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347:小細工より高火力

「先生……必ず元に戻します。待っていてください」


 エレナはアンティナートを開放し、現在使えるだけの法力を自身の中へ取り込んでいく。

 法力は身体強化における変換効率が最も悪い力で、それこそ闘気を一消費して能力を一上げられるとすれば、法力は百消費して一上げるようなもの。


(……それならば、その分沢山の法力を使えば良いだけの話です!)


 だからこそ、エレナは単純な答えに行きついた。そして、彼女にはそれを実現するだけの力がある。

 並の神官であれば持てる法力を使い切っても雀の涙ほどの身体強化しか出来ないが、エレナは規格外の神官だ。

 石畳の床をダンッと踏みしめるだけで崩壊し、駈け出せば一瞬にして大司教の眼前にまで迫る。


 しかし、大司教は全身から黒い気を解き放ち、気がバリアのようにエレナが伸ばした右手を払い除ける。

 直後、大司教の腕が恐ろしく肥大化し、まるでゴリラを思わせる異常なまでに筋肉質な巨腕と化す。

 頭上で手を組み、そのままハンマーのように叩き付けると、姿勢を崩されていたエレナはそのまま地面へと叩き付けられる。


 地面に叩き付けられたエレナに追い打ちをするかのように、そのまま腕を振り下ろし、地面に倒れているエレナの背へ拳を叩き込む。

 破壊音と共に大聖堂全体を大きく揺らし、床が広くクレーター状に陥没。その中心に倒れ伏すのは、当然ながらエレナだった。


「エレナ!? くっ、さすがは聖騎士。正気を失っているとはいえ厄介ですね……」


 レミアはシルヴァリアスを纏えば規格外の力を発揮できるが、それをすれば相手をしている者達が一瞬で死ぬ。

 命が失われるだけならばまだ良いが、五体満足の状態で残らない可能性すらある。そのため、今は素の力で相手取っていた。

 彼女が相手取るのは一般参加者ではなく、聖職者達だ。特に聖騎士は自身と同じく近接戦闘に長けている。


 大聖堂を守護するだけあって、その実力は並の兵士とは一線を画す。一人一人が兵団を率いる事が出来る程の能力を持つ。

 レミアもシルヴァリアスに頼らない素の実力でツェントラールの副騎士団長を務める程度の実力はあるため、幸いにも劣勢どころか優勢ですらある。

 しかし、優勢であるが故の問題もある。実戦の日々を生きてきた影響で、打ち込める隙を見つけるとつい打ち込んでしまうのだ。


「……加減をしながら戦うのは難しいものです」


 胴を斬り裂かれる聖騎士。その場に倒れ伏すが、間もなく黒いモヤが聖騎士の身体を包み、身体を修復して起き上がらせる。

 修復出来る程度の損傷であればいいが、もし身体を両断してしまうなどしてしまえば、操られている間は良いものの支配を脱した時には死んでしまう。

 だからこそ、動きを止めるためには損傷させなければならないが、黒いモヤが傷を再生出来る程度の損傷に止めておく事も必要となる。


「外的な力で動かしていますから、普通の人間なら動くのも困難になるような損傷も効果が薄いですね」


 レミアの背を守るように立つのはセリン。短剣――と言うか、果物ナイフを二丁構えている。

 彼女はそれで襲い来る相手の腱を切断するなどして動きを鈍くしているが、操り人形となっている身には影響が薄い。

 例え激しい痛みがあろうが、操る側には関係ないし、操られる側も意識が無いため痛みに苦しむ事もない。


「そもそも動きを止める必要なんて無いじゃないか。時間稼ぎが出来れば良いのだろう?」


 リチェルカーレはドーム状の障壁を展開しており、そこへ幾人もの人々が群がって来ているが、全く障壁は揺らがない。

 相手を自分に引き付けて時間を稼ぐという点ではこの上なくベストな方法である。何せ相手を傷付ける事もなく、自分が傷付く事もないのだ。だが――


「そんな事が出来るのは貴方だけです。私は常に相手し続けるのも疲れるから、相手を動けなくして少しずつ休みながらやってるんです」


