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357:クラーケンの肉

 クラーケンを討伐した後の俺達は、幸い何事もなくマーリアン島に到着した。

 船が港へ入り、乗客達は次々と降りていく。一方で、港には多くの人が詰めかけていた。

 その人達は船に乗るのを待っていた乗客が大半ではあるが、一部は『見学者』だ。


 と言うのも――


「ついにクラーケンが討伐されたって本当か!?」

「海に携わる我々を長年悩ませてきたあの元凶がついに討たれたのか!」


 と、着港する前に連絡が行われており、クラーケンが討伐された事が伝えられていたからだ。

 島に住む者達からすれば、自分達が住む島の周りを縄張りにする怪物が討伐されたのは歓喜すべき出来事に違いない。

 それこそ、祭が行われてもおかしくないテンションだ。実際、港にはいくつもの出店が準備されていた。


「クラーケンの死体を引っ張ってきているらしいぞ!」

「マジか! 噂には伝え聞いていたが、一体どれほどの化け物なんだ……」


 船の後ろ側には、ロープで固定されたクラーケンの肉体がある。

 肉体は四分割された状態で、上半身は海中に消えてここにはなく、運ばれてきた下半身も二つに分かたれた状態なので完全な形ではない。

 しかし、それでも十数メートルはある巨大な肉塊だ。当然、海中に隠れてる足も含めればもっと巨大だ。


「にしても、あの肉体はどうするつもりなんだろうな」

「モンスターの肉の使い道と言えば、素材とするか食用にするかでしょう。さすがに捨てるのは勿体ないです」

「そう言えば、瘴気さえ浄化すれば食せるんだったか。少し貰っておけばよかったな。せっかくだから、試してみたかった」

「……と言うだろうと思って、あらかじめある程度は切り取ってもらっておいたよ」


 そう言って、リチェルカーレが取り出したのはキューブ状の白い塊だった。

 三十センチ四方くらいの大きさだろうか。傍から見るとただの白い箱にしか見えない。

 試しにつついてみると、硬いながらも弾力を感じる。まるでタイヤだ。


「これ、喰えんのか……?」


 少なくとも、刺身としては絶対に喰えなさそうだが。


「そのまま食べるには硬すぎるね。でも、ちゃんと柔らかくする方法はあるから大丈夫さ」

「人はそうやって、普通には食べられないものを工夫して食べられるようにする事で栄えてきたんですよね」


 確かに、人はフグのような猛毒を持つ生物すら毒抜きをして食すくらいには食に貪欲だな。

 特にフグの卵巣の糠漬けなんかは、しっかり毒が抜かれているのに、毒が抜かれる原理が未だに不明だったりするからな。

 こっちの世界の人間も、瘴気に汚染されたモンスターの肉を、瘴気を浄化してまで食するくらいだから相当だ。


「あ、あの……。その塊、動いてませんか……?」


 ルーの指摘に振り返ると、リチェルカーレが持っていた肉塊がプルプル震えているように動いている。

 最初はリチェルカーレが揺らしているのかと思ったが、それにしては不自然な動きだ。


「あぁ、これか。これはまだ『肉が生きている』からだね。だから、こうしてやると――」


 彼女が肉塊に人差し指を突き刺して魔力を注ぎ込むと、肉塊の動きからがプルプル小刻みに震えていた状態から、グネグネとした激しい動きに変わった。

 そして、内側から盛り上がるようにして肉塊の体積が増え始めた。まだ肉が生きているというのはこういう事だったのか。


「ほら、再生が始まった。上手い事調整してやれば少量の肉から多量の肉を生み出せるから便利なんだよ、生命力の強いモンスターって」

「すげぇな。それなら無限に採取できるじゃないか……。素材としてだけじゃなく食料としても使えるなら、肉塊一つあれば飢餓問題が解決できるじゃないか」

「残念ながらそうもいかないね。本体は死んでるんだ。あくまでも肉塊に残っている生命力が尽きるまでの一時凌ぎでしかないさ」

「……さすがにそうそう都合良くはいかないか」


 つまり、沢山欲しい場合は早々のうちに肉塊を活性化させて増殖させておかないといけない訳か。

 その特性を知っているか否かで価値が大きく変わってきそうだな。知っていれば少量の確保でそこそこ増やせるから出資も少なくて済む。

 などとクラーケンの素材について思案していると、船の下の方で民衆がザワ付き始めた。

 

 先程までのお祭り騒ぎのように明るい感じではないな。これはどっちかと言うと、困惑や恐れが混じった感じの騒ぎ方だ。

 俺達は最後にゆったりと船を降りるつもりで甲板で駄弁っていたが、気になるので降りてみる事にしよう。


 ◆


 ザワついていたのは船の後ろの方、引っ張ってきたクラーケンが漂っている辺りだ。

 物珍しさでクラーケンの死骸を見ようとギャラリーが集まっていたハズだったが、何が起きたのやら。


「おぉ、先程の冒険者様方! 丁度良い所に……。実はクラーケンが――」


 さっきまで船内で仕事をしていた船員が声をかけてきた。降りてクラーケンをどうこうする作業をしてたんだろうな。

 聞かされた内容は「クラーケンがまだ動いている!」というものだった。それはまさに、さっき聞かされたクラーケンの性質と合致する。

 おそらく、肉がまだ生きているから、海面を漂っている死骸が動いているのを目撃したんだろう。知らなきゃ俺でもビビるわ。


 とりあえず船員にお願いしてクラーケンを高く上げてもらう事にした。

 上からロープでを引っ張り上げると、途中で両断されたクラーケンの肉体が露わとなった。

 しかし、そこで俺達が見たのは、しっかりとした形で残っている下半身だった。


「おいおいおい、クラーケンはさっきレミアが左右真っ二つに切り裂いていただろう……」

「分かたれた肉体さえくっついて元に戻るというのですか。何という生命力」

「二つ並べて運んできたからくっついてしまったと言う事ですか。形状記憶の性質もあるんでしょうか」


 もしかして、このまま放置していたら上半身も再生してしまうんじゃないだろうか。

 リチェルカーレが持っていたのは小さな肉塊だったから、魔力を注がないと活性化はしなかったが、大きな肉塊は事情が異なるだろう。

 とりあえずリチェルカーレがクラーケンの肉の性質を船員に説明しているが、この後は一体どうするつもりなんだろうな。


 今回のクラーケン討伐はクエストではなく、行きがかり上の事でしか無いからな……。

 討伐部位をギルドに提出するとかの必要もない。ギルド報酬もないが、それとは別に船舶の運営会社が報酬をくれるらしい。

 クラーケンの肉塊も一種の報酬ではあるか。こういう実績を積み重ねていくのも方向性としてはありだな。

 

 とりあえずはこの島で宿泊する場所を探すか。到着早々に運営会社に押しかけるのも失礼だし、向こうも向こうで準備があるだろう。

 他にも名物や名所があるかなども踏まえてザッと見て回りたいしな。

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