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369:今こそ開演の時

 一行は、撤退していった各種族の者達を追いかけるような事はしなかった。

 と言うのも、本隊を引き連れて戻ってきてくれた方が、辺り一帯の戦力を一網打尽に出来ると判断したからである。

 ダークエルフと戦っていた竜一とハルとレミア、獣人と戦っていたエレナ、竜人を斬り捨てたリチェルカーレも馬車に戻ってきた。


「……遠方から魔術を撃とうとしていたダークエルフ達は処理しました。どうやら前線はすでに決着しているようですね」


 今まで姿を消していたセリンが姿を現す。彼女は密かに先行し、ダークエルフの魔導師達を駆除するために動いていた。

 ダークエルフは本来、前衛が最前線で戦いつつ後衛が魔術で仲間に支援をしたり敵に砲撃を浴びせて援護するというのが戦闘スタイルの完成形。

 つまり、セリンはごっそりダークエルフの戦力を削いでいた事になる。特にハルはこのアシストが無ければ勝敗が変わっていた事だろう。


「さて、しばらくしたら各種族の軍勢がやってくるわけだけど、どうする?」


 竜一は考える。目の見える範囲に手当たり次第に地雷を敷き詰め、その上でガトリングを掃射してやろうかと。

 レミアは考える。シルヴァリアスの力を開放して、付近一帯をまとめて薙ぎ払ってしまおうかと。

 エレナは考える。アンティナートの力を開放して、付近一帯をまとめて薙ぎ払ってしまおうかと。


「あ、あの! 今回は私に任せて頂けないでしょうか!」


 一部の好戦的な者達が物騒な事を考える最中、思い切って声を挙げたのは精霊術師のルーだった。

 現時点では後衛として控えていて戦闘には参加していなかった彼女だが、他の人達に任せっきりにするのも気が引けた。

 スヴェリエ王都アルマーグで裏界の『闇の領域』を訪れ、手に入れた新たな力を使う機会がついに訪れたのだ。


『ククク。大軍が相手とは、まさに絶好の機会ではないか……。さぁ、主よ。今こそ開演の時だ!』

「う、うん。やってみる」


 ルーは右手を高く掲げ、内を流れる魔力を少しずつ表出させながら言葉を紡ぐ。


「我は闇。闇は我。全ての闇に連なる子供達よ、母なる我の下へ集え。闇は今、この世に顕現せり。この世は今、闇そのものとならん――」


 言葉と共に放たれる魔力の波は強くなり、暴風の如き勢いが近くに居る仲間達を襲う。

 しかし、少し前にそういう事態を察していたリチェルカーレが障壁を展開したため、味方側に被害は生じていない。

 術者のルーはその身を闇に包まれ、同時にその闇は周りへと拡散して行き、視界を漆黒に染めていく。


「おいおい、一体何が起ころうってんだ……。」

「とてつもない力が開放されています。精霊を爆散させる程の力ですから、頷ける力量ではありますが……」

「何せ、あの闇の精霊ヴェルンカストさんに力を供給し続けても全く尽きない程の力ですからね」


 ルーは『超過剰供給体質』と呼ばれ、精霊に送る魔力量を調整する事が出来ず、常に最大供給してしまう問題を抱えていた。

 しかし、問題の本質はそこではない。問題なのは彼女が抱える魔力量だ。魔力量があまりにも凄まじいため、精霊はその供給に耐えられずに爆散してしまうのだ。

 タチの悪い事に、それは契約している精霊のみに限らない。他人の契約精霊や野良の精霊であっても、触れるだけで莫大な魔力を流し込んでしまう。


 これでもし魔力が人並みであったなら、精霊は死ぬ程の力を受ける事もなく、または術者自身もすぐに魔力が尽きて倒れてしまうだけで済んだだろう。

 ルーの場合は余りにも宿す魔力が多すぎた。雷の精霊ワイティは『努力』によるものと評していたが、明らかに努力だけでは説明できない異次元の領域にある。

 そんな異次元の領域にある魔力量の精霊術師が本気を出す。精霊に関わる事態において、いま前代未聞の出来事が起ころうとしている……。


(そもそも、その力は一体何なんだ? ルーはルーで、何かしら『ある』んじゃないのか……)


