001-2:まずは現状確認を
「では、まずはツェントラールが置かれている現状についてお話しますね」
エレナが机の上に地図を広げる。
全国地図……ではなく、あくまでも大陸の一部と思われる地方地図だった。
「ツェントラールは内陸の弱小国です。その周りはコンクレンツ帝国、ダーテ王国、エリーティ共和国、砂漠の国ファーミンという四つの国に囲まれています」
国を一つ一つ指で示し、位置関係を教えてくれる。
ツェントラールから見てコンクレンツは右上、ダーテは左上、エリーティは右下、ファーミンは左下に位置しており、完全に囲まれている。
どの国もツェントラールと面しており、左右あるいは上下に他の二国が隣接している形となる。
ここで俺は気付く。言葉を日本語として認識できたのと同様、地図に描かれている文字も『日本語』として読めている。
エレナと対面した時に思った通りだ。これなら、意思疎通に関しては全く問題なさそうだ。
「四つの国の中で、まず一番最初にどうにかしなければならないのはコンクレンツ帝国ですね。ダーテやエリーティから攻め込まれる立場にありながらも、さらに自国よりも弱いツェントラールを攻め、領土の拡大と資源の補充、人員の確保を狙っています」
二国からの防衛をしつつもツェントラールを落とそうとしているあたり、確かに好戦的だ。
今は何とか侵攻を退けてはいるものの、弱小国であるツェントラールは徐々に戦力を削られてきているという。
しかも、向こうはまだ侵攻に本腰を入れていないらしい。ある程度まで弱らせてから、一気に攻め落とすつもりでは無いかと推測されているとの事だ。
ツェントラールはこの地域一帯の中心を占める国。そこを我が物と出来れば周りの四国を攻めるに当たって非常に有用となる。
逆に言えば、四国に囲まれているというのはデメリットにもなり得るのだが、それは領地を持つ国の力と、その運用方法次第である。
おそらくコンクレンツ帝国は、それでもなおメリットの方を多く享受できると踏んでいるのだろう。
「他の国について聞いても?」
「えぇ、続いてはダーテ王国についてです。この国は平民と貴族の身分差が激しく、平民は例外なく迫害されています。故に一部平民達の中ではレジスタンスの動きも見られます。コンクレンツと比べると野心は小さいですが、貴族達が見栄を張るため、力を誇示するためにツェントラールを狙っています」
(ダーテ王国は典型的な『ファンタジー世界の腐った貴族』って感じだな……)
「エリーティ共和国は非常に選民意識が強い国で、トップによる徹底した恐怖政治と洗脳教育により、ご老人方から幼子に至るまでが『自分達は特別』だと思い込み、他の存在を下等な存在として見ています。そんな彼らにとって、ツェントラールはもちろん他の国も自分達が支配して当然だと言う訳です」
(あー、元の世界にもそんな国があったな……。確か『強盛大国』だか何だかを自称してた北の国)
「ファーミンは読んで字の如く砂漠の国です。明確なトップを設けず、多数居る部族の長たちが共同で国を動かしています。非常に厳しい生活環境で、飢饉や疫病も蔓延している地域があると聞きます。故に、豊かな土地を求め他国への侵略を考えています」
(聞いた限り、まだまともな動機なのはファーミンだけか……)
コンクレンツは単純に覇権を狙って。
ダーテは貴族達による己の力の誇示のため。
エリーティは下等な存在を我々が支配するのは当然という思考。
ファーミンは劣悪な環境での生活から脱出するため……。
「ファーミンの事情はお察ししますが、だからと言って侵攻が許される訳ではありません。どうしてもっとこう、穏便に解決を図ろうとしないのでしょうか」
「と言うと?」
「援助を申し出るとか、あるいは環境を変えて行くとか」
「一都市ならともかく、ファーミンは国全体が問題を抱えているんだろう? そのために援助を出すとなると、金額で言えば凄まじい額になるし、物資としても簡単に用意できるような量ではないぞ……。かと言って一都市だけを援助したりすれば、それを巡り無用な争いが起きてしまう。そう簡単にはいかないだろう」
