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036:無能な上司には苦労する

 ――コンクレンツ帝国。王城・騎士団会議室。


「ランガート様! 伝令より現地の報告が来ました!」

「おぉ、待っていたぞ! さぁ、聞かせてくれ……華々しい勝利の報告を!」


 ランガートの下にも伝令の報告を持った兵士がやってきていたが、その口は重かった。

 先んじて勝利の報告を聞かせろなどと言われてしまっては、無残極まりない敗北を告げるのは非常につらい。


「……どうした?」


 しかし、言わなければ何も始まらないので、兵士は生涯で一番とも言える勇気を振り絞る。


「第八第七第六連合軍、全滅です! リッチが解き放った気によって瞬く間に塵一つ残さず消滅させられました!」


 会議室内が静まり返り、兵士の声が残響する。


「あ? 今、何と言ったんだ? 聞こえなかったな……もう一度言ってくれ」

「全滅ですよ全滅! そんな化物どうしろって言うんですか!? 帝国はもうおしまいだ! こんなのやってられるか!」


 ランガートが改めて聞き返すが、兵士はふざけんなとばかりに武器を地面に叩きつけてもう一度叫ぶ。

 そして、ランガートはじめ室内の者達が何か反応する前に、脱兎のごとく逃げだした。


「……全滅? 全滅と言ったのか!? この俺の騎士団が!」


 会議室のテーブルにランガートの剣が振り下ろされる。彼は勝利至上主義者であり、敗北を何よりも嫌うタイプであった。

 過去には、ただ事実として敗北の報告を持ってきただけの兵士がランガートの怒りを買って殺された事もある。

 はなから『勝利の報告を聞かせろ』と話を振る辺りに、彼のそういう気質が表れていた。故に、それに感付き報告だけして逃げた兵士は正しい。

 テーブルを囲んでいた者達も兵士達が逃げたと同時にランガートの怒りが来ると構えていたため、ノーリアクションでやり過ごせた。


「伝令は魔導師団の者だったな。まさか、騎士団に対して虚偽を言っていたりはしないだろうな……」

「配下の者に裏取りをさせましょう。それで、この後はどうされますか?」


 側近も内心では『何を言っているんだこの人は』的に思ってはいるが、空気が読める側近はそれを口にしなかった。

 もちろんこの裏取りは空振りに終わる事になる。と言うより、言っただけで実際にはやらない。何せ、魔導師団の伝令は嘘などついていないのだから。


「魔導師団はおそらく首都防衛に徹するだろう。だが、俺達はその前に敵を叩く。魔導師団の奴らに良い格好はさせん」

「現在、全軍を迎撃に向かわせていますが、第一第二第三騎士団はエリーティ近辺に居るため、到着が遅れるかと思われます」


 敵が攻めてきているエンデの町がある方面はどちらかと言えばダーテ王国側に近く、エリーティ共和国とは正反対の位置にある。

 そんな場所から対エリーティのための戦力を引き上げた上で敵にぶつけようというのだから、愚策と言う他はない。

 この隙にエリーティが攻めて来たらどうするのだろう――と側近は思ったが、そんな事に気を回せる上司ならそもそもこんな命令は出さない事に気付く。


「今、一番近くに居る騎士団は?」

「第五騎士団でしたら接敵前に首都シャイテルの手前に部隊を展開して陣取れるかと」

「よし、第五騎士団はそれでいい。第四騎士団はどうした? 奴らの大半はエンデに居るのだろう。背後から挟み込む形で攻める事が出来るハズだが」

「第四騎士団は甚大な被害を被ったエンデの町の復興に携わっております」

「町の復興だと? 国難を前にしてそのような辺境の町を優先させるなど……。アロガントに出撃を通達しておけ!」


 皇帝の眼前でもそこそこに砕けた口調だったランガートは、騎士団に戻るとかなり乱暴な口調となる。

 常に怒っているかのような威圧感を漂わせているため、ほとんどの部下は自身に話を振られでもしない限りは口を噤んでいる。

 機嫌を損ねると切り捨てられるという事態が何度も起きているため、その可能性を少しでも減らしたいのだ。

