368:傭兵VS三種族
「行くぜオラアァァァァァァッ!」
ライオン型獣人が斧を振り上げながら、死者の王謹製の馬車に向かって突撃してくる。
前衛達はダークエルフを相手取っているため、馬車の付近に残されているのは後衛達ばかりなのだが……。
「悪く思うなよ! 俺は例え女子供だろうが、戦地に立つ以上は戦士として全力をぶつける!」
彼が突撃した先に立っていたのは、神官のエレナだった。言葉通り、相手が女性の神官であろうが一切手加減するつもりはなかった。
獣人は戦いが日常茶飯事であり、意見の衝突ですらも最終的には戦いで決着を付ける程。そして、その戦いにおいては全力を尽くす事こそが至上の礼儀。
常に戦う相手に敬意を表して力を出し尽くす。そんな彼らにとって、相手に手加減をする事は無礼極まりない行為である。
「まずは一人! さらばだあぁぁぁぁぁ――なにっ!?」
真っ二つにするつもりで一切の手加減なく振り下ろしたはずの斧が、途中で止められた。
「別れの挨拶は少々ばかり早いのではありませんか?」
ウインクしつつそうつぶやいたのは神官のエレナだ。あろう事か、斧は彼女が片手で止めていた。
武器を当てたり、柄の部分を抑えたりするとかではなく、刃の部分を握るようにして……。
「馬鹿な! 神官が、この俺の全力を……」
獣人が柄を握る手に力を込めるが、ビクともしない。上がりもしなければ、下がりもしない。
聡い者ならばこの時点で斧を手放して他の戦法へ切り替える所だが、獣人ならではのプライドが引く事を許さなかった。
そのため、さらに力を込めたエレナによって斧の刃を握り砕かれてしまう羽目になり、挙句の果てには――
「ふ……っ!」
「がっ!?」
エレナは空いた左手に力を集中し、そのまま獣人の腹へと叩き込む。
獣人の腹部は頑強な鎧で覆われていたが、その鎧を砕きつつ拳が深く突き刺さった。
鎧の下の肉体は鋼の如き筋肉であったのだが、それは全く意味を成さなかった。
たった一撃でその場に崩れ落ちてしまう獣人。その様子に、周りで見ていた他の獣人達も驚きを隠せない。
倒された獣人はこの場のまとめ役であったのか「隊長!」と心配する声が挙がる。
「ど、どうなってやがる……? 法力は身体能力向上とは相性が悪いハズだ……」
例えば闘気を用いて身体能力を向上させる場合、一の闘気で一の力を上げる事が出来るとする。
それに対し魔力は十から百ほどの魔力でようやく一の力を、法力に至っては千から万の法力でようやく一の力を上げられる。
そうやって表現されるくらい、法力と身体能力向上とは相性が悪く、法力での身体能力向上は無謀とされる。
「相性が悪くとも身体能力は向上させられます。ならば百万だろうと一億だろうと法力を使えば良いだけの話です」
「へっ、何とも馬鹿げた話だ……。いいぜ、今回はアンタの勝ちだ。次は――」
そこで意識を失い、獣人は地面に倒れ込んでしまった。すかさず周りの仲間達が助けに入った。
「つ、次は俺達が相手だ!」
「この傭兵達は想像以上に強敵だ! 本陣に連絡をしろ!」
ライオン型獣人を抱えた獣人の一人が仲間にそう告げ、伝令役を任されたらしき者が南の方へと全力で走っていった。
そして、それを遮るように多種多様な姿の獣人達が壁役となるべくエレナの前に立ち塞がる……。
・・・・・
「さて、我の相手は誰がしてくれるのだ……?」
竜人は腰に携えた剣――否、刀を鞘から抜き放ち、その刀身を指で撫でながらつぶやく。
ただでさえ竜の力を持ち、亜人の中では一二を争う頑強さと力の強さを持ちながら、さらに武器までも使いこなす。
一騎当千と呼ぶに相応しい種族だが、その数の少なさから世界の支配者となるには至っていなかった。
「刀使いか……だったら、アタシがやろうじゃないか」
リチェルカーレが空間から刀を取り出し、鞘からその身を抜き放つ。
「ほほぅ。貴様、見た目によらず剣士であったか。だが、貴様の如き細腕で我が竜の身体を傷付けられるとでも――」
その瞬間、竜人の右手が持った刀ごと地面へと落下する。少し遅れて切断された手首から血が噴き出す。
