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371:獣人陣営、蹂躙

 最前線から本陣へ引き返した獣人の兵は、起こった出来事を上に報告していた。

 西のザーパトが外部から傭兵を雇った事。その傭兵達が非常に強く、最前線を仕切っていた隊長も倒されてしまった事。

 それに加え、竜人までもが首を突っ込んできて、その場で元々戦っていたダークエルフ共々本陣へ引き返した事。


「……で、お前らは逃げてきたって訳か」


 報告を寄こしてきた兵に対してそう冷たく言い放つのは、獣人の軍を仕切る総隊長だった。

 筋肉質で大柄な人間――に見えるが、頭部には獣の耳が生えている。頭髪と髭が一体化したような髪はまさにライオンのたてがみを思わせる。

 それもそのはず、総隊長は『ライオンの獣人』であり、前線で部隊を率いていたライオン型獣人の父親でもあった。


 しかし、前線の隊長は『二足歩行のライオン』と言った感じで、獣としての要素が強い容姿をしていた。

 一方で総隊長は『獣耳が生えた人間』と言った感じで、人間としての要素が強い容姿をしている。

 差異はあるが、どちらも同じ獣人として扱われ、少なくとも獣人のコミュニティ内において差別される事はない。


 これは獣人の成長に伴って起きる変化の一つで、元々獣人は獣としての要素が強い状態で産まれてくる。

 しかし、成長の仕方で人としての要素が強く表出してくる場合があり、そうなった場合には容姿が徐々に人へと近付いていく。

 とは言え、完全に獣である事を捨てている訳では無く、いつでも自由に獣としての要素が強い姿に変化する事が出来る。


「如何なる謗りもお受けします。私はそうしてまでも、隊長の『次』を繋ぎたかった……」


 獣人の世界において『敵に背を向けて逃げる』という事は最大限の恥とされ「逃げるくらいなら戦って死ね」と言われる程、挑む事に重きを置いている。

 総隊長から冷たく言い放たれた兵は、それでも毅然とした態度を崩さない。例え最大限の恥をかいてでも、隊長を生かすための道を選んだ。


「そうか。貴様は幼き頃より息子と共に育った親友にして一番の腹心であったな。この我を前にしても、息子のために命を賭けるか」

「えぇ、勿論です。隊長は『次』を宣言しました。ならばそれは負けではなく仕切り直しただけの事です。故に逃げたのではなく、次へ進んだのです」

「ふん。獣人のくせに良く口が回る奴だ。だが、そう宣言した以上は次こそ必ず勝利を手に――」




「た、大変です!」


 二人が話している所へ、突如別の兵士がテントの中へと駆け込んできた。


「緊急事態故に無礼を御許しを! たった今、外の景色が何やらおかしな事になってしまいました!」


 ビシッと敬礼しつつ言葉を続けるが、それを聞いた二人は揃って首を傾げてしまった。その表情には「?」が浮かんでいる。


「……どういう事だ?」

「よ、良く分かりませんが、実際に見てみた方が早そうですね」


 総隊長と腹心の兵が外へ出ると、兵士の話していた事が事実であった事を痛感する。確かに景色がおかしな事になっている。

 まだ明るかったハズの空は闇に包まれており、頭上に淡く光る赤い月が不気味な色の光を放ち大地を照らしている。

 いくつものテントが立ち並ぶ本陣を取り囲むように不気味な様相の町並みが広がっており、同時に怖気を感じさせる不気味な気配が立ち込める。


「な、なんなんだ……これは……」


 ダークエルフ陣営には闇の精霊が存在したため、周りの景色が自分の故郷である『闇の領域』のそれだと気付く事が出来た。

 しかし、獣人の陣営には精霊と契約している者は存在しない。それどころか、魔術や法術と言ったタイプの力の使い手自体が極端に少ない。

 それは獣人という種族の大半が闘気に特化して産まれてくるが故の事だ。それもあって、獣人には闘気による近接戦闘が好まれている。


 とは言え、さすがに回復や補助の担い手、搦手や遠距離を担う者がゼロでは厳しいため、稀に産まれた魔力や法力に特化した存在は大切に育てられる。

 また、闘気による身体能力強化を応用した自己治癒能力の強化を試みたり、可能な限り闘気でどうにかするための術も考案されている。


「おそらくは何らかの術であろうが、こういった事象に詳しい者はおらんのか!?」