 ハルは合間合間で汗を拭いながら、そう愚痴る。彼女は相手が再び動き出すまでのわずかな合間で回復を図っているのだ。

 それは他の仲間達も同様だった。全力で相手を叩き潰すのと比べ、気遣わなければならない方が精神的にも体力的にも負担が大きかった。

 回復において肝心要となるエレナは大司教と戦っており、しかも強烈な攻撃を受けて倒れてしまっている――


「先生、貴方……大司教ですよね。何ですかその戦い方。脳筋そのものじゃないですか」


 ――と思いきや、エレナは何事もなく起き上がってきた。首をコキコキ鳴らしながら、身体に付いた埃を掃う。

 神官衣装はボロボロになっており、露出した肌にも掠り傷や砂埃が付いているが、致命的な損傷は一つとして存在しない。

 法力による身体強化で耐久力も向上させていたが故の事である。戦闘時における身体強化が如何に必須かを物語る。


 彼女の周りに生じたクレーターの規模を考えると、その身を如何ほどの衝撃が打ち貫いたのかは想像に難くない。

 それほどの衝撃をほぼノーダメージに抑えるレベルの身体強化は、変換効率が最も良い闘気で行ったとしても相当量の力が必要となる。

 当然の事ながら、法力でそれを実現するには馬鹿げた量の力が必要だ。そして、その力の奔流に耐えられるだけの器も……。


(いやいやいや、脳筋そのものはエレナもだろ。己の肉体で戦う事に神官らしさを感じないぞ!)


 神官と言えば、後方に控えて仲間の回復やサポートに徹しているのが竜一の中で抱く普通の神官のイメージだ。

 攻撃するにしても光でアンデッドを浄化したりするだけで、直接武器で攻撃したり、ましてや拳足で戦うイメージなど無かった。

 だが、アンティナートを使用し始めてからのエレナは、溢れる法力を頼りに肉弾戦を主体とするようになってしまった。


(……だが、それもいいんだよな。清楚な神官が衣装とか気にせず大胆に暴れまわる姿と言うのもたまらん)


 竜一の中のおじさんが顔を出す。だが、何度でも蘇ってくる相手に時間稼ぎをしているためエレナの様子を見続ける訳にもいかない。

 後で何とか様子を見る方法が無いかミネルヴァに相談してみようと考える竜一だったが、そう思った直後に返事が来た。


(後で見る事は可能です。私はこの世界の全てを記録していますから、好きな場面をお見せする事が出来ますよ)

(全てを記録……)

(ふふ、ご想像にお任せしますよ)


 竜一はこの件を深く言及するのは止めようと誓った。


 ◆


 あれだけの攻撃を受けて、大した痛みはない。我ながら馬鹿げた身体能力強化だと思います。

 おそらくリューイチさんには「神官らしくない」とか思われてるかもしれませんが、神官らしさって何でしょうか。

 周りの皆様のサポートが出来る事? 高度な回復術が使える事? それとも、アンデッドを祓える事?


 ……えぇ、大丈夫ですね。私はどれも高水準で出来ますし、間違いなく神官らしい神官です。


 わかってます。もちろん分かっていますとも。こうして肉弾戦を主体でやってるのが「らしくない」と思われている事くらい。

 でも仕方がないじゃないですか。変に小細工を弄するよりも、高火力でぶっ飛ばすのが一番手っ取り早いんですから。

 特に今回は向こうだって邪悪な気で身体強化全振りなんですから、それ以上の力で抑え込むのは決して間違っていないと思います。


 私がピンピンしている事を察したのか、先生は先程腕に行っていた筋力強化を全身に施しました。

 そのせいで元の姿からは想像も付かない怪物と化しています。オーガすら上回る巨体、大木のような圧倒的筋量。

 身体の肥大化によって衣服が千切れ飛びましたが、大事な部分は黒いモヤに包まれているのが救いですね。

 

 ここからが本番。皆さんが時間を稼いでくれている間にカタを付けなくては。

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