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382:王国護衛隊の実力

 ――時は少しさかのぼる。


 リチェルカーレとレジーナ、ルーとシルファリア、フォルとアルヴィ。

 それぞれが自身の領域の中へと消えた後、残された者達は王国護衛隊シャリテと対峙していた。



 ◆



 真っ先に動き出したのはレミアだった。早々にシルヴァリアスの力を解き放ち、全身を銀色で包み込む。

 普段は自分の力のみで戦ったり部分開放のみで様子を見る彼女が、いきなり全力を出した。


(ちょっとレミア、いきなりフルパワーで行くの!?)

「(……イースラントの王国護衛隊は油断ならない相手です。様子見している暇など与えてくれないでしょう)」


 前衛の騎士らしく、先陣を切って出た彼女は大きく剣を振り上げていきなり渾身の一撃を叩き込むつもりで突撃する。

 しかし、シャリテは逆手に持った短剣を振り下ろされた剣の側面に当てて、絶妙に角度を変える事で軌道を逸らす。

 それによりレミアは盛大な空振りをしてしまう事になり、振り下ろした勢いでシャリテの隣で屈むような姿勢になってしまった。


 レミアはその場からすぐ飛び退いて体勢を立て直そうとするが、その一瞬で致命的な一撃を入れられてしまう。

 シャリテが逆手に持っていた短剣をそのまま振り下ろし、レミアの背後から首筋を狙う形で突き刺した。


「がっ……!」


 鎧の無い部分への容赦ない一突きがレミアの首を貫く。さすがにこの一撃を受けて平然とはしていられないようで、レミアはその場に倒れ伏す。

 直後、シャリテは不可解にワンステップして前に出ると同時、背後に向けて高い打点の回し蹴りを放ったが、実は彼女自身この時何故このような行動をとったか分かっていなかった。

