをかまして排除する。
「ちょっとキオン、酷いわ。可哀想じゃない……」
ハルの言葉を無視し、キオンは吹っ飛ばしたリスのような動物を凝視し続ける。
リスはつぶらな瞳を向けてプルプルと震えており、ハルは怖い思いをさせてしまったと憐みの目を向けるが――罠だ。
まるでリスに惹かれるように近付いていくハルが距離を詰め切る前に、俺はリスの額を魔力で撃ち抜く。
「よく見ろハル! そいつはモンスターだ!」
「はっ!? え? わ、私……」
ハルの前に倒れ伏しているのは、確かに見た目は可愛らしいリスの姿をしていた。
しかし、リスの本体よりも大きな丸まった尻尾は、良く見ると異形の口が牙を覗かせていた。
おそらくは可愛い容姿で釣って、気を取られている間に尾の口で喰らう算段だろう。
「と言うか、思いっきり魅了されてたよな」
「え、嘘でしょ?」
もう最初に「可愛い」って言った時点で、リスと目が合って術を仕込まれたんだろうな。
キオンはあぁ見えて小動物ではなく賢い精霊だ。ハルのパートナーでもある彼が、何の考えも無しに動くはずがない。
普通なら、キオンがリスを突き飛ばした時点で自身の危機を救ってくれたと察する事が出来ただろう。
「言われてみれば……そうね。あの時は私が他の子を可愛いと思った事にキオンが嫉妬して突き飛ばしたのかと思ったわ」
『キョォ……』
後に知った話だが、キオンはハルの危機を救う云々よりも、可愛いと言われたリスに対する嫉妬の方が強かったらしい。
だからこそ、この時のキオンはハルから目線を逸らすようにして、か細げな声で鳴くに留めてたんだな……。
◆
「懐かしいねぇ。初めて母様の試練に挑戦したのはいつだったか……」
「少なくともボクが来るよりも遥かに昔だよね。聞かせて欲しいな、大姐の試練の時の話」
「それは私も興味がありますね。姉様はあまりそういう事を話してくれないから」
「うわ。フォル姉! 居たんだ……」
「居たも何も、私は何時でも何処でも存在していますよ」
フォル・エンデットは己自身を世界と一体化させた存在であり、あらゆる場所に自身の分体を生み出す事が出来る。
加えて自身の存在を忘却させる事も可能であるため、エンデルは今の今までフォルの存在を失念しており、突減の出現に焦ったのだ。
『我も興味があるな、その話』
「うわ、今度はリッチ!?」
『そう言えばエンデルよ、この姿になってから会うのは初めてであったか?』
「この姿……? そう言えば、その気配……ってか、何? その根幹の気配を覆い隠すようなおぞましい別の気は」
『リッチとなった以上、死を体現するこの力とは無縁ではおれん。一応これでも抑えておるぞ。気心知れた同胞を害する訳にはいかんからな』
死者の王の放つ気は、気そのものに死という概念が纏われている。故に、その気を強く浴びただけで死に至ってしまう。
本人が言うように出力を抑え込む事も可能であり、その場合は何となく不快に感じる程度で済む。出力次第で行動に支障が出るくらいの体調不良も引き起こせる。
出力を上げた場合は先述のように死に至ってしまうが、その際にどのような形で死に至るのかを死者の王の任意の形で付加する事が出来る。
「……とてもタチが悪いと思うよ、ハイリヒ兄」
『すまんな。我なりに「先」を目指した結果がこういう形なのだ』
エンデルも末っ子とは言え賢者ローゼステリアの弟子の一人。死者の王が多少力を出した所でビクともしない程度には力を有している。
そして、素で長命種の種族であるエルフのアルヴィース・グリームニル以外の者達は、皆が『何らかの方法』で人間を超越した存在へと至っている。
もちろんそれはエンデルも例外ではない。数百年前に活躍した存在でありながら、弟子入り当時と変わらぬ少年の姿を維持しているのがそれだ。
「残念ながらアタシの試練の話は聞いたって面白くないよ。何せ最初っから無双してたからね。ぶっ倒れたアルヴィを運んだ時の方が面白いんじゃないかな?」
「もしかしてアル姉も来てるの? いや、来てたらそんな事本人の前で話……しそうだよね、大姐は」
「良く分かってるじゃないか。ちなみにアルヴィはシルファリアに同伴してヴァストークを慰問してる頃だろうさ。未開地域の探訪に来るかいって誘ったら首を横にブンブン振ってたよ」
「そりゃあそうだろうね。普通は過去散々トラウマ刻まれた場所にまた来たいとは思わないよ。克服のためにあえて挑む人も居るには居るけどさ」
「まぁいざとなったら呼べばいいだけさ。アルヴィに関しては既に把握してるからね」
「悪魔だ。悪魔が居る……」
賢者の弟子組が呑気に会話している間、少し前を行く流離人の面々がドロモスの森の脅威と戦っている。
「へぇ、あの異邦人の兄さん結構この世界に適応してるじゃないか。物音が聞こえた瞬間に躊躇なく撃つとか、対処が良く出来てる」
「元々命のやり取りをする戦場で働いていたらしいから、この世界に来てすぐ人の命を奪う事も割り切ってたね」
「もう一人の異邦人――ハルは危ういですね。とは言え、平和な日常の世界からいきなりこういう世界に来た異邦人はこれが普通ですが」
「初手で思いっきり魅了されちゃってるね。アルヴィも同じように魅了されて頭からパックリいかれたけど、ハルはパートナーに救われたね」
ちなみにアルヴィはリス型モンスターに喰われてしまったが、その時は全身から魔力を解き放つ事で相手を粉砕して脱出した。
完全に呑み込まれたり、牙で噛み千切られる前に足掻いた事で何とか危機を脱した。その様子をリチェルカーレはしっかりと見ていた。
『他の者達は高水準の実力だな。この調子なら、森の奥でもやれそうだ』
「母様が試練として課すくらいだから一筋縄ではいかないけどね。ま、最悪アタシ達が居るから死なせはしないよ」
「そもそも挑戦させる時点で姉様は性格が悪いと思いま」
ゴスッ!
「……つぅ~」
分体であるハズのフォルが頭に痛打を受ける。リチェルカーレの拳骨はフォルの本体に届くのだ。
「さっきのエンデルもそうだけど、なんで余計な事を言うかね……」