 特に現在は不愉快な報告があった影響か、目に見えて荒れている。故に部下達は叩き割られたテーブルの前で直立不動を貫いていた。


「了解致しました。ランガート様はどうなされますか?」

「俺も出る! 国の危機をふがいない奴らにばかり任せてはおけん!」


 そんな状況下でも唯一お構いなしにやり取りできるのが、常にランガートに付き従って側近を務めている男である。

 黒い撫でつけ髪に眼鏡と、騎士というよりは役人に見えるが、こう見えて彼こそが実質的に騎士団を動かしてきた立役者である。

 と言うのも、ランガートは強いが極めて猪突猛進であり、作戦立案及び指揮能力には致命的なまでに向いていない。

 そんな男を上手い事コントロールし、リーダーとして立てているのは、ひとえに側近の能力が秀でているからに他ならない。




「やれやれ、ランガート様にも困ったものですね……」

「お疲れ様です、ヘルファー様」


 上司が会議室を去った後、目に見えてホッとため息をつく会議の参加者達。その様子を尻目に、側近――ヘルファーも眼鏡をクイッと直す。

 今までずっと黙っていた部下の一人がヘルファーの労をねぎらうべく声をかけると、皆が続いてヘルファーに挨拶をする。

 恐れられていたランガートと異なり、そんなランガートを上手くいなす事が出来るヘルファーは部下の皆から慕われている存在だった。


「あの、失礼を承知で質問いたします」

「なんでしょう?」

「我々は今回の戦い……勝てるのでしょうか? 私としては、伝令の話が嘘だとは思えませんし……」


 リッチはアンデッド系モンスターの中でも最上位に位置し、冒険者ギルドでもAランク以上に認定される強敵だ。

 具体的な情報までは知らずとも、数を揃えればどうにか出来るなどと楽観視できるような敵ではない事くらい一兵卒でもわかる。


「ハッキリと言いましょう。リッチ相手に集団で戦いを挑むのは愚策極まりない事です」

「な、なんと……」


 ランガートの行動をバッサリと切り捨てるヘルファー。彼は皆以上にリッチがどういう存在かを分かっていた。

 気に耐えられないような数多の有象無象で立ち向かうよりも、確実に気に負けないだけの精鋭数人に絞って挑むのがセオリーだ。

 もし彼が仕切っていたのであれば、絶対に部隊を突撃させるような真似はしなかった。だが――


「まさか、その愚策を勝手に進めているとは思いませんでしたよ」


 ヘルファーが会議室に召集されたところで、初めて第八第七第六騎士団をリッチに向かわせたという話を聞いたのだ。

 リッチの特性を考えたら一気に殺されるのは目に見えているハズなのだが、それにはランガートの悪い性質が起因していた。

 ランガートは自信家なのである。己のみであればまだしも、自身の抱える騎士団も屈指の精鋭揃いだと本気で思っている。

 故に、ベルナルドからリッチの恐ろしさを聞かされた上でやめておけと言われても、部下達ならば問題なくリッチの気に耐えられると思っていた。

 そして、その過剰なまでの持ち上げ振りに部下達も熱狂してしまい、哀れにも前向きな気持ちで集団自殺へ向かう事となってしまった。


「わ、我々は一体どうすれば……」

「騎士団の役割は敵を倒す事のみではありませんよ。国民を救うのもまた我々の仕事です」


 ハッとなる一同。ランガートの雰囲気に圧されて、いつしか戦う事ばかり考えるようになっていた。

 ヘルファーの言葉を受けて、この場に居た者達は自分達が何故騎士団に入ったのかを改めて思い返していた。


「魔導師団に合流しましょう。彼らと共に、国民を守るのです」


 部下達が頷く。その顔は、皆等しくやる気に満ち溢れていた。

 国を守る事においては騎士団も魔導師団も関係ない。皆同じ国を愛する同志なのだ。



 ・・・・・



 王が帰ってから、俺達は二人してゆっくりと首都シャイテルを目指していた。既に視線の先には首都の遠景が見える所にまで来ている。

 リチェルカーレ曰く遠方から監視されているとの事だが、監視はさせておいた方が都合がいいらしいので放置。

