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374:戦う理由

『醜く争いを続ける愚か者共め……我が主の行く手を遮った事、後悔するがいい』


 闇の精霊、その御大たるヴェルンカストの声が辺り一帯へと響き渡る。

 厳かさすら感じさせるその低い声が空間内の隅々にまで伝わり、聞く者達の心身を震わす。

 庇護を受ける者にとっては強く逞しく、敵対する者にとっては死刑宣告に等しく。


『守るべき者のために戦っているというのであれば、それが無くなれば戦う理由も失われるか?』


 ドゴオォォォォォォォォォォォ!!!!!


 そう告げると共にヴェルンカストの両目がギランと輝き――刹那、ダークエルフが陣を構える遥か後方がいきなり爆発した。

 まるで火山が爆発したかのような噴煙と共に轟音がとどろき、同時に立っていられない程の震動で地面が揺れる。

 そこへダメ押しとばかりに煙と熱を伴った爆風までも襲い掛かり、ボロボロに崩れたダークエルフ軍をさらに追い詰める。


「あ、あの場所は……」

「間違いない。あの辺りは、我らがヴァストークの首都……」


 ダンゴムシのように丸まりながら、爆発した場所に『何』があったのかを思い浮かべるダークエルフの男。

 それは彼らにとっての命とも言える、ダークエルフの国ヴァストークの中心たる首都のあった辺り。


『愚か者達よ、たった今……貴様らを戦いと言う枷から解き放ってやったぞ』


 言われた事の意味が一瞬理解できなかったダークエルフ達だが、すぐさま自分達が何をされたのかを悟る。

 言葉通り、守るべきものを奪われたのだ。首都に置いてきた大切な者を、家族を、同胞達を首都諸共に消し飛ばされた。

 今まで幾人もの戦士達の血を流し、仲間の屍を踏み越えてでも守り抜いてきた自分達の戦う理由そのもの――


「「「「「お、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」」


 今まで涙すら見せぬ『戦士』だった者達が、現実を受け止めきれずに決壊してしまった。

 もしこれが全力で戦い抜いて敗れた末に侵略を許してしまったとかであれば、その悔しさで激しい怒りに燃えた事だろう。

 しかし、これはそんな次元ではない。唐突に出現した太刀打ち出来ぬ程に強大な者が、いきなり終わらせてきた。


 攻撃を阻止する事すら許されず、首都の防衛機構で守り切る事すら許されず、ただ相手の思うままに力を行使されるしかない。

 圧倒的な力による暴虐。長年対等の敵達と戦い続けてきた彼らが初めて味わう、どうしようもないレベルの絶望だった。


『おぉ、そうだった。敵対していたのはダークエルフだけでは無かったな』


 ヴェルンカストは両手を左右に広げると、それぞれの人差し指から魔力砲撃を放ち、ダークエルフの時と同様に大爆発を起こした。

 南側のユークは獣人達の拠点、北側のスエーヴィルは竜人達の拠点だ。どちらもヴァストーク同様、一撃で消し飛ばされた。

 それを目の当たりにした者達は言わずもがな。ダークエルフと同様、かつてない程の絶望を叩きつけられ、慟哭するしか無かった。


『うむ。争いを止めるために動機そのものを絶つ。我ながら良き考えに至ったものだ』


 満足げに口にするヴェルンカストだが、同意を示す者は一人もいなかった。



 ・・・・・



「おいおいおい、ヴェルンカストのやつ何かとんでもない事やってるな……」

「まぁ確かに『何かを守るために戦っている』のであれば、その『何か』が無くなれば戦う動機を失うには違いないね」

「とは言え、さすがに彼らが守るべき無辜の民達を虐殺してしまうのはやりすぎかと思いますが」

「その辺は大丈夫だろうさ。ほら、ヴェルンカストの契約者であり、そういう残虐な事を嫌うはずのルーが嫌悪感を出してないだろう?」


 ルーは心優しい性格であるため、もし本当に『戦争を止めるために彼らが守るべき者達を消し飛ばす』などと言えば絶対に怒る。

 しかし、ヴェルンカストは契約で繋がっている主に対して心を偽る事が出来ない。つまり、ヴェルンカストの思考は筒抜けにも等しい。

 その上でルーが怒っていないのであれば、ヴェルンカストが非道な行為をしているのは『見せかけ』でしか無いと言う事だ。


「だって、ヴェルちゃんの『邪神』って作ったキャラだもん。ノリノリで演技していて楽しいのが伝わってくるよ」

『(主よ。そう改まって解説されると小恥ずかしいのだが……)』

「そもそも、ヴェルンカストが攻撃した地点って『特に何もない場所』だからね。安心するといい」


 現世を塗りつぶして浸食した『闇の領域』だが、この領域の中に呑み込まれた者達はあくまでも『戦場に出ている者達』のみである。

 つまり、領域がこの一帯を呑み込むほどに広がっていったとしても、現世にある首都は現世に残されたままである。

 そのため、首都があった位置を爆撃した所で、現世の首都には何の影響もない。それを知っていて、わざと爆撃したのだ。


「彼らには『実際は首都がこの領域に呑み込まれてなどいない』って事など知りようも無いからね。普通に首都が爆撃されたと思っただろうさ」

「そういう事でしたか。あくまでも『虐殺したフリ』をして、彼らの心を折る事が目的だったと……。」

「降伏させるためとは言え、大胆な事をするものね……。あの人達の戦意は物凄かったから、並大抵では折れなさそうではあるけど」


 こういった荒業は隔離された世界ならではの手段である。現世で普通にやってしまったら星そのものに深刻なダメージを与えかねない。

 震動は世界の広範囲を揺らし、爆風は近隣諸国をいくつも巻き込むほどに拡散する。下手したら環境すら変わってしまう。

 ルーが契約しているヴェルンカストはそれほどの力を有している。だからこそ、力の使い方を間違えなると取り返しがつかない。


「さ、そろそろくだらない争いは区切りにしようか」

「ヴェルちゃん、仕上げお願い!」



 ・・・・・



『愚か者達よ。争いを止め、我らの邪魔をせぬ事を約束せよ。でなければ、貴様らの同胞を女子供の一人に至るまで徹底的に排除し、絶滅させる』


 慟哭している者達の声が止まる。ヴェルンカストの声は、泣き叫ぶ者達の耳にも容易く入り込む。

 声を出すのを止めて静かに聞かなければならないという恐怖心が、彼らの荒れる心中すら塗りつぶしていく。

 皆の心は完全に疲弊しきっており、要求に対しても無言で頷く……と言うより、項垂れた。


『……よろしい。賢き選択をした者達の意思を尊重しよう』


 そう告げると、赤き月が照らす『闇の領域』そのもののヒビが入り始めた――

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