 おそらくは直感。だが、その直感は正解だった。回し蹴りは確かに『何か』にヒットし、それと共に空間が歪んでこちらへナイフを突き立てている少女の姿が浮かび上がる。


「「!?」」


 驚いたのは双方同時だった。仕掛けた方はまさかこの状態の自分が攻撃を受けるとは思っていなかったという驚き。

 シャリテの方は、自身を背後から狙う者が存在していたという驚き。何せ、彼女は背後からの奇襲に全く気付いていなかった。

 にもかかわらず身体が本能的に察して危機を回避した。それだけにとどまらず迎撃にまで繋がった。


「驚きました。この私に悟らせぬほどの気配遮断、貴方が女王暗殺の刺客として現れていたらと思うと、正直ゾッとします」


 相手は気付かれると思っていなかったのかノーガードの状態で、顔の左側を打たれてそのまま弾き飛ばされていた。

 そうやって倒されてしまったのは――セリンだった。彼女は自らの存在そのものを消すレベルで完全に気配を断つ事が出来る。

 それは対象とされた者達の記憶から『セリンの存在を忘却させてしまう』程の効果を発揮する。


 故にシャリテは対峙した相手の中にセリンという存在が居た事すら覚えておらず、彼女に対する対応も全く考えられていないハズだった。

 だからこそ、セリンは直感でそれを攻略された事が信じられなかった。少なくとも、彼女が相手をした中では初めて対処された。

 何とか体を起こして次の行動に移ろうとするが、それを前もって制するかのように、セリンの胸元に突き立てられたのはナイフだった。


「させませんよ」


 シャリテが起き上がるセリンに対してナイフを投擲。反撃してこようとしてくる相手には当然の措置だった。

 彼女は王宮護衛隊として王族の護衛をする身。敵は王族の命を狙う者ばかり。自身の命すら捨てて目標を殺しに来る刺客達が相手だ。

 そんな者達が敵であるならば、当然護衛隊に求められるのは見敵必殺。相手を始末しない限り、護衛に終わりはない。


 そんなスタイルは今回の戦いでも変わらない。故にレミアに対しても首を一突きし、セリンに対しても胸部にナイフを突き立てた。

 シャリテとしては、目の前の面々を模擬戦のつもりで相手している気など毛頭なかった。彼女は殺るか殺られるかの世界に生きてきた。


「レミアさん! セリンさん!」


 エレナが治癒のための法力を飛ばすが、声を出してしまったのに加え何の工夫も無く飛ばしてしまったため、あっさりシャリテに斬り飛ばされる。

 彼女はまだまだ戦いにおける駆け引きが苦手であった。いちいち声を出さず、シャリテの死角を突くようにして飛ばすべきだった。

 しかし、法力を飛ばしての回復が出来ると知られてしまった以上、もう声を出そうが出すまいが、死角を突こうが見逃される事は無いだろう。


「アンティナート、アプリーレ!」


 故に、エレナが取る戦法は接近戦しか残されていない。アンティナートを開放し、レミアと同じくいきなり全力で動く。

 そのためだろうか。従来の神官ではありえない程の、シャリテの予測を超える速さで横を通り抜ける事に成功した。


「(っ、こんなの神官に出せる速度じゃない! どうなってるの!?)」


 常識外の出来事に焦るシャリテだが、すぐにやるべき事を思い出して追走。レミアに迫るエレナの背を斬りつける事に成功する。

 背中を裂かれ、血飛沫を撒き散らしながらレミアに重なるように倒れ込んでしまうエレナ。レミアにも少なからずの血飛沫がかかってしまっていた。

 並の者ならばこの一撃だけでリタイアしてしまうような深い傷だが、エレナはこの状況でなお、シャリテに向けて不敵に微笑んで見せた。


 レミアにかかった血飛沫が淡い緑色の光を放つ。それは紛れもない法力の輝きであり、首の傷口が瞬く間に癒されていく。

 シャリテにとっては再びの予想外。神官の血飛沫で治療するなど、今まで全く聞いた事も無かった。


「ご存じありませんでしたか? 今の私はもはや法力の塊、血肉の隅々に至るまで濃密な法力に満ちているのですよ」

「……まさか、わざと斬らせたのですか」

「あれだけ大きな隙があったら追撃せずには居られなかったでしょう?」

「狂ってますね。仲間の治癒のため、自らを斬らせますか」


 ささやかな会話をする間にも、エレナの背中の傷が逆再生でもするかのようにみるみる塞がっていく。

 血肉の隅々に至るまで法力が満ちているという事は、つまり常時強力な回復力が機能しているという事でもある。

 同時にエレナは自身とレミアを護る障壁を展開。シャリテの強さを想定した、実に強力なものを用意した。


「恐ろしい回復力ね。でも、未だ地に伏しているその子を守りながら、あちらで倒れている子の治療に動けるかしら? もちろん、遠隔の治癒は妨害するわ」


 シャリテは決して油断していない。もしエレナが先程のように飛び出しても、今度は完全に捉えるつもりだ。

 もしそれでレミアが無防備になれば容赦なく追い打ちをするし、レミアの防護を残したままであれば全力でエレナを潰す。

 だが、先程のエレナの行動の時と同様、どんな状況においても想定外の事は起きる訳で――


『あーあ、盛大にやってくれちゃって……。大切な大切なこの身体になんて事してくれんのよ』


 場に介入してくる第三者の声。特に大声を出している訳では無いハズなのに、この場に居る皆に声が聞こえる。

 声の出どころは――倒れたままのセリンだった。セリンの身体からは濃密な黒い瘴気が染み出しており、明らかに様子がおかしい。

 やがて瘴気は間欠泉の如く天を突いて大きく溢れ出し、その中でセリンがゆっくりと起き上がった。


 胸元に突き立てられたナイフを抜くと、その手の中でナイフが塵と化して空気に解けるようにして消えていく。

 瞳は真っ赤に輝き、全身から赤色のオーラを立ち昇らせた姿のセリンは、明らかに様子がおかしい。


『……覚悟は出来てるんでしょうね?』

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