「うぅ……。確かに」
「環境に関してもそうだ。この世界には魔術があるらしいから、それを使えば雨とか降らせたり出来るんだろうけど、そんな事で環境を変えられるのであればとっくにやっているハズだ。違うか?」
「違いません……。それらの魔術は大きく力を使いますから、環境を変えられるほど長く、かつ大規模なものを行使し続ける事はまず不可能です」
「だったら何故言ったんだ……」
「リューイチさんも仰ったように、ファーミンにはまだ同情の余地があります。もし力以外でどうにかできるのであればそうしてあげたいと思ってしまうのです」
神官と言うだけあってか、その心は慈悲に溢れているようだ。
本当なら、他の国とだって穏便に済ませたいと思っているのかもしれない。
俺もそうだ。戦争とは、ひとたび起これば数え切れない悲しみを生み出してしまうもの。
戦場カメラマンとして、嫌というほどその悲しみを目の当たりにしてきた。
戦場を取材し、その悲惨さを世界に伝えているのは、それを見た人々に『戦争は愚かしいものだ』と知ってもらうためだ。
起きている戦争を止める、あるいはこれからの戦争を起こさせない。そのためのきっかけ作りとして、起こっている現実を伝えたかったのだ。
「この状況を変え、ツェントラールを救うのが俺に課せられた使命と言う訳か……」
「召喚しておきながらこんな事を言うのもなんですが、無理難題を押し付けてしまって申し訳ありません」
「俺の世界には『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』という言葉がある。このツェントラールや、他の四国についても、知り尽くす事さえ出来れば必ずや勝ちの目は見えてくる。無理難題とは思っていない」
「何とも頼もしいお言葉。当然ですが、そのための協力は惜しみませんので、遠慮なく言ってください」
「では早速、敵味方を知るためにこの国を含めた五国の視察をさせて欲しいんだが」
「……そ、それは国王に言って頂かないと」
「わかってる。その時に口添えをお願いしたいと言う事で」
翌日、国王へ挨拶する際に要望を伝える。その約束をして、今回はお開きとなった。
・・・・・
エレナの部屋を出ると、そこには一人の少女が立っていた。
紅色のセミロングが眩しい小柄な子で、身に纏っているのはロングタイプのメイド服。
両手をお腹の辺りで重ね合わせ、若干おどおどした様子で俺を見ると……
「あ、あの。私はセリンと言いますっ。リューイチ様の世話役を任されました」
緊張感を隠せない小さな声でそう言って、過剰なくらいペコリと礼をして、その状態のままプルプルしている。
「あ、あぁ……よろしく。頭、上げていいから。つらいでしょ」
「は、はい!」
バネ仕掛けのおもちゃの如く勢いよく頭を上げると、自分が何をすべきだったのかをド忘れしたかのように周りをキョロキョロ見回す。
釣られて俺も周りを見てみるが、現状これと言って特に目立ったものは何も無かった。
「そ、そうでした。リューイチ様をお部屋へとご案内するのでした……」
ようやく答えを見つけ出すと、自分についてくるようにと俺へ伝えてから、ゆっくりと廊下を歩き出した。
歩いている際、セリンはすれ違う人の一人一人にお辞儀して挨拶している。メイドとしてその辺の教育が徹底されているのかもしれない。
最初見た時は若干頼りなさげであったが、王城に勤めているくらいだ。きっと認められるだけの『何か』があるのだろう。
「あ、ここです。ここがリューイチ様に与えられた部屋となります。どうぞ」
しばらく歩いた後、そう言ってある扉の前で立ち止まり、その扉を開きつつこちらへ視線を向け、中へ入るようにと促してきた。
お言葉に甘えて俺が入ったそこは、とても一個人の部屋とは思えない程に広かった。
さすがは城の中の部屋と言ったところか。家具類や調度品も、明らかに貴族が使っているようなものだ。
正直なところ、自分が使うには恐れ多いと思ってしまった。
