032:死者の王と眷属
『と、言う訳でだ。思わぬ珍客がやってきてしまった! 腕に覚えがあるというのなら、武術大会参加者にも協力してもらうぜ!』
大会主催者のアロガントがそう口にするも、積極的に前へ出たのは一人だけだった。
何せ相手は危険度ランクA以上の怪物。腕に覚えがあるからこそ、皆迂闊に前へ出るのを躊躇っていた。
そんな中、果敢に踏み出したのは――
「私はヴァーン。ミネルヴァ聖教の敬虔なる信徒である! アンデッド狩りを生業とする身として、ここで出ずしていつ出るというのだ!」
そう名乗るや否や、ヴァーンは胸元の十字架を手に取り、王に向かって勢い良く放り投げた。
「司教より授かって以来、ずっと貯め込み続けてきた我が法力の光、受けるがいい! 滅せよ、アンデッド!」
王の手前まで飛んできた十字架がヴァーンの掛け声と共に爆発し、その場に巨大な十字架型の光のオーラを発生させる。
『ぐぉっ、お……おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』
瞬く間に王を飲み込み、光の十字架の中へ磔の如く閉じ込めてしまう。
動けなくなっている間にも、光の奔流は容赦なく王にまとわりついてその身を浄化させていく。
「はっはっはっはっは! どうです! 我が光の威力、思い知りましたか! いくらリッチといえど――」
と、そこまで言った瞬間、十字架が大爆発を起こした。ヴァーンが驚きに言葉を止めたのは、自身の技にこんな大爆発する演出など無かったからだった。
それはつまり、別の力が加えられた事を意味する。同時に最悪の想像が過る。もしかして破られてしまったのではないかと……。
『ふむ。なかなかに良い光だったぞ、神官。おかげで我が身体も綺麗に浄化された』
死者の王の声が響く。爆発の中から姿を現した彼の姿は、何故か神々しい程の輝きを放っていた。
くすんだ色だった骨格はまるで納入されたばかりの骨格標本の如き美しさに。ボロボロだった衣類も今まさに新品を買ったばかりのようになっている。
最初に登場した時よりも活力あふれた姿に変化したのを見た一同は、一瞬だけ神聖なものでも目にしたかのように瞳を輝かせた。
しかし、対象がリッチだった事を思い返し、首をブンブンと横に振って先程の感覚を忘れようとする。
「ど、どうなっている……。アンデッドと言えば邪悪な気で動く存在、光こそが弱点であるハズ!?」
『我は少々ばかり特殊なのでな。残念ながら、一筋縄ではいかぬぞ?』
そう言うと、王はヴァーンの足元と頭上に魔法陣を展開し、円柱状の光の柱を形成して閉じ込める。
「ば、馬鹿な……。これは光の結界術! しかも、相当に強力な……き、貴様は一体何も――」
ヴァーンが何かを言い終わる前に、円柱の中が高濃度の光で満たされ、その場に居合わせた一同はあまりの眩しさに目を開けていられなくなった。
発光が終わりしばらくした後、目を開いた一同が見たのは、その場に倒れ伏したヴァーンの姿だった。
『まずは一人。次は誰が掛かってくるのかね? それとも、我が相手では恐ろしいか? ならば――』
指をパチンと鳴らすと、王の足元に黒い空間の穴が開き、そこから二人の男女が姿を現した。
一人は軽装鎧を纏った少年、もう一人は黒色のゴシックドレスを纏った少女。二人共、見た目は人間そのものだ。
ただ、何処か虚ろな目をしており、そこに彼ら自身の意志があるのかどうかは見ただけでは分からない。
『――我が眷属がお相手する事としよう。少年少女ならば、君達もやりやすいだろう』
「だったら次は俺が相手をする! せっかくアロガント様に認められたんだ、ここでみっともねぇ所は見せられん!」
アロガントと似た様な銀色の鎧を見に纏った大男が一歩前に出てくる。
背中に大剣を背負い、アロガントに負けず劣らずの筋骨隆々ぶりを見せつけるその男は、如何にもパワーで押すタイプを思わせる。
『おぅカーエン! 前大会優勝者にして、第四騎士団期待の新入りとしてその力を見せつけてやれ!』
