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035:名付けて『死の嵐』

 俺はコンクレンツ帝国の皇帝の許へと転移し、宣戦布告を行ってきた。その際、向こうの騎士や魔導師から非常に手厚い歓迎を受けた。

 法力で痛覚を麻痺していたとは言え、死に至るまで肉を焼かれ続けるあの感覚はヤバいな。結局は焼き尽くされるより先に酸欠になって死んだが、そう何度も味わいたくはない死に方だったな。

 エンデの宿で荒行をしていなかったら間違いなく発狂していただろう。この点ばかりはリチェルカーレに感謝せねばなるまい。殺しまくってくれてありがとう。


 戻ってきた俺は、エンデの外にある森に停めてある王の馬車の中でひと眠りする事にした。

 本格的に進行するのは明日だ。それまでに近隣の軍が何部隊かくらいは集まっていると良いんだけどな。

 大人数を蹴散らせば蹴散らす程力の誇示になる。そのために、あえて一日待つ事にしたのだ。



 ・・・・・



「さて、いよいよ首都に向けて侵攻する時が来たね。一体どれくらい集まっているかな……」


 俺達はコンクレンツ帝国の首都シャイテルに向けて動き始めた。

 馬車の外に御者として王を一人だけ出した状態にし、自分達を阻む者が登場するまで馬を歩かせる。


『皇帝が愚か者で無い事を願うばかりだ。ちゃんと真剣に考えていてくれれば良いのだが』

「大丈夫だろう。俺が散々眷属らしく不死身アピールしてきたし、恐ろしさは伝わったはずだ。それに、中々に優秀な魔導師が居る。奴なら、間違った意見は出さないだろう」

「コンクレンツ帝国魔導師団長……ベルナルドか。彼は魔導師の業界ではそれなりに名の知れた人物だ。彼を目標とし、日々研鑽に励む魔導師も少なくない」


 どうやらリチェルカーレはあの男を知って居るようだ。あの実力を見ると、業界で名の知れた人物というのも納得できる。

 この性質のおかげで殺されはしなかったものの、逆に奴を倒そうとなると明らかに今の俺では無理だろう。

 けど、王やリチェルカーレなら容易いんだろうなぁ。二人の敵になりそうな存在っていったいどこに存在するのやら。



 それから何事もなく一時間ほど進んだ辺りで、馬車が動きを止めた。


「王、何か動きがあったのか?」

『あれを見るがいい。望んでいた通り、きちんと準備していてくれたようだぞ』


 王が示した方へ目線を向けると、百メートルほど先にズラリと大量の兵士達や騎士達が並んでいるのが見えた。

 ざっと数千人は居るだろう。この大軍をどうやって抜けるのか――と思いきや、再び馬車が動き出した。どうやら近くまで行くらしい。


「貴様が件のリッチだな!? 我らはコンクレンツ帝国騎士団第八第七第六連合軍! 陛下の命により、全力で侵攻を止める!」


「「「「「「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」」」」」」


 先頭に並んで立つ三人の騎士。おそらく彼らがそれぞれ第八、第七、第六の部隊長なのだろう。隊長自ら最前線に立つとはご立派な事だ。

 三人の中でも一番ベテランそうな騎士が代表して宣言したのに続き、背後に控える全ての者が武器を掲げて大きく叫ぶ。

 これは意図して士気を上げてるな。リッチの放つ気の影響というのは当然リッチ自体の強さで変わるが、受ける側の気の強さでも変わってくる。

 少しでも受ける影響を減らすべく上から指導されたか。おそらくはベルナルドの知恵だろう。奴ならリッチについても知っていそうだ。


 だが、知っているからこそこんな有象無象を差し向けてくるような真似もしないハズだ。何せ、いくら数を揃えようが相手になる訳が無いと解り切っているからな。

 おそらくは一緒に居た総騎士団長の方が功を急いたに違いない。無茶振りに付き合わされた三つの騎士団は気の毒と言うほかないな。


『やる気に満ち溢れているようで何よりだ。では我も主らのやる気を表してある程度は力を解き放つとしようか』


 ある程度ってどの程度だ……? 王が何やら目に見えてドス黒いオーラに包まれ始めたぞ……。


「これはちょっとリューイチにはきついかもね。障壁を展開するよ」


 背後からリチェルカーレが俺の肩越しに話しかけてきた。どうやら王が力を解き放つのは相当に危険なようだ。

 そういや王が放つ気って『死の概念』そのものだったっけ。ちょっと王が意識を向けただけで、エンデの人達が心底怯えてしまっていたもんな。

 エンデの町の入り口においても、ちょっとやる気を出しただけで濃密な死の気配が駆け抜けて兵士が気絶したくらいだし……。


『では参る! 何百人でも何千人でもかかってくるがいい!』


 王を包んでいたドス黒いオーラがまるで波のように全周囲へ解き放たれる。その瞬間、信じられない事が起きた。

 俺達を迎え撃つように展開していた何千人もの騎士団が、黒いオーラに巻き込まれた瞬間に砕け散っていく。

 オーラの拡散速度は非常に早く、皆何が起こったのか分からないまま逃げる間もなく巻き込まれてしまっている。

 少し経ってからようやく事態が把握され始めたのか、あちらこちらから悲鳴が上がるが、それも全て一瞬のうちに消えてしまった。

 結果として、わずか数分足らずで辺り一面に何も無くなってしまった。草原だったであろう地面も、無残に荒れ果てている。

 粉々になってしまった人間とは違い、枯れた状態で残されているのは植物だからという事なのだろうか……。


「馬鹿、力加減を間違えたね」

『むぅ……。この程度ですらダメとは。まさかこの時代の人間がここまで弱体化していたとは……情けない』


 王が想定している時代の人間達ってどんなレベルなんだよ。まさかリチェルカーレみたいなのがゴロゴロ居たのか?