 総隊長は魔術的な知識に長けた者に話を聞こうと兵を送り出すが、少なくない人数が控える本陣にすら魔術の使い手はわずか数人しか居ない。


「うぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」

「なんだ!?」


 残念ながら、その答えが返ってくる前に事態は動き出してしまう。

 各所から湧き水の如く闇が染み出し、そこから次々と異形の怪物達が姿を現した。

 怪物達は近くに居た獣人に目を付けると、一斉に襲い掛かり始める。


「な、なんだこの化け物達は! うわ、つ……強い!」


 本陣を巡回していたであろう獣人が、手に持っていた槍で怪物を一突きするが、それをものともせずに手を伸ばしてきて頭をガッシリと捕まれる。

 まるで闇色のスライムの如き怪物は瞬く間に大きな口を生成し、そのまま捕らえた獣人の頭部を一口で喰らってしまった。

 倒れた獣人の身体にのしかかると、全身を使って獣人の身体を取り込み、徐々に溶かしていく事で丸々自身のエネルギーへと変えてしまう。


 無数の顔で構成されたボールのような怪物が、口から様々なブレスを吐き散らして群がった獣人達に苦しみを与えていく。

 毒霧であったり溶解液であったり、時には高出力のエネルギーなど、攻撃の手段があまりにも多種多様過ぎて獣人達は対処が出来ない。

 そうしてもがき苦しむ獣人達を、地面に開いた闇の穴がズブズブと呑み込んでいき、時に飛来した怪物が身体に喰らいついてくる。


「我は、一体何を見せられているのだ……?」


 周りに居る獣人達がおぞましい化け物達に襲われ、まるで子供がおもちゃを乱暴に扱うかの如く蹂躙されていく。

 戦いを至上の喜びとする獣人達であるが、一方的な殺戮の対象となり、餌として喰われていく事に関しては恐怖を感じていた。

 おまけに、彼らが得意としている攻撃が全く通じない敵も多い。ダメージが全く通らず、動きを止める事も出来ない。


『ゲッゲッゲ! オ前ハ呑気ニシテイテ良イノカ?』


 総隊長の真上から、大柄な怪物が降ってくる。一応形状は人の形をしているが、その姿はどんな生物にも該当しないであろう異形だった。

 身体のあちこちから棘状の物体が飛び出していたり、巨大な目玉や臓物のような物体がいくつも表出しており、まるで死骸をまとめて固めたかのような悍ましさ。

 獣人の中でも大柄であり二メートルを超えるような総隊長が、さらに見上げねばならない――五メートルはあろうかという巨体。


「貴様らは一体何者だ!? なぜ突然現れた!?」


 その威容に心が負ける前に、わざとらしく声を張り上げて疑問をぶつける。


『我ラハ闇ノ精霊……。敬愛スル主のため、主ノ障害トナル物ヲ取リ除クノガ与エラレシ役目』

「闇の精霊だと? 何とも悪趣味なものだ。貴様らのような悍ましき者達を従える主は、さぞ悍ましき者なん――」


 獣人の総隊長は、最後まで言い切る前にその上半身を吹っ飛ばされていた。

 闇の精霊の肥大化した腕で勢い良く叩かれ、腰から上は原形を留めない程に破壊されてしまう。


『……主ヲ侮辱スル者ハ許サヌ! 我ラが悍マシイ事ハ我ラ自身ガ一番知ッテイル。ダガ、ソンナ我ラヲ主ハ「愛シイ」ト抱キシメテクレタ!』


 彼らの主であるルー・エスプリアムールは精霊が大好きであり、全ての精霊を愛している。

 その愛に差別はなく、見た目が悍ましくて敬遠されがちな闇の精霊達であろうと、全く変わらない愛を注ぐ。

 愛を知らなかった闇の精霊達が、愛を知ってルーに強く入れ込むようになるのも仕方がなかった。




『こっちの様子も見に来たけど、どうやら獣人達は一番触れてはいけない所に触れてしまったみたいね』


 各陣営の状況を偵察していたメアが、一方的に殺されていく獣人達を眺めながら、いきり立つ同胞達の心情を察する。

 彼らにとって主の愛は全ての原動力と言っても良い。そんな主を否定されるという事は、自身を侮辱される以上に許しがたき事。

 獣人の総隊長を殺した精霊が雄叫びをあげるのに同調して、他の闇の精霊達も勢いを強めて獣人達を処理しにかかった。


『これでも、ここには『上級精霊』は一体も居ないんだけどね……。戦闘好きなのに戦闘に秀でていないなんて、可哀想だわ』


 獣人達が聞いたら激昂間違いなしの侮辱をつぶやきながら、メアはまた別の場所の様子を見に行くのだった。

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