358:クラーケン祭
「ふぃー……。まさかこっちでイカそうめんにありつけるとはな」
俺達は既に宿泊先となる宿を決め、船舶の運営会社にも顔を出して報酬も頂いていた。
報酬はそこそこの金品と、会社が運営する船舶の無料乗船権だった。何と期限は定められていない。
つまり、スヴェリエとタサヴァルタを船で行き来する事に関しては今後一生無料と言う訳だ。
「ダメ元で提案してみたけど、まさかイカそうめんが実現できるとは思わなかったわ」
クラーケンの肉は並の斬撃では切れない程に頑丈であり、普通に調理用の包丁で切り分けるのは不可能に等しい。
しかし、エレナが丁寧に法力を流し込む事により、肉塊が本物のイカのようにプリプリで瑞々しい質感へと変貌を遂げた。
その後はセリンが手早く細切りにしてくれた。醤油に似たヒシオも用意され、かなり高い再現物が出来た。
セリンに聞いた所によると、この世界でも海鮮の生食は普通に文化として存在するらしい。
俺達が最初に居たアンゴロ地方でも、海に面しているコンクレンツでは新鮮な海の幸が手に入る事から名物でもあったとか。
当時、敵対関係にさえなければ堪能したかったな……。また一通り世界を巡った後にでも立ち寄ってみるか。
「ちなみにこのクラーケンだけど、マーリアン島の町おこしに使われる事になったらしいよ」
「町おこし……ですか? 地域活性化のために行うという……」
「そう、それだ。今まで散々悩まされてきた原因の一つを逆に利用して、今までの損失を取り返そうという魂胆だろうね」
なるほどな。クラーケンで失った損益を、そのクラーケンで補うという意趣返しか。
「しかし、クラーケンで一体何をするんだ? 名物料理でも作るのか、素材で土産でも作るのか……」
「その取り組みが早速今日から行われるって話だから、タサヴァルタに向けて出発する途中で見て行こうか」
・・・・・
「さぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 世にも珍しいクラーケンの展示だよ!」
町の広場には、高く組まれた足場と、そこから二本のワイヤーとフックで吊り下げられたクラーケンの肉体が展示されていた。
胴体は半ばで両断されたが故に下半身しか残っていないが、それでも残された部分だけで周辺の建造物より背が高いくらいの大きさを誇る。
足の部分は地面に寝かされるように並べられているが、一本一本がかなり長く、何度も折り返されていた。
「クラーケンチャレンジの会場はこちらです! 腕に覚えのある方はぜひ挑戦してみてください!」
司会者がそうアピールしているすぐ近くには、足元の何かに向かって一心不乱に武器を振っている冒険者達の姿があった。
彼らの足下には、展示会場のクラーケンから伸ばされた足が何本か引っ張ってきてあり、その足の何カ所かにインクで印が付けてある。
冒険者達はその印に向けて自慢の武器を叩きつけているのだが、そのほとんどが健闘空しく弾き返されてしまっている。
「見事切断出来ればその部位はお持ち帰り頂いて構いません! 希少な素材や食料を獲得できるチャンスですよ!」
「よぅし、じゃあ俺もやってやるぜ!」
多少の挑戦料は必要なものの、成功すれば得られるものが大きいためか、挑戦者は後を絶たない。
身長二メートルを超えるような屈強な大男が挑戦し巨大な斧を振り下ろすも、強烈な弾力に阻まれてしまって刃が通らない。
跳ね返された反動と斧の重みでよろめいてしまい、尻餅をついてしまう男。想像以上の頑丈さに驚きを隠せない。
「おいおいおい、クラーケンを退治した奴ってのは、こんなのを剣で切り裂いたってのか……どんな馬鹿力だよ!?」
「剣の道は力のみにあらず。今から拙者がそれを実践してみせよう……」
ふらりと現れたのは着流しを着用した細身の男だった。腰には刀を装着している事から『和国』の出身者であろう。
男は挑戦料を支払いクラーケンの足の前に立つと、並の人間では黙視する事も難しい居合の一閃で見事にクラーケンの足を切断してみせた。
「おぉっと! これは凄いぞ! 和国の『サムライ』が見事クラーケンの足を切り裂いたぁ!」
「必要なのは力などではない、技なのだ」
「いや、力というものも捨てたものじゃないぞ」
今度は痩躯ながらも無駄のない筋肉で身体を造り上げた男が挑戦に名乗りを上げる。
男は武器を手に持っておらず、クラーケンの足を両手でつかみ上げると、全身から真っ赤な闘気を噴出させて力任せに左右へ引っ張り、見事に引き千切ってしまった。
「これもまた凄い! なんと武器を使わず己の肉体のみで! 一体どれほどの修練を積めばこのような事が出来るのか!」
「技を不要とは言わないが、力があって困る事など何もないぞ」
大半の挑戦者はクラーケンの頑強さに音を上げるが、時に思わぬ強豪が現れ、驚くべき力を披露してくれる。
この光景を見た運営スタッフは思った。もしかして有用な人材発掘が出来るのではないか……と。
それから各所で職員達が動き始め、目を付けた人材に対してのスカウトが始まり、何人かの採用に繋がったという。
「こっちではクラーケン食べてみたチャレンジを行っております。どうすれば美味しく食せるのか、色々試してみましょう!」
クラーケンを切り分ける事が出来る技量の持ち主により、小さなブロック状に切られた肉塊が大量に用意されている。
それらを煮込んでみたり、焼いてみたり、油で揚げてみたり……あるいはそのまま食してみたりと、様々な試みがなされていた。
しかし、その大半がクラーケンの肉の質感を変える事が出来ず、まるでタイヤの如きゴムの塊を噛んでいるような感じだった。
調理を試みている者達は失念していた。そもそもクラーケンはモンスターであり、通常の動物とは扱いが異なる。
エレナが法力を流し込んで肉の質感を変えたように、モンスターの肉は普通に調理しただけでは食せないような例も珍しくなかった。
クラーケンは倒された時点で無害化しているから良いものの、モンスターによっては死後も瘴気に汚染されたままの物もある。
「おいおいおい、モンスターの肉をそのまま食してるのかよ。勇気ある奴らだなぁ」
ついにはイベントの様子を見るに見かねたベテラン冒険者が割って入る事態にまで発展した。
それからは肉に力を流し込む事で汚染されたものを浄化したり、性質を変える事が出来るなどの知識も伝えられ、料理の質が向上した。
日が暮れる頃にはチャレンジする企画からまともなクラーケン料理を提供するブースに変わっており、盛況となっていた。
・・・・・
竜一達はタサヴァルタに渡る船へ向かう過程で、街の各所で『クラーケン祭』で盛り上がっているのを目の当たりにした。
足を切るチャレンジや料理を試みるチャレンジはギャラリーとして様子見もしていたが、どちらも彼らであれば容易くこなせてしまう事だろう。
既にクラーケンの肉塊も所有しているし、これ以上変に目立つ必要もないと判断し、一行はマーリアン島の探索を軽く流す事にした。
「……もしかして、マーリアン島からタサヴァルタの間にも何か居るんじゃないだろうな?」
「ちょっと竜一さん、変なフラグ立てないでよ!」
スヴェリエからマーリアン島の間にはクラーケンが居た。ならば、反対側には……?
竜一はフラグ立てに余念が無かった。しかし、そうそう都合良く物事が進む事があるのだろうか。