「了解です! カーエン・フント、必ずや期待に応えて見せるっ!!」
アロガントの発破を受け、カーエンが巨体に似合わぬ俊敏さで駆け出し、背負っていた大剣を抜き放ちつつ王に迫る。
しかし、そこへ王が召喚した少年が立ちはだかる。何か仕掛けてくるのかと思いきや、ただ仁王立ちするのみ。
「はっ、身を挺して主をかばうという事か……。眷族を使い捨てるとは、何とも非情な主だなぁ!」
カーエンは構わず大剣を振りぬく。その圧倒的なパワーが示すかのように、少年の身体はいともたやすく両断されてしまう。
崩れ落ちる少年を尻目に、カーエンはリッチに向き直り剣を構える。
「次こそはお前だ! 覚悟しろリッチ!」
『馬鹿野郎が! アンデッド相手に油断するんじゃねぇ!』
アロガントの怒号が飛ぶのと、カーエンの頭が弾け飛ぶのはほぼ同時だった。
いつの間にか起き上がっていた少年が、不思議な武器を用いてカーエンの頭を狙撃したのだ。
その身体は何事も無かったかのように再生されており、ダメージを受けた様子もない。
「ロートさん、どうなっているんですか……?」
「死者の王たるリッチの眷属と言うくらいだ。その不死性たるや並々のものではないのだろう」
そもそもアンデッドは『既に死んだ存在』が瘴気などの邪悪な力によって動いているものだとされている。
故に、いくら身体を傷つけようとも、その体を動かしている根本たる力を絶たない限りは決してその動きを止める事は無い。
「君も見ていただろうが、あのリッチが出現した時は粉末の状態からあの姿へと変貌していた。つまり、粉状になるまで砕いても元に戻れるという事だ」
「そんな……。じゃあどうやって倒せばいいんですか、あんなの……」
「その手段の一つが、先程ヴァーンという神官が使っていた光だ。光でアンデッドを動かす根本たる邪悪な力を消す、それが最もポピュラーな討伐手段とされている。しかし、その最も王道たる方法が全く通じなかったどころか、かえって力を与えてしまったように見える」
常識が通じない事ほど恐ろしい事は無い。アンデッド討伐において光を用いる方法は、確実に滅する事が出来る数少ない方法だったのだ。
それが通用しないとなると、相手を動けないレベルにまで追い詰めた上で、厳重に封印を施すくらいしか道が無い。
しかし相手はリッチ。個体自体が強力であるため、まず相手を動けない状態にまで追い詰める事が至難であり、封印の術も非常にハイレベルなものが要求される。
「えぇーい! ならばこの私、天才魔術師のシュバッハが炎の魔術で焼き尽くしてくれよう!」
暗い雰囲気を打ち払うようにして前に出たのは、ローブを身にまとった魔術師の男だった。
余程炎の魔術に自信があるのか、攻撃を仕掛ける前に手段を宣言してしまっている。
「この大気に渦巻く炎の源よ、我の下に集いたまえ。そして、我が魔力を得て敵を屠る一本の槍と成れ――ファイアジャベリン!」
詠唱と共に生み出された炎の槍がシュバッハの傍らに生み出されるが、今度は少女の方がリッチを守るようにして立ち塞がった。
「アンデッドの眷族にされてしまうとは哀れな少女だ……。せめて、我が炎で弔ってやろう!」
容赦なく投擲される炎の槍。尾を引くその槍の長さは数メートルに達し、勢いのままに一直線に少女を撃ち貫――けなかった。
炎の槍が少女の眼前にまで迫った時、何かに阻まれるように霧散して消えてしまったのだ。
『ふむ。どうやらお主の魔術では、眷属の身体を覆う魔力の層すら打ち破れないようだな……』
力と力がぶつかる時、当然ながら強い力の方が弱い力を打ち破る事になる。
今回の場合、シュバッハの炎の槍に込められた魔力より、少女が無意識に纏っている魔力の方が高かっただけの話だ。
「そんな、そんな馬鹿な事が……」
『諦める事だ。どれ、格の違いを見せつけてやるがいい』
王が指示を出すと、少女が指先にほんの爪程の小さな炎を灯した。
(……やばい!)
