363:閑話 トンファー×メイス
――神官アニス。
野盗から神官に転身を果たしたという異色の経緯を持つ女性だ。
彼女は野盗としての罪を裁かれた際『監視役を付けた上で施設で身も心も磨き直す』という刑を受けた。
その監視役を神官のエレナが引き受ける事となり、同時にアニスも神官として生きる事となった。
神官において最も重要なのは、癒しの力を最大限に発揮できる『法力』の素質である。
しかし、彼女が最も素質を発現したのは戦闘向きの『闘気』であった。故に彼女は『武闘神官』として活動する事に。
武闘神官は法力に特化し戦闘に不向きな神官の護衛や、教団内の不正を取り締まる警察的な役割を担う。
そんな彼女は、冒険者パーティ『龍伐』の一員である神官クラルの行脚のお供として護衛を勤めていた。
クラルは自身の能力の底上げのためにエレナと対面し、そのエレナから課された修業が行脚だった。
最初は『国内』というくくりであったが、一通り巡り終えた後は国を飛び出し、別の大陸を巡る事となった。
◆
「はぁ、はぁ……。これでオルソネーヴェは十体目か……」
私とクラルは現在、エスタルド大陸の北西端にある半島で雪が降りしきるアラクシャに滞在していた。
そこにある村の一つで『オルソネーヴェ』というモンスターによる獣害に苦しんでいるという話を聞き、その討伐を引き受けた。
困っている人を助けると言うのはクラルの行脚においても大事な点だし、私としても人助けで罪の償いをしたい。
「龍伐として活動している時に世界各地を巡りましたが、アラクシャを訪れるのは初めてです。まさかこんな凶悪なモンスターが居るなんて」
オルソネーヴェとは、基本的には四足歩行だが、時に二足歩行して襲ってくる大型の魔獣――モンスターだ。
分厚い白の毛皮を身に纏い、手足には鋭い爪が付いており、大きな口と鋭い牙を持つ。見た目からして明らかに肉食と分かる外見。
体長にして五メートルはあるだろうか。モンスターの中ではかなり大型の部類になる……と思う。
通常の動物として似たフォルムのブルアンという獣が居るが、ブルアンは大きくてもせいぜい二メートルくらいのもの。
おそらくだけど、オルソネーヴェはブルアンが瘴気によってモンスター化した形態の一つなのかもしれない。
「ゴブリンやコボルト退治などとは訳が違うね。一体一体を退治するのにも労力を使わされるよ」
「こんな大型のモンスターが何体も居るとなると、山林の食料が足りなくなってもおかしくはありませんね」
「だから人里に降りて獣害を引き起こしているのかもね……。迷惑な話だよ」
退治のため山林に入って一時間もしないうちに十体だ。個体の大きさを考えると繁殖し過ぎな気もする。
二人して他にも残っている個体が居ないかを探し回っていると、少し離れた所から別の人達の声が聞こえてきた。
◆
アニスとクラルがオルソネーヴェを退治して回っている頃、少し離れた場所では別の冒険者パーティがオルソネーヴェを狩っていた。
別の村で討伐を依頼されていた者達で、ランクはD。四人組ではあるがまだ若手で、正直オルソネーヴェを狩るにはギリギリの戦力だった。
故にこそ、たった一体を倒しただけで疲労困憊となっていた。雪原であるにもかかわらず、四つん這いになってハァハァ荒い息を漏らしている。
「な、何とか俺達でも倒せたな……」
「死ぬかと思った……」
「で、でもこれ以上はもう無理かも~」
「一体でも成果は成果。部位を持ってさっさと帰ろう」
しかし、そんな彼らをあざ笑うかのように付近からガサゴソと物音が聞こえてくる。
「まさか、もう一体……!?」
疲れた体に鞭打って立ち上がった一行は、武器を構えて警戒するが――
「きゃあああ! 可愛いー!」
現れたのは、体長にして数十センチほどの小さな獣だった。その姿はブルアン――地球で言うなら『熊』の子供のように可愛らしい姿。
だが白い毛皮は間違いなくオルソネーヴェのもの。それはつまり、この個体がオルソネーヴェの子供である事を示している。
「まさか、オルソネーヴェの子供……なのか?」
「どうするリーダー。一応あいつも討伐しておくか?」
「えー……、止めようよ。まだあんなに小さな子供じゃない」
「可哀想。アレを手にかけるのは……虐待」
討伐を考える男性陣と、討伐を渋る女性陣。彼らは結論として『討伐しない』事を選んだ。
男性陣は本音を言えば討伐したかった。女性陣に従う形となったのは、疲労度合いが凄かったからだ。
例え相手がオルソネーヴェの子供であろうと、戦わずに済むならそうしたいくらいの心境だった。
山を降りていく一行。それを少し離れた場所から見守る二つの影――
◆
「……甘い、甘すぎます」
冒険者パーティが去っていった後、クラルが素早く飛び出すと、まだその場に居たオルソネーヴェの子供の頭に容赦なくメイスを叩きつけた。
可愛らしい見た目の子供モンスターにすら容赦ないな。穏やかなクラルにしては珍しい、過激な行動に思わず驚く。
オルソネーヴェに何かトラウマでもあるのかと思ったが、さっきアラクシャに来たのは初めてと言っていたからそれは無いか。
「子供とは言えモンスター。そう遠くない未来に成長し第二第三の被害を生むようになるというのに……」
クラル曰く、こうやって逃してしまったモンスターが成長して後に同じような被害を発生させてしまうらしい。
だから子供であろうが容赦なく始末しておかないと、本当の意味での討伐完了にならないそうだ。
その視点は無かった。私はかつて野盗として活動していたが、まだ冒険者としての見識は乏しいから思い至らなかった。
