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034:皇帝の決断

「ぐぉっ!? ……いでででででで」


 アロガントは突如中空に放り出されて落下したため、受け身を取る間もなく床で腰を打ち付けた。


「何奴!」


 叫び声に目を向けると、そこにはアロガントにとってよく知る者達の姿が……。

 大柄な体格からは想像もつかない凄まじいスピードで姿勢を正し、その者達へと向き直る。


「もっ、申し訳ございません!」

「ん? ……お前、もしかしてアロガントか?」


 声をかけてきたのは、アロガントにとっては直属の上司に当たる人物だった。この場に居る者達の中では一番よく顔を合わせている。


「はい! 第四騎士団団長アロガントでございます! ランガート様、みっともない姿を見せて申し訳ございません!」

「おいおい、俺よりも先に謝罪するべきお方が居るだろう……皇帝陛下の御前だぞ」

「もっ、申し訳ございませんっ! 皇帝陛下の御前でこのような……」


 そう。アロガントはまさに死者の王が言っていた通り、皇帝の許へと送り飛ばされたのだ。

 皇帝の横には騎士団と魔導師団の団長がそれぞれ控えていた。ランガートとベルナルドの二人である。


「よい。それよりもいきなり出現したようだが、一体何があったのだ?」


 アロガントは、エンデの町にアンデッドの最上位モンスターであるリッチが攻め込んできた事を説明する。

 加えて、コンクレンツ帝国に対して宣戦布告をし、全軍をあげて挑んできても構わないと言っていた事も伝える。


「リッチだと? 確か冒険者ギルドにおいては危険度ランクA以上に定められている大物だったか」

「魔導を探究し続けた術者の成れの果てで、死後も研究を続けるため居城に引き篭もっている存在だと聞くが」

「……そのようなモンスターが、我が国に宣戦布告だと?」


 ランガートとベルナルドは、それぞれが知る情報を口に出して確認してみる。皇帝は喧嘩を売られる理由がさっぱり分からなかった。

 それらのつぶやきを遮るようにして、アロガントは自身の見聞きした情報をまくしたてるかのように話す。


「私が遭遇したリッチは酷く異様でした! 光が効かないどころか、光の術を駆使します! それに、卓越した剣の使い手で、情けない事に私は手も足も出ませんでした……」


 必死のあまり、アロガントは思わずその場に立ち上がってしまう。強い恐怖の交じったその訴えに、壇上の三人も目を点にする。


「本来、アンデッドは光を天敵とする存在。にもかかわらず、そのリッチは光を使う……か。それは確かに異質だな」

「卓越した剣の使い手と言うのも気になるな。少なくともアロガントは俺が認めるくらいには実力者だぞ」

「お褒め頂き光栄です。しかし、あのリッチは正直伝え聞く話より遥かに強いように思えます」

「リッチというのはあくまでも種の名前であって、個体を指すものではない。一般で語られる者とは違う特性を持つ者も居たという事か」

「アロガント、他に何か気になった事があれば報告してくれ」


 頷いたアロガントは、遭遇時の最初からを思い返すようにして特徴的だった部分を拾い上げていく。

 まずは出現時に粉末の状態から形を成して出現した事や、アロガントが空間転移で飛ばされてきた事、二体の眷属を連れている事。


「粉末状態で出現したのは、例え塵と化そうが元に戻れるというパフォーマンスだろうな。その上で光が効かぬとなると、もはや封印するしかないか」

「何より恐ろしいのは空間転移の使い手と言う事だ。この時点で、我らは既に死神の鎌を喉元に突き付けられていると言って良いだろう」

「それは一体どういう事だ、ベルナルド。まだ宣戦布告をされただけの段階であろう」