「確か異世界の方は日常的に湯浴みをされると聞いています。奥の部屋に準備が整っていますのでご利用ください」
「その言い方だと、こちらの世界では日常的には風呂に入らないみたいな感じなんだが……」
「少なくない水を用意し、さらに過熱するとなりますと重労働ですから。王侯貴族の場合は、魔導師を雇うなどしてその行程を担いますが」
インフラ整備が進んでいないって事か。家で蛇口を捻って水を出すとかは出来ないようだ。
となると、水を加熱するのも火をくべるとか……そんな感じなんだろうな。
「一般的には濡らした布巾で身体を拭くのが主流です。ただ、我が首都には住民達が等しく利用できる公共浴場が用意されていますので、日常的な湯浴みも可能です」
「へぇ、そういう設備はあるんだな……。いつか俺も行ってみるか。異世界のスパ施設、気になるぞ」
「湯浴みを終えた後の着替えも用意してありますので、ご利用ください。あと、謁見用の衣類も棚に収められていますので、翌日はそれをご利用ください」
「ありがとう。お言葉に甘えて利用させてもらうとするよ。何から何まですまないな」
「いえいえ、おもてなしは当然の事で御座います。では、これにて失礼しますね。明日の朝、王様との謁見前に迎えに参りますので」
セリンはそう告げると、一礼して俺の部屋から去って行った――と、そこで神様(?)から与えられた『力』の事を思い出す。
あの時のように『自身の私物を召喚できる』のであれば、この部屋の中も慣れ親しんだ感じに変える事が出来るかもしれない。
すぐ行動に移すと去ったばかりのセリンが感付くかもしれない。念のため少し時間を置いてから呪文を唱える。
『開門! 出でよ、我が至宝!』
そのまま大声で叫ぶのも問題あると思ったので、小さく叫ぶ。が、叫んだ後になって普通につぶやけば良かったのでは……と気付いた。
幸いにもあの時と同じように円形の魔法陣が展開される。その上に出現したのは、かつて愛用していたノートパソコンだった。
プライベートや仕事の際に共通して使っていた愛機。早速開いて電源スイッチを入れてみると、無事点灯した。どうやらバッテリーは残っているらしい。
しかし、考えてみればこの世界に『電化製品』というものはないだろう。バッテリー残量が無くなったらどうすればいいんだ……。
人間界とは異なり、魔法で電気を生み出せるため、電気自体の生産は簡単である。だが、それを文明利器へと適応させる手段が存在していない。
ル・マリオンでは、文明利器が活躍する部分を魔法が担っているのが基本。コンセントを差し込むプラグのようなものは期待できない。
(コンセント握ってもらって電撃魔法を使ってもらう……で何とかなるか? いずれ試させてもらわないと)
パソコンを立ち上げた後、色々と操作してみて分かった事がある。
まず第一にインターネットが繋がらない。住む世界が違うのだから当然だ。ただ、ネットワークを利用したものでさえなければ他は問題なく操作できた。
この世界で学んだ事をメモしたり、何かのデータベースを作ったりなど、そういった簡易的な作業であれば充分に出来そうだ。
他にもいくつかの日用品や、娯楽グッズ、書籍などを召喚してみた。
コンセントに接続して使うタイプのものでさえなければ、電化製品も使用可能だ。
据え置きのゲームは出来ないが、携帯機のゲームならば問題なかった。
最悪、あちらの世界とは根本から法則が異なっているかもしれないと言う危惧もあった。
かつて愛好していた創作物においては、電子機器が全く機能しない世界や機械文明が意味をなさない世界などが描かれていたりしたからな。
幸いその辺は問題なかったようだ。同じく人間が住んでいる世界だし、そこまで極端な違いは無いのかもしれない。
(とりあえず、文書作成ソフトでも立ち上げて日記を付けておこうか……)
――こうして付けられる事となった彼の何気ない日記が、後の世で『異邦人の手記』として書籍となり、大ベストセラーとなるのは、また別の話である。