 少なくとも、今の気の放出には耐えられるくらいのレベルではあったのだろう。俺自身は障壁に守られていたから良く分からなかったが。


「まぁ、何もかもを無に帰さなかっただけ良しとしておこうか。君の本気は色々な意味で厄介だ」


 厄介どころの話じゃないだろそれは。そういや本気出せば大陸一帯を死の大地に出来るとか言ってたっけ。どれだけ強い死の力宿してんのよ王は。

 例え何百人で挑もうが何千人で挑もうが、気を解き放つだけで問答無用で消し飛ばせるって……ほんと反則級の存在だな。


「とにかく、君はどういう方法であれ一気に何千人もの敵を倒したんだ。これだけ多くの敵を倒したんだから、以降は自重してもらうよ」

『な、何と言う事だ……。せっかくの暴れられる機会が一瞬で終わってしまった……死にたい』

「……いや、既に死んでるからな」


 計画としては、ここに広がる一団を王に任せ、それ以降は俺とリチェルカーレでやる手筈になっていた。

 王が主役のように装ってはいるが、実質は『リッチの侵略』ではなく『ツェントラールの侵略』だからな……俺達がやらないと。

 リチェルカーレはもちろん心配ないが、俺はやれるのか……? いや、やるしかないな。自由な旅をするためにも。


「そ、そうだ。さっきの光景を『死の嵐』なんて名付けるのはどうだろうか?」

「お、おぉぅ。それは言い得て妙だね。放たれた気が嵐のように荒れ狂い、巻き込まれた者に無慈悲な死をもたらす……カッコイイじゃないか。王、キミはどう思う?」

『好きに名付けるがいい。我は何だか疲れた。しばらく休む……』


 我ながらナイス閃きだと思ったんだが、王のテンションを回復させるまでには至らなかったようだ。

 何千人もの相手を前に思う存分暴れられると思ったら、その前にそれが一瞬で消えてしまったんだもんなぁ。

 やる気を出した王からすれば、せっかく高ぶったこの気持ちどうしてくれる――って感じだわな。

 俺達の言葉に対しても反応はそこそこに、地面に開けられた空間の穴へと沈んでいく。


 ……どうやら相当にショックだったようだ。




 ・・・・・



 ――コンクレンツ帝国。王城・魔導師団会議室。


「ベルナルド様! 伝令より現地の報告が来ました!」


 ベルナルドが八人の部隊長を集めて今後の打ち合わせをしている最中、飛び込んできた報告。

 それは、功を急いて騎士団の部隊を送り込んだランガートの失敗を伝えるものだった。

 失敗に終わる事自体は予測していたものの、まさか数分足らずで影も形も無い程に消し飛ばされる所までは予測していなかった。


「どうやら、リッチの力は想定以上に強いようだな……」


 ベルナルド自身もリッチとの交戦経験は無いため推測になってしまっているが、部下の情報からその推測を改めなければならないと悟る。


「俺達も魔導師団の連中を差し向けたら同じ事になりそうだな。それ程凄まじい相手なら、魔術障壁の有無なんざ誤差の範囲だろう」

「それは私も感じている事だ。行くならば、私とここに集った団長八人に絞った方が良いだろうな……」

「って、俺達ですかい!? そいつぁちょっと無謀じゃありやせんか?」


 体格のいい赤髪の男性――炎の部隊長フォイアが無謀だと声をあげる。


「何を言っているのですか。我らが国難に立ち向かわずして、誰が立ち向かうと言うのです」

「そうは言うけどよぉ、サーラちゃん。気を解き放っただけで騎士団をまとめて塵と化すような化物だぜ?」

「ちゃん付けしないでください、今は会議の場ですよ。例えどんな敵だろうが、私達の敗北はコンクレンツの敗北、引き下がるわけには……」


 強気に言いきろうとするが、やはり何処かで恐ろしさも感じているのか声が小さくなってしまったのは、風の部隊長サーラ。

 薄茶色の髪を靡かせる美しい女性だが、その表情は何処か固く、砕けた感じのフォイアとは対称的だ。


「まぁまぁアネさん、フォイアのダンナが言う事は尤もですって。ウチら今までそんな強大な敵と戦った事が無いから怖くもなりますよ」