「アロガントがここへ飛ばされてきた時点で、既にこの皇城は敵の転移範囲内に入っている事を意味します。つまり、その気になれば今すぐでもここへ来る事も可能――」




「……へぇ、察しがいいじゃないか」


 ベルナルドが推論を述べると同時、彼らの目前に空間の穴が開き、そこから一人の少年が姿を現した。


「き、貴様はリッチの眷族!?」


 すぐ近くにいたアロガントの反応を耳にした途端、ランガートは剣を、ベルナルドは杖を構える。

 もちろん、アロガントも臨戦体勢に入る。しかし、眷属の少年は何処吹く風だ。


「もしそんな事にすら気付かないような愚か者達だったら、不意打ちをかましても良いと言われていたが……気付いたのならばそれは無しだな」

「リッチの眷族とやら! 転移だろうが何だろうが、俺が居る限り陛下に手出しはさせん!」


 少年が言葉を言い終わるのとほぼ同時に、ランガートの剣が横薙ぎに振るわれる。

 総騎士団長の容赦のない一閃は容易く少年の身体を両断するが――


「ランガート様、まだです!」


 横から挟まれたアロガントの警告に嫌な予感を感じ、今しがた切り捨てた少年の方へ向き直ると、既にこちらに向けて『何か』が放たれた後だった。

 とっさに剣を眼前に構えて弾くが、凄まじい衝撃と金属を鳴らす激しい音に、防いで居なかったら確実に殺されていた程の一撃だった事を痛感させられる。


「ちぃっ、どうなってやがる……。確実に切り飛ばしたハズだろうが」

「その眷族は異常な再生力を持っています。エンデで遭遇した際、部下が真っ二つにしましたが瞬時に復活しました」

「注意すべき点があるなら事前に言え!」


 理不尽に攻められるアロガント。彼としては順を追って眷族の事も言おうとしていたのだが、その前に向こうからやってきてしまって言う間も無かっただけの話だ。


「そう部下を責めてやるなランガート。お前が良く分からぬ相手に対して不用心に突っ込むのがいかんのだ」


 ベルナルドのフォローに内心で感謝しつつ、自分がどうして騎士であり、魔導師では無かったのかと思ってしまうアロガント。

 もし自分が魔導師であったのならば、この気配りできる良い上司の下で働けたのに――と。

 上司の態度に問題があると部下の心も離れて行ってしまうのだという事を、ランガートは全く理解していなかった。


「次は私がやろう! むぅぅぅぅん!」


 ベルナルドが前方に杖を掲げると、炎が渦を巻いて少年へと迫り、そのまま全身を包み込んで燃え上がらせる。

 悲鳴を上げて悶え苦しむ様子にも一切手を緩める事なく、完膚なきまでに燃やし尽くそうと、さらに炎を投じていく。


「容赦ねぇな、ベルナルド……」

「奴はリッチの眷族なのだろう? それに今見た不死性、多少痛めつけた程度では意味が無い。灰になるまで焼き尽くしてやるわ」

「おいおい、騎士のおっさんといい魔導師のおっさんといい、いきなり仕掛けてくるとは血気盛んな事だな」

「「!?」」


 いつの間にか、件の少年がベルナルドの横で腕組みをしながら、一緒になって燃え盛る炎を眺めていた。


「おぉ、よく燃えてるな~。別に俺は皇帝を始末するために送り込まれてきたわけじゃないんだがな……」

「いつの間に!? 斬っても燃やしてもダメならば、動きを拘束してやる!」


 紐状に練り上げた魔力で少年の身体を縛り上げるベルナルド。なすすべもなく縛られる少年だが、その表情は涼しい。


「へぇ、俗に言う無属性魔術ってやつか。こうして対象を縛る事が出来るなんて、やるじゃないか」

「お褒め頂き光栄な事だ。これでも私はコンクレンツ帝国の魔導師団長なのでな……。並の使い手ではないつもりだ」

「さっき空間転移の範囲に気付いた事といい、こんな優秀な部下が居て皇帝陛下は幸せ者だな。せっかくだからもっと給金上げてやったらどうだ?」


 少年がおどけて見せるが、皇帝は押し黙ったまま動かない。どうやら恐れの気持ちが勝ってしまっているようだ。