「ぐわあぁぁぁぁぁ! な、何が……」
「何が『竜の身体』だ。そんなもの、アタシにとっては紙と変わらないんだよ」
「う、うぐ……。どうやら凄まじい業物を持っているよう――!?」
竜人が言葉を返すと同時、左手も落ちる。
「何を勘違いしてるんだ。武器なんてのは極論、この果物ナイフでも構わないんだよ」
いつの間にか手に持たれていた果物ナイフには、竜人の血が滴っていた。
リチェルカーレはそれを軽くブンッと振り回して血糊を振り払う。
「ぐぐ、ぐぐぐぐ……。おのれ、おのれ人間共があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
竜人の身体が光り輝くと共に肥大化し、瞬く間に大きな『竜』へと変貌を遂げた。
『我ら竜人は竜の力を宿した人間の上位存在! 真なる竜の身体には傷一つ付ける事適わぬと知――』
しかし、竜が顕現したと同時――縦に一筋の線が走り、左右へと裂けて血肉を撒き散らした。
「馬鹿なのかキミは。さっき「アタシにとっては紙と変わらない」と言ったばかりだろう」
刀に付着した血を布巾で拭い取りながら、呆れたようにつぶやく。
そして、視線を奥の方で様子見していた別の竜人達に向ける。
「……助けを呼びに行く猶予くらいは与えてあげるけど?」
殺気と共に睨みを利かせると、竜人達は脱兎の如く逃げ去っていった。
・・・・・
「……見事だ。君達は間違いなく人間達の中では上澄みの使い手だろう」
「お褒め頂きどうも。あの人達と居ると、あまりその実感なんてないけどね……」
ハルとキオンのタッグで挑んでいたダークエルフの剣士は、倒されながらも相手に称賛を送った。
しかし、周りの仲間に比べて劣っている事を実感しているハルにとっては、素直には喜べない言葉だった。
何せ自分達が倒した相手は、ダークエルフの軍勢の『一兵士』に過ぎないのだから。
レミアは破竹の勢いで、ハルの目の前に倒れているダークエルフと同等かそれ以上の者達を次々と薙ぎ倒していっている。
同じ地球出身の異邦人である竜一も、特殊能力を駆使して既に何人ものダークエルフを打ち倒していっている。
一方の彼女は、キオンと協力してようやく一人だ。もしパートナーのキオンが居なかったら、負けていたとしてもおかしくなかった。
「より強くなりたいと願うならばこそ、己を卑下するな。そういう気持ちが成長を鈍らせる事になるぞ」
ハルにとっては耳が痛い言葉だった。時に自信は強さとなる。闘気や魔力と言った不可視の力は、気持ちに左右される側面がある。
「君達はこの私を倒したのだ。それは誇ってもらわないと、倒された方としては逝くに逝けん……」
ダークエルフも獣人や竜人、ドワーフと言った他種族とは異なる形ではあるが、己の掲げる信念を貫き通す誇り高き種族だ。
互いに全力を尽くした上で決着を付け、勝った方も負けた方も互いに敬意を忘れない。ダークエルフは最後にそんな終わり方を望んでいた。
「……そうね。貴方は間違いなく強敵だった。私とキオンは、そんなあなたに勝った。この戦いを、私の今後の糧にするわ」
その言葉を聞き、ハルに倒されたダークエルフは満足気にその生を終えた。
口では前向きな事を言ったが、その内心は一人の命を奪った事に関しての葛藤が渦巻いている。
「隊長! くそっ、まさか先遣隊の隊長が倒されるなど……」
「我らですら敵わぬ隊長を……。あの人間と精霊のコンビは侮れんようだな」
直後、向こうから走ってきたダークエルフ達がそんな事を口にする。
ハルは知らなかったが、実は彼女が相手していたダークエルフはこの部隊の中では最強の存在だった。
故に『自身が倒したのは一兵士に過ぎない』という、彼女の卑下は間違っていた事になる。
「くそっ、後方からの魔術支援も途絶えているし、仕切り直すか?」
「そうだな。本陣に連絡しよう。どうやら、獣人や竜人達も同じ事を考えて撤退したようだ」
次なる戦いを覚悟したハルを尻目に、ダークエルフ達は状況の不利を悟ってか撤退していった。
余計な戦いを避けられた事に、ハルは内心でホッとしていた……。