 竜一がその事に対してふとした疑問を抱くのも当然の事だった。

 他一同も何気なく受け入れてはいたが、よくよく考えるとルーの魔力量は明らかに普通ではありえない領域。

 その辺は掘り下げるべき領域なのか、そっとしておいた方がいいのか、竜一は考える。


『おー、これはなかなかに凄い事をやってるねー』

「タルタ!? いきなりどうした? 随分と久しぶりだがミネルヴァ様が仰っていた『仕事』とやらはいいのか?」

『んー、こればっかりはちょっと『それ』を横に置いといてでも見ておかなければならない状況だからねー』


 唐突に姿を現したのは、竜一が契約している精霊の一人である闇の精霊タルタだ。

 ミネルヴァ曰く『仕事』を任されており、なかなか表に出てこれない状況であったらしいが……。


『今のルーちゃんは『闇の領域そのものと契約した』と言っても過言では無い状態だよ。もはやヴェルンカスト以下、全ての闇の精霊が彼女の友と言える』

「闇の領域そのもの……?」

『見てて。間もなくその意味が解ると思う』


 漆黒に染まった空間の中に、ふと不気味に赤く光る『月』が浮かび上がる。

 そして、その月の光に照らされるようにして闇の中に不気味な様相の街が出来上がっていく。


「なんだ? ハロウィンでも始まるのか……?」

「あ、私知ってる。これ『ナ○トメアー・ビフォア・クリスマス』ってやつよ」


 異邦人組はこの光景から即イメージ出来るものを頭に浮かべたが、異世界組も何故このような景色が目の前に顕現しているかが分からない者が大半だった。

 何せ人間達の中で直に『闇の領域』を見た者は少なく、さらに『闇の精霊達が暮らす街』を見た者となるともっと少ない。

 竜一とハルもタルタに連れられて闇の領域を訪れた事はあったが、彼が訪れたのはあくまでもヴェルンカストが幽閉されていた最深部のみ。


『ルーちゃんはこの世界に『闇の領域』そのものを呼び出せる。今、この付近は闇の領域に塗り替えられてるの』

「……となると、これはまさか『闇の領域』にある、闇の精霊達が暮らす街なのか?」

『うん。通常の人間の感覚だと「不気味」とか「気持ち悪い」って印象を抱くかもしれないね』


 闇の精霊達が暮らす街の顕現。そうなれば当然ながらその住人達もこの世界へ呼び出される事になる。

 まるで悪魔を模したかのような姿の精霊。肌の色こそ異なるものの妖艶な女性の姿をした精霊、それらは良くも悪くも『人型』だ。

 一方で球体に無数の人の顔が付いたような不気味な怪物、腐り果てた生物を混ぜ合わせたかのようなおぞましい存在も居る。


「さ、さすがは『魔』や『邪』に近い性質を持つだけあって、個性的な面々だな……」

「うぅっ……」


 竜一はかなり言葉を選んだ。本音で言えばホラーゲームなどに出てきそうな、見るに堪えないグロいビジュアルの者も居る。

 実は精霊じゃなくて魔物なのでは――とも思いそうになったが、肌に感じさせる気配は間違いなく精霊のもの。

 隣のハルが何か言葉を発しそうになってとっさに口を塞いだのは、ストレートな物言いをしそうになったのと同時に吐き気を催したため。


「これは面白いね。領域そのものを呼び出すレベルの精霊契約を果たす者は初めて見たよ」

「意外だな。ローゼステリアさんの弟子になら、それくらいのレベルの使い手が居るんじゃないのか?」

「母様の弟子は自分を含めて『個の強さ』が尋常じゃないから精霊とは相性が悪いんだよ」


 精霊契約とは、基本的に『人間という弱者が精霊という強者の力を借りる』というものだ。

 精霊達は無自覚にそういう敬われる構図を好んでおり、己よりも強い者が自分を従えようとしてくるような行為を嫌う。

 そのため、強き者が精霊契約をしようとしても「あんた別に精霊の力なんか要らないじゃん」となってしまう。


「アタシの場合は『怪物』を従えてるし、過去に精霊とも闘り合った事があるから、尚更だね」

「あぁ、アレはどう見ても精霊じゃなかったしな……」

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