 そんな皇帝を庇うような位置に、騎士団長と魔導師団長の二人は移動する。


「給金の話は魅力的ではあるが、そんな呑気にしていていいのかね?」

「そうだ! 今から首を切り落としてやるから、俺に命乞いでもするがいい」

「貴様は馬鹿か。そんな事をした所で、奴はまた復活するだけだ。さっきので懲りていないのか……」

「ぬぅ、ならばどうするというのだ!?」


 再び剣を構えたランガートを止めるベルナルド。もはや物理攻撃は効かぬと察しているが故の制止だった。

 ここでもし首を切り落としてしまえば、拘束すら解いて復活してしまうかもしれないのだ。


「アンデッドの眷族ならば、こやつもまたアンデッドであろう。法力ほど強い浄化の光は不可能だが、魔術にも光属性がある!」

「うおっまぶしっ」


 右手で杖を掲げて拘束を維持しつつ、左手を前方に突き出して激しい光の奔流を少年に向けて浴びせる。

 拘束されたままの少年はそのまま光の中へと飲み込まれ、跡形もなく消し飛んでしまう……。


「懲りていないのは魔導師のおっさんもだったな。無駄な事はせずに大人しく話を聞いてくれないか?」


 その直後、何事も無かったかのように再び姿を現す少年。

 さすがに二度三度と復活されては、ランガートもベルナルドも黙るしかない。

 皇帝も「もういい」と、手で制止の合図を送った。


「お、おかしい……」


 しかし、そこである事に気が付いたアロガント。


「貴様、エンデではほとんど言葉を発さなかったのに、何故今はそんな活発に喋っている!?」


 リッチの眷族として召喚されてからと言うもの、常に虚ろな表情で動き、言葉を発した時も言わされているかのような片言だった。

 だが、今の少年は普通に感情をあらわにし、饒舌に話している。あまりの様子の違いに、アロガントは異変を感じ取った。


「あの時は王が主役だったからな。俺達は脇役に徹していたんだ。今回は俺一人で来てるし、俺が喋らなかったら話にならないだろう?」


 エンデでの少年の様子を知っているのがアロガントだけなためか、他の者達にはこの会話のやり取りの意味が伝わっていない。

 アロガントは何処かスッキリしない部分があるものの、目上の者達との会話をこれ以上妨げる訳にも行かないと口を噤む事にした。


「……それで、眷属の貴様が、我らに何を伝えに来たというのだ?」

「単純に言うと、俺達はエンデから馬車に乗って首都シャイテルを目指し、そのままここを目指すつもりでいる」

「主であるリッチは一直線に攻めてくるという訳か。何故、それを我らに話す?」

「今の俺みたいに直接転移してきてトップを討つのはズルいだろう? 帝国としても納得がいかないだろうと思ってな」


 仮にここで皇帝だけを討ったとしても、国内には他の王族や権力者、多数の兵力が残っている。

 すぐさま体勢を立て直し、新たなリーダーの下で再び同じように動く事が出来るだろう。


「正面から完膚なきまでに叩き潰して、二度と他国を侵略するなどと考えられないようにしてやる――と、俺の上司からの伝言だ」

「ぬぅ……一国を相手にして、言ってくれるではないか」

「とりあえず、決行は翌朝だ。それまでにしっかり準備はしておくんだな。これで伝えるべき事は伝えたから俺は戻るぜ」


 少年は「じゃあな」と片腕をサッと上げて挨拶をすると同時、足元に開いた空間に吸い込まれるようにして姿を消した。




「……陛下、どうなさいますか?」

「直々に眷属が来た以上、アロガントが言った事は事実であったという事だ。応戦するしかあるまい」

「アロガント、他にまだ言っていない事はあるか? 今はお前の情報が全てだ。お前の情報が国の命運を分けると言っても過言ではない」

「そう脅しをかけてやるな。それでは話せる事も話せなくなってしまうだろう……」


 アロガントの中では、毎度毎度自分をかばってくれるベルナルドへの尊敬度合いが増していた。

