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352:替え玉の聖女

「エレナ……どうだ?」

「……間違いなく術者に返ってますね。少なくない反動はあるでしょうが、この程度で死ぬ相手では無いでしょうね」


 俺の問いに、エレナは静かに目を閉じ――数秒後に目を開いて答える。この数秒の間に、何らかの手段で術を辿ったんだろうか。


「今ので相手まで判ったのか?」

「えぇ、術のレベルからして最高位の術者による仕業です。しかし、現教皇ではあり得ない。父は基本的に臆病で卑怯です。返されるリスクのあるような術を使うはずが無い」


 絶縁してるからって父親だった相手の事をボロクソ言ってるな。そこまで言われると、どんな存在か気になってきたぞ。


「それでいて、父に匹敵するような術者……となると、それはもう『聖女』しか居ないでしょう」

「聖女――それって確かエレナが次期教皇だった際に呼ばれていた称号だったな。もしかして、以前言っていた影武者ってやつか?」

「はい。世間的に次期教皇の娘が失踪したなどとは間違っても公表できないでしょうし、体裁を保つために用意したのでしょう」


 なるほど。世間においては『次期教皇の娘が失踪した』などという事件は起きていない事になっているんだな。

 おそらくだが背格好の似た娘を用意して無理矢理仕立て上げたに違いない。候補にされてしまった娘はたまったものではないだろう。

 ちなみに『影武者』という単語はこの世界で普通に普及しているらしい。日本出身の異邦人が広めでもしたんだろうか。


「その影武者についてはどれくらい把握しているんだ?」

「ほぼ予想になってしまいますが、替え玉として用意された聖女は私のアンティナートに対抗するべく『何か』を施されていると思います」


 アンティナートは歴代教皇の力を封じた倉庫のようなものだ。それに類するものが存在すると言うのだろうか。


「既にアンティナートそのものは私が継承していますが、かつては父がアンティナートを所有していました。その際に得た知識や技術は失われていませんし、もしかしたらそこから『何か』を見つけているかも」

「その『何か』をエレナも見つける事は出来ないのか? まだ触れていない歴代教皇達の知識の中にあるって可能性は……」

「あると思います。そのためにも、まだ知らない教皇達の事を学び、私自身も取り込む事が出来る許容量を増やしていかねばなりませんね」

「エレナだけの問題ではありません。私もまだ万全にシルヴァリアスを使いこなしているとは言い難い。修行するのであれば、私もお付き合いしましょう」


 聞くに徹していたレミアも思わず話に入ってくる。俺からすれば規格外な力を使っているように見えても、まだまだシルヴァリアスは全力では無いんだよな。

 そんなシルヴァリアスの全力を必要とするような戦いが待ち受けていると思うと……正直、恐ろしいよりも楽しみな気持ちが勝るかな。

 なんだかんだでドラ○ンボールのような作品で心を躍らせていた影響かもな。俺もさらに修行を続けて女性陣達の戦いに割って入れるようになりたい。


「アンティナートの完全開放。それによって一体何が起きるのかは全く予想が付きませんが、止まる訳にはいきません」

「完全開放……か。エレナの推測だと、替え玉はそこまでしないといけないような感じの強敵なのか?」

「父はアンティナートを有する私を敵に回している事を自覚しています。間違いなく、それをどうにか出来るように考えています」


 エレナはまだ歴代教皇の知識を完全に把握していないため、父親が何を用意しているかに思い至る事は出来ないらしい。

 そもそも、相手が歴代教皇の知識を利用しているのかどうかも不明だ。全く関係ない方向からアプローチしてくる可能性もあるだろう。


「リチェルカーレは何か心当たりはあるか?」

「アンティナートを超え得る力を手にする方法か……あるにはあるよ。ま、どれも非人道的でお勧めはしないけどね」


 一番手っ取り早そうなのはミネルヴァ様にお願いする事――と思ったが、確か『悪しき願い』に関しては弾いているんだったか。

 だから、もしそれで力を得た者が居たとしても、世界の脅威になる者は生まれない……か? リチェルカーレ見てると結構不安なんだが。


(私はあらゆる知識を得て覚える事の出来る身体を与えただけですよ。強さを得たのはリチェルカーレ自身の努力の賜物です)


 何と言うか、その『知識の許容量』も強さに繋がってませんかね?


(……ノーコメントでお願いします)


 唐突に心の中へ割り入ってくるミネルヴァ様にも慣れてきたな。


(ふふ、これで私も『流離人』の一員ですね)


 ……そう、なのか?


「とりあえずアンティナートと似て非なる手段としては『死霊を詰め込む』という方法があるね。どっちも死者の知識と技術を得られるけど、リスクが全然違う」


 リチェルカーレは知識を受け入れる身体を箱、得る知識を箱の中に詰めるものとして例えた話を続ける。

 アンティナートは綺麗に整頓をした上でしっかりと隙間なく箱詰めしていく感じだが、死霊は一切の整頓をせず強引に詰め込む感じらしい。

 そのため、歪な形で箱に詰められた結果、箱の方が異常をきたしてしまう。それ故に『禁忌』の一つとされている。


「悪霊に憑依された方々の姿が変質するのもその影響ですね。身体と魂が違うのですから、そうなって当然です」


 なるほど。何度か悪霊に憑依された人間が異形化するようなホラー映画を見た事があったが、言われてみればそうだな。

 身体と魂が違っているんじゃ合う訳が無い。その上で力の強い悪霊が強引に自分に適した身体へと変化させているからあぁなるんだろう。

 逆に人間の力の方が強い場合、人間の方が霊体を自分に適した形へと変えるんだろうな。霊を使役する作品などがそれっぽい。


「アンティナートはあくまでも『歴代教皇の知識と力をお借りする』ものであって、決して歴代教皇の魂を憑依させている訳ではありません」

「お借りする――とは言うけどさ、そのお借りした知識と力はそのままキミに与えられるのだから、正確には『頂く』なんだよね」


 つまり、アンティナートに眠る歴代教皇を開放すれば開放するだけエレナの知識と力は増していくと言う訳だ。

 ただ、先程もエレナ自身が言っていたように己の許容量の限界もあるため、自分自身を鍛えて受け入れ容量を増やす必要もある。

 リチェルカーレは『それ』が無限になっているようなものだからな。やっぱ強さに直結してるじゃないか。


 ……おや? 反論が来ねぇな。


(ぐすっ)


 悪かったですって。もう揚げ足取ったりしませんから。


 ◆


「う、うぅ……。こ、ここは、一体……」

「先生!」


 寝かされていたヘルゴ大司教が目を覚ます。


「……大きくなられましたね。エレファルーナ様」

「わ、私が分かるのですか!?」

「えぇ、分かりますとも。先程、私の中に歴代教皇達が姿を見せました。そのような事が出来るのは、アンティナートを有する正当後継者のみ」


 そう語るヘルゴ大司教の声はとても穏やかで、表情も柔和だ。一人称まで異なるなど、先程結界の中で暴れていた時とは全くの別人。

 魂という『根源』を支配されるという事は、自分という存在を消されるに等しい。その上で人格を第三者によって都合よく作り替えられてしまう。

 そのような状態から、術のみを取り除き元々の存在を取り戻して治療するなど、まさに神の如き御業である。


「病滅皇、魔壊皇、統世皇――あのお三方が現れたのは、私を治療する術を持つ方々だったからですな」

「えぇ、病に長けた者、魔の力に長けた者、そして人の心に長けた者。お三方の力をお借りして何とかする事が出来ました」

「どうやら、私は相当な期間に渡って傀儡と化していたようですな。状況をお伺いしても……?」

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