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377:待っていた者達

「そこの者達、止まれ!」


 ダークエルフ達が住まう領域である東のヴァストーク。

 その首都と思われる場所にまでやってきたんだが、早々にダークエルフ達に囲まれてしまったぞ。

 いや、それは仕方が無いとは思う。何せ俺達は少なくない彼らの同胞を手にかけている。


 それを分かって居るからこそ、俺達は特に抵抗も無く大人しくしている。敵意を向けられるのは当然だ。

 様々な武器を構えた者達に囲まれるというのは決して気持ち良いものではないが、やらかした事を誤魔化すつもりはない。

 ただ、俺達も降りかかる火の粉となれば祓わせてもらう。さすがにここで旅を終えるなんて結末は受け入れられない。


「止まるのはお前達だ馬鹿者おぉぉぉぉぉ!!!」


 首都の門が開くと同時、中から涙目で叫びながらダークエルフの女性が駆けてくる。

 死に物狂いと言っても過言ではない表情は、その女性が置かれている状況が如何に極限かを物語っている。

 まるで何か一手でも間違えたらその場で自分の人生が終わってしまうような、そんな雰囲気だ。


「ごべんなざーい! 貴方達を害するつもりは微塵も無いんです! この者達は『あの場』に居なかったので実感が無いんです!」


 凄まじいまでの土下座。ダッシュからそのまま滑り込むようにしての華麗なスライディング土下座だ。

 周りのダークエルフ達は唖然としているが、当人はお構いなし。ただ、このままでは埒が明かないので土下座を止めさせる。

 本来は凄く美しいダークエルフなんだろうが、涙と鼻水と涎で顔が凄い事になってる……。


「あるお方から、貴方達がここへ来たら少し待ってもらうようにと言われてたのですが、やり方が攻撃的になってしまいまして申し訳ありません! 部下の教育は後でよーくやっておきますので……」


 この女性は彼らの上司にあたる人だったのか。そりゃ上司がこんな姿見せてたら唖然とするわな。

 おそらく日頃は微塵もこんな姿を見せた事は無いんだろうな。ギャップが生じなければ驚く事も無いハズだ。

 しかし、あるお方の指示――とは、彼女よりもさらなる上の立場の人間に命令でも受けたのか?


「待ってもらうようにって、一体誰が……」

「わたくしよ」


 中空に空間の穴が開き、そこから姿を現したのは額に赤い宝石を輝かせる少女だった。

 尋常じゃない美しさと可愛らしさが同居する風貌を、純白のドレスと煌びやかなティアラが高貴さを彩る。

 サラサラの金髪が風になびき、まるで花畑に囲まれているような魅惑的な香りが辺りに広がる……。


「久しぶりね。オサカベ・リューイチ。わたくしの事、忘れたとは言わせないわよ」

「もちろんです。エルフの国であるイースラント女王……レジーナ・プエラ・アルフヘイム様」

「よろしい。新作よ、取っておきなさい」


 そう言って、地上に降り立ったレジーナ様は飴玉を渡してくれる。前回とは違う味のようだ。

 さすがに今すぐ頂いて感想を云々と言う空気ではないのか、レジーナ様はすぐに俺のもとから離れていく。

 直後、空間の穴から複数人の別のエルフ達が現れ、同じく地上に降り立った。


「アルヴィさんと……他の方々は、誰だ……?」


 一人はレジーナ様をそのまま美しく大きく成長させたような、ドレスを身に纏う方。隣のアルヴィさんにも負けず劣らずだ。

 もう一人は金のボブカットで身軽そうな格好をしている。ドレスの方に尽き従っている事から、護衛だろうか。


「久しぶりだね、シルファリア。キミが表に出て来るなんて一体いつぶりの事だい?」

「あらあらあら、お久しぶりですね。リチェルカーレさん」


 どうやら顔見知りらしく、リチェルカーレの方から声をかけていた。シルファリアさんか……。

 エルフと言えばスレンダーなイメージだが、アルヴィさんもシルファリアさんも何と言うかボリューミーだ。


「他の方はお初にお目にかかります。シルファリア・マーテル・アルフヘイムと申します。こちらのレジーナの母です」

「お、おやめください母様……わたくしはもうそのような子供では……」


 レジーナの頭をワシャワシャと撫でながら自己紹介するシルファリアさん。レジーナ様の母……と言う事は、先代か。


「今はダークエルフとなった方々に出征を命じたのは私ですからね……。責任は私にあります」

「ですが、今の女王はわたくしです。この時点で同胞達に起きた悲劇に関しては、わたくしが責を負います」


 あぁ、そういう事か。女王は『同胞達を手にかけられた事』に関して、わざわざやってきたって事か。

 ダークエルフはエルフ達でもあまり行きたがらない汚染された地域へ出征を志願した『勇者』であるらしいからな。

 そんな勇者達を、どういう形であれ俺達は害してしまった訳だからな。一族の長が動くのも当然の事だろう。


「あ、あのっ! ダークエルフの皆さんを酷い目に合わせてしまったのは私です! だから、裁くなら私だけにしてください!」


 そこで前に出てきたのがルーだ。彼女もまた、エルフの王族が来たと聞いてその目的を察してしまったのだろう。

 実際『闇の領域』を展開してダークエルフのみならず獣人や竜人にも甚大な被害を与えるきっかけとなったのは彼女である。

 しかし、だからってそのままルーを差し出す訳には行かない。このパーティのリーダーは俺だからな。


「……その役なら俺が請け負いますよ。責任はパーティーのリーダーが負うものですから」


 俺はルーを庇うようにして前に立つ。


「いや、アタシがやろう。レジーナもそのつもりで来たんだろう?」


 さらにその前にリチェルカーレが出てきて、右手をクイクイッとする「来いよ」の仕草で挑発する。


「お見通しのようね。そうよ。同胞を傷つけられた事にかこつけて、貴方へ挑戦しに来たのよ。こうでもないと機会を作れないし」


 な、なんだってー。レジーナ様、意外と好戦的だった。


「そちらの精霊使いさんは私がお相手させて頂くわね。曲がりなりにもヴァストークのダークエルフ達は優秀よ。そんな子達を追い詰めた力が見てみたいわ」


 シルファリアさんも好戦的だった。とてもおっとりした感じなのに……。


「では、私が残りの皆さんのお相手を――」

「いえ、貴方の相手は私が勤めます」


 アルヴィさんが俺達の方へとやってくるが、その前にフォルさんが出現して立ちはだかった。


「以前お姉様にボコボコにされた時の鬱憤がまだ残っているのです。妹の貴方で憂さ晴らしをさせてもらいますよ」

「……ど、どうかお手柔らかに」


 明らかに怯えの色を見せるアルヴィさん。やはり姉弟子には頭が上がらないのだろうか。

 フォルさんの能力はあまりにも反則的だからな……。正直、リチェルカーレ出ないとどうしようもない気がする。

 となると、俺含むそれ以外の者達は残されたボブカットのエルフさんが相手をする事になるのかな?


「王国護衛隊にして先代専属護衛……シャリテ、参ります」


 シャリテと名乗ったエルフさんは、エルフには似つかわしくない短剣を構えて俺達の前に立ち塞がった。


「シャリテ……? まさか……」


 俺の背後で、ハルが相手の名を口にすると共に驚き、目を見開いていた。

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