「ちなみに、そうやって見逃したモンスターが二次被害を生んだ場合、見逃した冒険者が処罰を受けます。被害の程度によっては処刑もあり得ます」
近隣の村からすれば、モンスターは退治されたと思って居るから警戒を緩めてしまう場合もあるだろう。
そこへ改めてモンスターが襲ってきたら、しかも以前の討伐を警戒してより強大な群れで襲撃するなど知恵が回るモンスターだったらどうなるか。
村そのものが滅んでしまう。規模によっては百人を超える死者が発生してしまうかもしれない。そして、その死者がアンデッドに――
「……処刑も止む無しの大罪だな」
「アニスさん!」
クラルが叫ぶ。そこでようやく気付く……私達は既に囲まれていた。モンスター達の住処で考え込むとは、私は馬鹿か。
木々の向こうから足音や、枝木をへし折る音が聞こえてくる。この感じは間違いなくオルソネーヴェの群れだ。
おそらくだが、親のみならずコミュニティ全体で子供を育てる生態だったのだろう。どうやら逆鱗に触れてしまったか。
・・・・・
さすがに数の不利もあって逃げ出したが、向こうは群れ。さらには住処と言う事もあり地形も熟知している。
大きく吠える事によってコミュニケーションを取り、私達を追い込み漁の如く追い込んでいく。
情けない事に、私はクラルさんの護衛と言う名目で同伴しているというのに、そのクラルさんによって逃がされていた。
「……これでも私、『龍伐』の一員でしたから、大丈夫です」
だから神官であってもモンスターとの交戦くらいは出来る。分散して逃げた方が生存率が高くなる――と。
そう言って彼女はオルソネーヴェを何体か引き付けて私から離れて行った。だが、それでも私をマークしている敵は何体も居る。
クラルと二人で一体を倒すのであれば全く問題は無かった。でも、私一人で数体を相手するのは荷が重いようだ。
「くっ、大柄な割に素早いし、その上一撃が重い……うあっ!?」
目の前にやってきた個体が大きく腕を振り下ろしたので、後方へ飛び跳ねながら回避。
けど、そこを狙って別の個体が背後から攻撃してきたのか、私は背に激しい痛み感じると共に樹木へと叩き付けられる。
とっさに闘気で体を覆って衝撃を抑えたけど、やはり大型魔獣のパワーは強い。すぐ動くのは無理そうだ。
不幸中の幸いは、さっき私が背に攻撃を受けた際、叩き付けられたのは奴の『掌』だったようだ。
もしあの鋭い爪を突き立てられていたら、私はその時点で細切れになっていた事だろう。
だが、どちらにしろこのままでは危険な事には変わりない。動けない状況で複数体のオルソネーヴェが迫ってくる。
「ま、まだこんな所で終わる訳にはいかないのに……」
絶体絶命の危機の中、私の中で一番最初に過ったのはエレナ様の優しい微笑みだった。
野盗として少なからず悪行に加担した私に対しても一切軽蔑する事無く、切断された腕を繋げるという高度な法術で救ってくださった。
そんなあの方に報いるためにも、私は罪を償い続けて人々を助ける立派な神官にならなければならないんだ……。
「ぐぅっ、あぁぁぁぁぁぁ!」
突然、全身の痛みを軽く上回る激痛が駆け抜ける。これは、手首か……!?
嘘でしょ!? 両手首が円周状に斬り裂かれて血が滴ってる。これってあの時の――エレナ様によって完全に治療されたんじゃなかったの?
まだ野盗だった頃、魔女によって捕らえられて容赦なく手を斬り飛ばされた時の記憶が蘇ってくる。
「つ、罪の痛みを忘れるなとでも言うの……? 上等じゃない。だったら、この痛みも背負って私は旅を続ける!」
気付いた時には、私は立ち上がっていた。腕の痛みと引き換えにするかのように、全身の痛みはすっかり消え去っていた。
それどころか、自身の奥底から信じられない程のパワーが湧き上がってくるようだ。これが、本当に私の闘気なのか?
でも、このパワーがあれば……。雪の中だというのに、私は信じられない跳躍力でオルソネーヴェの頭上を捕える程の高さまで跳び上がった。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
トンファーで頭を叩き割るつもりだったけど、驚くべき事にそのまま身体を真っ二つに引き裂いてしまった。
鋭い刃物で切り裂いたと言うより、圧倒的な力で強引に叩き割ったという感じだな。これなら、何とかやれそうかも……。
・・・・・
それからしばらく後、私はオルソネーヴェの死骸の只中に立ち尽くしていた。
あれからさらに十数匹を倒し、何匹か引き付けてくれていたクラルさんに追いつき、彼女の周りに居た個体も倒した。
腕から血を流す私に大層驚いたクラルさんが治癒を試みてくれたが、この傷は一切の治癒を受け付けなかった。
「もしかしたら、それはアニスさんの『固有スキル』なのかもしれませんね……。傷を発現する事で、爆発的な力を得る――みたいな」
治癒は受け付けなかったが、戦闘を終えて落ち着くと共に傷が塞がり痛みも治まった。
クラルさんの言う通り、これは私の心の在り様を具現化した固有のスキルなのかもしれない。
罪の痛みと引き換えに力を発揮して戦う。実に私らしいスキルが目覚めたものだ。
◆
元々は『竜伐』という冒険者パーティの一員であるクラル。彼女はあくまでも修行のため、一時的にパーティを解散してアニスと組んでいる。
いずれは別れる事になる二人だが、この二人のコンビとしての活躍は目覚ましく、後に世間で広く知られるようになる。
……そんな二人を称し、人々の間で『トンファー×メイス』の二つ名で呼ばれる事となった。




