364:未統治領域の西端
タサヴァルタを出てある程度進んだ所で見えてきたのが、未統治領域最西端にある城壁で囲まれた堅牢な都市だった。
ここは既にザーパトの勢力圏であるが、端である事やタサヴァルタが近いという事もあり外敵がおらず、目に見えた争いは起きていない。
ザーパトはフィデラーチャを形成していた様々な種族のうち、主にドワーフが集まって形成されたコミュニティだった。
「おう兄ちゃん達。タサヴァルタからの旅人だろう。ここが何処だか分かってんのか?」
アルクスの門番だろうか。背は低いが非常に筋肉質でがっしりした体格の男性二人が、お互いの持つ武器をクロスさせるようにして門を塞ぐ。
二人共顔の彫りが深く濃いヒゲを貯えている。軽装鎧の隙間から見える肌の筋量や傷などからしても、歴戦の戦士である事を匂わせる。
そういやドワーフを見るのは初めてだったか。この世界には様々な種族が居るとは聞いていたが、あまり他種族とは会わない旅路だったからな。
「未統治領域のザーパトで合ってるか?」
「お、おう。ここはザーパトの中心地で城塞都市アルクスってんだ。未統治領域と知りつつ来るなんざ変わり者だな」
「観光ならアルクスまでで止めておけよ。この中は安全だが、その先はもうドンパチ闘り合ってるからな」
俺達はもちろんアルクスよりも先へ行く気満々であるが、余計な事を言って変なトラブルを招くのも面倒なので黙っておく。
実際目的は『観光』みたいなもんだしな。未統治領域と未開地域との『境目』を見に行くのが主な目的だ。
しかし、境目は未統治領域の東の果て。四方の国が覇を競う中心部を抜けて、東に陣取るヴァストークに到達しなければならない。
「ドワーフ自慢の堅牢な城砦を見て行ってくれ。技術力には自信があるからな」
「俺達は常に戦いの中に居るから技術が日々進化している。鍛冶技術がネグニロスを抜く日もそう遠くねぇぞ」
自分達の技術力を自慢しながらも、門番のドワーフ達は城門を開いてくれた。
門をくぐると、早速路上に様々な商品が並べられた店舗の数々が目に飛び込んできた。
飲食物の類ではなく、武器防具や装飾品、工芸品と行ったものが並んでいる。
「こっち側は観光客向けの店が集中しているみたいだね。門番が言っていたように、観光で来る人が居るからだろう」
「余程の酔狂でもない限り、ここで土産を買って引き返すのが普通って事か……」
と、俺達がぼやいている間にも他の女性陣は様々な店に散って思い思いの物を見物している。
門番も言っていたがドワーフは技術力が高いらしく、こういった露店ですら並の工房の製品を上回るクオリティだとか。
身近でドワーフの品を買えるという事で、近隣国から買い物に来る客や、買い付けに来る商人が居るらしい。
「とりあえず何処かで宿を取るか。その前に、こういう場所にも冒険者ギルドはあるのか?」
「イスナ村みたいな所にすら支部があるくらいだからね。ちゃっかりこういう場所にも入り込んでいるだろうさ」
リチェルカーレの言う通り、冒険者ギルドの支部はあったので、報告できる依頼は報告しておく。
この地域ならではの依頼もあったのでいくつか受けておこう。モンスター討伐以外にも、敵対勢力討伐もあるな。
受付で聞いた所、南側のユークには獣人達が、北側のスエーヴィルには竜人達が集まっているらしい。
「そういや獣人や竜人も見た事が無かったな。ここへ来るまでに見た異種族はエルフくらいか」
「エルフと言えば、東のヴァストークはダークエルフが住み着いているんだが、キミはまだ見た事が無かったかな」
受付が東についての説明を語る前に、リチェルカーレがその答えを口にする。
やっぱエルフが居るならダークエルフも居るわな。そういやエルフの集落で女王が『黒魔術はダークエルフが』みたいな事言ってたような。
「ダークエルフもあの女王の支配下なのか?」
「エルフが変質した存在だからね。大元は同じだからそこは変わらないよ」
エルフはデリケートな存在であり、人間などと比べると汚染された環境には余り適応出来ておらず、森の外では体調を崩しがちとなる。