 騎士団が壊滅した事も既に伝わっていると推測しており、指揮官が馬鹿ならさらなる追撃が来るとの事だ。

 そりゃあそうか。相手と自陣の実力を分かっている指揮官なら、有象無象を沢山送り込んでも兵士を無駄に消費するだけだと解る。

 さっきの無駄な部隊を送り込んできたのは馬鹿さ加減からして総騎士団長だろうが、こうして結果を突きつけられてなおやめないならば、もはや救いようのない馬鹿だな。


「やれやれ、どうやら救いようのない馬鹿だったみたいだね」


 俺の心の中で思った事とズバリ同じ事を口にしたリチェルカーレ。

 彼女が示す方向には、自分達の往く手を遮るように展開された騎士達の姿があった。


「と、止まれ! 帝国に仇なすモンスターとその眷族共よ! ここは我ら第五騎士団が通さ――ん?」


 集団の真ん中あたりから、騎乗して豪勢な鎧に身を包む男が大声を張り上げたが、途中で言葉を止めた。


「……リッチは何処へ行った?」

「王なら帰ったぞ。一瞬で終わってしまってつまらないとお嘆きだった」

「ふん、帰っただと? それは都合がいい。ならば我々が残された眷族共を退治してくれるわ!」


 おいおい、さっき散っていった騎士団を思いっきり馬鹿にしたのになんで得意気な顔になってんだ……。

 まさかあまりの弱さに呆れて王が帰ったのを『騎士団が王を追い返した』とでも解釈してるんじゃないだろうな。


「行け! 此度の英雄は我ら第五騎士団だ!」


 一斉に騎士達が走り出す。一番恐ろしいリッチが居ないからか、先程の騎士団達以上に威勢はいい。

 対して、リチェルカーレは先程と変わらぬ歩調で臆する事無く前へと進んでいく。

 先頭の兵士が一番手だとばかりに剣を振り下ろすが、意気込みとは裏腹にあっさりと弾き返される。

 他の兵士が槍で突くが、逆に槍の方が折れる。弓兵達が弓を打ち込むも、リチェルカーレにまで届かず落ちる。

 ついには騎兵が馬共々に体当たりを仕掛けるが、馬の方が転倒させられてしまう。


「無駄さ。キミ達ではどうにもならないよ」


 ならばと、騎士達がリチェルカーレにしがみつくが、それでも全く重さを感じていないかのように前へと進み続けている。

 次から次にしがみつく人間が増えていくも、数十人がかりで押し返してもなお止められない。


「ど、どうなっている……!?」


 単純な話だ。リチェルカーレの持つ魔力がバリアのような役割をして、迫る攻撃のことごとくを弾いているのだ。

 しかし、彼女は意識して気を放っている訳ではない。ただ、自身から気が漏れ出してしまっているだけだ。だが、それですら騎士団にとっては難攻不落の壁となってしまっている。

 向こうからしたら全力を振り絞っているであろう攻撃を、こちらは防御すらせずにノーダメージ。正直言って、状況は詰んでいるのではないだろうか。


 相手側がそんな事すら理解できないのは、ひとえにリチェルカーレの隠蔽技術が優れているからに他ならない。

 通常であれば魔力を放出した時点で第三者からその力を感じ取られてしまうのだが、彼女は間近にいながら一切の力を感じさせない。

 それもまた戦略の一つ。力量を知られれば対策されてしまうというのは、どんな状況においてもあり得る話だからな。

 無意識下で漏れ出す力をも無意識に隠蔽する。彼女の魔力の扱い方はそんな領域に達している……。


 加えて、あれだけの人数が群がっても押し返すどころか押されてしまっているのは、リチェルカーレの身体能力強化が尋常ではないレベルで行われているからに違いない。

 例えるなら、地面に根を張った巨大な岩山が前進をしているようなもの。とてもじゃないが、並の人間が何人集まった所で止められるものじゃない。


「も、もういい! 埒が明かん! そいつは首都に控える魔導師団に任せる!」


 ようやく察したのか、号令がかかると同時、リチェルカーレに群がっていた者達は一斉に離れる。そして、皆の目が俺の方へと向いた。


「残るもう一人を全力で叩く!」


 やっぱそうなりますよねー。

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