それを見た瞬間、本能的に危機を察したロートは横に居たノイリーと倒れていたヴァーンを抱えて武舞台から飛び降りた。
少女が手首をスナップさせて炎の弾を解き放ったのは、まさにそれと同じタイミングの事だった。
・・・・・
俺は今日この時ほど自分自身の経験と勘に感謝した事は無いだろう……。
少女が解き放った炎の弾は、着弾と同時に会場を激しく揺らす大爆発を起こし、その場に立っていられない程の凄まじい爆風を巻き起こした。
ノイリーとヴァーンを押さえつけるようにして地へ伏せさせつつ、俺も闘気で障壁を形成して衝撃をやり過ごす。
(くっ、眷属でこれほどの使い手となると……あのリッチ、AランクどころかSランク級だな。まずいぞ……)
やがて余波が収まり、会場の大半を覆い隠してしまっていた煙が晴れると、そこには信じがたい光景が広がっていた。
着弾した場所から先が消し飛んでいる……。正確には、放射状に武舞台から先の観客席、そして、闘技場を抜けた先の町までもが無残に破壊されている。
あんな小さな炎の弾に、一体どれだけの凄まじい魔力が込められていたというんだ……。これだけで、一体どれだけの者が犠牲になった?
眷族の少女は相変わらずの虚ろな表情で、そこに自分の意思があるのかどうかも分からない。あの攻撃にどれ程の労力を割いたのかも読み取れない。
もしあんなのを気軽に連発できる程の力の持ち主だったら、正直言ってここに居る誰しもが手も足も出ないぞ。おそらくは、あのアロガントという男でも無理だろう。
目線をその男の方へ向けると、この惨状に対して完全に唖然としてしまっていて話にならない。所詮は第四騎士団長、十ある騎士団の一つをまとめるだけの器か。
「「「「「う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」」」
直後、会場全体に人々の怒号が響き始める。観客席にまで及ぶ被害が出て、初めて自分達の命が脅かされる事態だと気が付いたらしい。
今の今まで、この展開は運営が用意したサプライズイベントか何かだと思っていたのだろうか。何と言う呑気な……。
大会開始前に、アロガントが『魔導師が結界を張っているから観客席には被害が及ばない』と豪語していたのも原因だろうな。
何が起きようとも問題ないと高をくくっていた訳だ。しかし、結果はご覧の通り。帝国の魔導師程度ではどうしようもない相手だったと。
『そこの冒険者。お主はなかなかに良い筋をしているようだ。よくぞこの危機を脱した』
「シュバッハという男が使った魔術は決して弱いものでは無かった。それを掻き消す程の魔力を放つ者が使う攻撃など、警戒して当然だろう」
『その当然が出来ない者も居るのだ。充分に誇っていい。で、お主はどうする? かかってくるかね?』
「やめておく。さすがに実力差くらい理解できる。それに、俺は正義の味方でも何でもない……ただの冒険者だ。命を懸けるべきはここではない」
『勇気とは猪突猛進の事ではない。時には退く事こそが勇気となる場合もある。やはり、お主は優れた冒険者だな』
そう言って、リッチは俺に背を向けて歩き出す。ふふ、ただの臆病者をえらく買ってくれたものだな……。
今までの言動からして、邪魔さえしなければ無理に排除はされないだろうと思っていたが、どうやら当たっていたようだ。
情けない話だが、俺はまだこんな所で終わりたくはない。生き延びるためならば、泥水だって啜ってやるともさ。