 彼は直属の上司であるランガートではなく、ベルナルドに報告するつもりで、まだ話していなかった情報を語る事にした。


「先程、眷属は二人だと言っていたが、もう一人はどんな存在なのだ?」

「黒いゴシックドレスを身に纏った少女です。凄まじい魔術の使い手で、ただの一撃で闘技場諸共に町の一角を消し飛ばしました……」

「一撃で町を……眷族ですらそれか。魔導師団の隊長達を集めて向かわせた方が良さそうだな」


 話の内容から必要な戦力を考え始めるベルナルドだが、ここでアロガントは最も肝心な情報を伝え忘れていた。

 それは、町の破壊が一体どれほどの力で行われたかと言う事である。軽く行ったのと全力で行ったのとでは、推測される力量に大きく差が生じてしまう。

 ベルナルドは当然の事、町の破壊などという大それた事をやってのけたのだから相当全力で魔術を使ったに違いない――と推測する。


「他にも気になる事を言っていました。リッチはあくまでも『主の指示で動いている』との事です」

「なんだと、リッチが首謀者ではないというのか? ならば、一体誰が差し向けた刺客だと……」

「リッチ程の最上位モンスターをも従えられる存在となりますと、それこそ上級魔族くらいしか思い当たりませぬな」

「上級魔族……。それこそ、何国もの軍が結束して挑まねば戦いにすらならないという、人類最悪の敵性存在か」

「気まぐれに人間の国でも欲したか? 奴らの思考は、我ら人類とは根本的に異なるから真意を推測するのは非常に難しいが」


 コンクレンツ帝国は、上級にしろ下級にしろ、まだ魔族というものと戦った経験が無かった。

 噂話で強大な存在とは聞いているが、実際いかほどのものなのかは、皆推測レベルでしか語れていない。

 それどころか、国が一致団結して戦うレベルの強大な敵との戦闘経験自体が一度も無かった。

 今回リッチに挑まれた事で、初めて国内の軍を一致団結して戦わなければならない機会が訪れたのだ。


「しかし、相手がリッチとなりますとむやみやたらと大軍を差し向けるのは愚策となりましょうな……」

「どういう事だベルナルド、リッチとはそれ程に恐ろしいモンスターだと言うのか?」

「死者の王と称されるリッチですが、あれはもはや『死という概念が形となった』に等しい存在です。故に、リッチの放つ気は全ての命ある者にとっての猛毒です。下手したら、気を感じ取っただけで死に至る恐れもあります。加えて、弱らせたとしても周囲の人間から魂を吸収して回復するため、人数が多ければ多い程相手に回復のチャンスを与えてしまいます」

「なんだと……。それでは、迂闊に近寄る事も出来ぬではないか……」

「強き者であれば自身の力で障壁を作り、リッチの気を緩和出来るでしょう。緩和できたとしても、恐怖や吐き気は感じるでしょうが」

「陛下、ご安心を。我が配下の騎士団は一騎当千の猛者揃い。リッチの気など、緩和どころか撥ね退けてやりますとも。回復する間など与えません」


 ランガートの根拠無き自信にベルナルドが一瞬顔をしかめるが、当のランガートは一切気付いていない。

 ベルナルドの試算としては、一般的な兵士や騎士をいくら並べた所でリッチには太刀打ち出来ないというのが正直なところだ。


「一応はやめておけと言っておく。世の中には埒外の怪物と言うものが存在するのだ」

「フン、魔導師団にばかり手柄をくれてやるものかよ。帝国に仇なす者は騎士団が討ち取ってくれるわ!」


 この時点で数千人の命が無駄になる事を悟り、心の内で無謀に付き合わされる騎士団に祈りを捧げるベルナルドであった。


(さて、私も対策を練らねばな……どう挑むべきか)


 ――無能と有能の指揮するコンクレンツ帝国の運命や如何に。

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