ファーミンに集落を作っていたエルフ達ですら住処の森を形成して、そこを中心として活動していたくらいだ。
ダークエルフはそんなエルフ達が長期間に渡って汚染された環境に滞在し続けた結果、環境に適応するべく変質した姿との事。
「フィデラーチャでは魔族達との激戦が続いていた。そうなれば近隣一帯は瘴気まみれだからね。そんな所に長年滞在していたら……お察しだね」
「俺のイメージだとダークエルフはエルフに敵対的って感じなんだが、この世界におけるダークエルフの扱いはどうなんだ?」
「ダークエルフはエルフ達の中では『勇者』みたいなものだよ。何せ自分達が苦手な汚染された環境へ積極的に出向き、最前線で戦い続けた精鋭達だからね」
「意外な扱いだな。問題は、その勇者達が外部からの来訪者である俺達を大人しく歓迎してくれるか……だが」
「……彼らが戦っているのは未統治領域で争い合っている三国だけじゃないからねぇ」
意味深な事を口にするリチェルカーレだが、そのつぶやきと共にギルドを出て行ってしまった。
追いかけて話の続きを聞こうとするが、ギルドを出た先には各々好き勝手に買い物へ出向いていた女性陣達が戻ってきていた。
元々行動方針に関しては委ねるつもりだったようで、宿を取って一泊の休憩を挟んだ後に出発する事に異論は無かった。
・・・・・
「よし、ここまでの記録は済ませた……と」
俺は召喚によって取り出したノートパソコンに旅の記録を打ち込んでいく。
旅路を綴る日記的なものはもちろん、出会った人物の情報、モンスターの情報、武器防具や素材など記録できるものは余す所なくだ。
それこそ『ル・マリオンの冒険記』とか『ル・マリオンの攻略本』が作れるんじゃないかと言うくらいの充実を目指す。
俺達が今居る未統治領域は四つの地域に分かれて覇を争っている訳だが、その地域それぞれに住まう種族が異なっているというのがツェントラールとは事情が異なる点だ。
ツェントラールは少なくとも争い合う種族は基本的に同じ人間同士だったが故に、エルガシアとして統一を果たした後も互いに妥協点を話し合って最適な形を模索する事が出来た。
しかし、種族が異なるとなれば根本的に相容れない部分が出てくるだろう。気持ちでどうにかなるレベルの問題ではなく、体質上の問題でだ。
極端な話だが、水中で暮らす生物と地上で暮らす生物が一つ屋根の下で暮らすのが難しいみたいなものだ。
間を取って中間の気候で妥協――とはいかないからな。この例で言うなら、それぞれ室内に水中と地上を用意しなければならない。
しかし、そうなると両者はそれぞれ水中と地上の範囲でしか活動出来ず、室内全てをフルに利用する事は出来なくなってしまう。
未統治領域における争いとは、つまり『自分達の種族が快適に過ごせる土地を独り占めしたい』という事に他ならない。
そうなると、争いに敗れた種族はこの地を追われるか、あるいは勝者の種族に適した、自分達には合わない環境で細々と生きるしかない。
人間同士の争い以上に領土争いが苛烈になる訳だ。果たして、この状況に俺達が介入して良いものか……。
……って、その領土争いしている区域を正面から突っ切ろうって考えてる俺がそんな事を気にしても仕方が無いな。
最初はこそこそとユークやスエーヴィルを抜けてヴァストークへ行くという方法も考えたが、リチェルカーレが言ったんだよ。
『今のキミ達なら、例え戦争の渦中だろうが問題なく突っ切る事が出来るハズさ』
で、それを聞いて「面白ぇ」って思ってしまったんだよな。やってやろうじゃんって感じでさ。
最近は肉体の若さに引っ張られてか、元々のおじさんだった頃の考え方が薄まりつつあると思っていたけど、元々の世界の自分も取材のためとはいえ自発的に戦地へ飛び込んでたんだよな。
もしかしたら、そういう根底の部分は変わらないのかもしれないな。いつしか元の自分が消えてしまうのでは――と思ったのは、さすがに杞憂だっただろうか。