「ワーテル、貴方もこんな場所でアネさん呼ばわりはおやめなさい。ベルナルド様もおられるのですよ」

「私は気にしないから好きなように呼び合うといい。サーラもそう固くならずとも良いのだぞ。我らは仲間ではないか」

「さすがベルナルド様、話が分かるー!」


 部下――水の部隊長ワーテルの砕けた態度にも寛容なベルナルド。やる事さえきちんとやっていれば、個々の性質までは否定しないのが彼の考えだった。

 そんな細かい事までいちいち注意していたら、そればかりに気を取られてしまって話が進まない。余程人道に反するような悪でもない限り、不問としている。


「ですが、真面目な話……どう立ち向かうのですか?」

「戦略を練る必要は無いんじゃないか? 最初から全員で一斉に最大級の魔術をぶつけておしまいにしよう。別に試合でも何でもないんだ。卑怯とは言わせない」

「リッチが何か行動を起こすだけで多大な被害が出るのですから、その前にやっつけてしまおうというのは、確かに筋が通っておりますなぁ」


 金髪が映える若き魔導師――雷の部隊長ブリッツが、身も蓋も無い事を言う。しかし、リッチの性質を考えるとそれも有効なのではないかと同意したのが土の部隊長スエロであった。

 若き者が多い隊長格の中で、最年長にして父親的ポジションを務める優しき男だ。ふくよかな体型と柔和な笑みが、その印象をより強固なものにしている。


「僕もブリッツに賛成です。これは国の存亡をかけた戦い……何処に遠慮する要素があるのでしょう」

「だろう? リヒトは話が分かる男で助かるよ。俺個人としては、久々に全力で魔術を撃ってみたいという欲もあるんだけど」


 ブリッツがキザな男というイメージならば、彼の意見に賛成した男――光の部隊長リヒトは正統派のお坊ちゃんと言った感じだろうか。

 見た目的にも性格的にもまるで正反対の彼らだが、不思議とウマが合うようで、リヒトは大抵ブリッツの考え方を肯定している。


「そうだ。こんな戦い、さっさとカタを付けよう。私は色々と研究したい事があるのだ……」

「決定に従う」


 会議の外側であまり話に加わっていないのが、闇の部隊長ソンブルと、木の部隊長ラニアの二人。

 ソンブルは魔導研究に熱心だが、それ以外には熱が薄く、常にフードをかぶっていて声も小さいため、根暗に思われている。

 ラニアは制服の上から故郷の民族衣装を身にまとう風変わりな女性で、会議でもほとんど聞き役に徹して最終的な決定に素直に従っている。

 この二人の扱いに慣れているのか、他の部隊長達は無理に輪の中へ引き込まず、話せる者達だけでどんどん先に進めていく。



「ベルナルド様! 伝令より新たな報告が来ました!」


 再び飛び込んできた報告に、ベルナルドは思わず「はぁ?」と声に出してしまう。


「リッチが姿を消した……だと?」


 伝令によると、騎士団三部隊の合同軍を一瞬にして消し去ったリッチは、乗っていた骨の馬の馬車共々、空間の穴の中へ消えたとの事。

 残った眷族の少年と少女は引き続き首都に向けて動いており、リッチが消えた事を好機と見た第五騎士団が早速向かっているという。


「……騎士団は馬鹿しかおらんのか。無計画な突撃でどうにか出来る相手でもあるまいに」


 少なくとも、少年の方の異質さを知るベルナルドとしては、騎士団の動きは無謀であるとしか言いようが無かった。


「ベルナルド様、魔導師団はどう動きますか?」

「最悪シャイテルが戦場になる可能性がある。魔導師達を派遣し、国民達を安全な場所へ避難させよう。同時に、一部の者達でシャイテルを包んで護れるだけの結界を構築する」

「せっかくだし、首都内に居る冒険者への協力を要請しておきやせんか? ランクの高い冒険者は一般兵よりは役に立ちますぜ……」

「好きにするがいい。ただし、冒険者達への褒賞はお前の自腹でな」

「な、なんだってー!」

「冗談だ。私の方から国に話を通しておく」

「……勘弁してくださいよ」


 本気で自分の懐具合を心配してしまったフォイアであった。

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