343:時には後退もする
俺達は今、王都にある庭園のオープンカフェでまったりスイーツタイム中だった。
広々とした自然公園の中に用意されたカフェスペースは、王都という都市の中にあって自然の只中である事を感じさせる貴重な場所だった。
「はぁ~。何というかまったりとした時間だな……。この落ち着ける感じ、いいねぇ」
ちなみに、ここへやってくる前に色々と博物館を見て回った。
当然の事ながら、その素晴らしい展示物の数々に俺が感動を覚えたのは言うまでもない。
だが、そこには現地人には感じられて異邦人には感じられない『穴』があった。
それは『ル・マリオンにおける歴史』を知らないが故に、展示物の歴史に浸る事が出来ないという事だった。
いついつの時代の何々と言われても、俺はその時代の事を全く知らないから「これがあの時代の!?」的な驚きは無い。
だから俺の覚えた感動というのは、単純に『まだ見た事がなかった異世界の物』だからに過ぎない。
同じく異邦人だったハルも俺と同じ部分に行きついたようで、感動しつつ困惑するとういう状態を自身でも不思議がっていたな。
偉人の名を冠したという名誉ある賞に関しても、その偉人の事自体が良く分からないし、数々の賞も物によっては何がどう凄いのかわからない。
そこに展示されている概要を読めば内容自体は把握できるが、歴史と同じくこの世界の『以前』を知らないから、浸るにはちょっと弱い。
「ふむ、なるほど。これは複数の果実が上手く調和していますね……。酔わない程度のアルコールも感じられる……」
各々スイーツを楽しむ中、セリンは自身のレパートリーに加えるためか、レシピを分析しながら口に運んでいた。
言わずもがなセリンの料理の腕は卓越している。ここで学んだ料理は後々さらにパワーアップして提供される事になるだろう。
「美味しくて手が止まらないです! 精霊さんも食べられるスイーツがあったらいいのに……」
『案ずるな。感覚を共有していれば、主の言う『すいーつ』とやらがどんな物なのか、良く伝わってくるぞ』
ビュッフェ形式だからなのか、女性陣は皆次々と食べたい物を取って来ては口に運んでいる。
スイーツに関しては胃袋が無限にでもなる仕様なのか、小食そうなイメージのルーもかなり沢山食べている。
一方の俺は総菜パンや野菜サンドなど、スイーツ以外を主体に食す。甘い物はたくさん食えん……。
「竜一さんはあまりスイーツ食べないのね……。おじさんみたいな食事ね」
……実際、中身はおじさんだしなぁ。
・・・・・
「はい、と言う訳でここが目的地のゼッテルヴァルだ」
俺達は庭園での食事を終えた後、いとも容易く空間転移で目的地までやってきていた。
旅の進行ルートは原則空間転移を使わずにじっくり進む予定だが、大聖堂のある場所はルート的には『後退』となる。
そのため、目的を果たすのを第一と考え行程を省略。リチェルカーレによって運ばれたという訳だ。
「ゼッテルヴァルは通称『学業の都市』と言われていて、世界的に有名で巨大な学院があるんですよ。何と、都市の人口の半数近くが学院の職員や生徒だと言われているんです」
レミアの話によると、この都市の大学――ゼッテルヴァル学院ではありとあらゆる分野の学問を取り扱っているという。
法学、社会、人文、神学、経済、経営、工学、理学、医学、芸術……まさに、地球における大学のような幅広さだ。
他にも、魔導専門に特化したローゼステリア魔導学院には劣るものの、魔導方面もなかなかの規模とレベルであるらしい。
「こっちの世界も都市部は学問が充実してるのね。私が召喚されたタシュエヴの辺りは、教育すら受けられない子供達が少なからず居たわよ」
いわゆる発展途上国と言うやつだな。ただ、この世界は地球以上に貧富の差が激しい。
俺はタシュエヴを知らないが、自分が見てきた中では特にダーテ王国が貴族と平民に大きな差があったな。
もはや扱いが奴隷みたいなものだったからな。辺境は間違いなく教育機関なんてものはなかっただろう。
「基本、都市部の学院に通えるような生徒は富豪の家庭である事が多いです。故に、ミネルヴァ聖教側から見れば良い獲物と言う訳ですね」
「そうやって教団が外部からお金を収集する事に注力しているから、地元民が蔑ろにされてしまっているんですよ」
金を集めたい教団からすれば、そりゃあ沢山の金を持っているような外部層に向けて強いアピールをするわな。
故に、人並みの暮らしをしているような地元民には見向きもしない。何かして欲しければ金を積めと言わんばかりの状況らしい。
そんな欲にまみれた教団、エレナでなくても潰したくなる気持ちは良く分かる。宗教は弱き者達の味方であるべきだろう。
「そこで朗報だ。何とも都合の良い事に、ちょうど今日のもう少し後くらいにに大聖堂で祭儀が行われる予定なんだ」
祭儀――キリスト教で言うミサみたいなものか。宗教なんだから、当然そう言ったものが執り行われるわな。
「その祭儀と言うのは誰でも参加可能なのか? 信者以外お断りとかじゃないよな」
「信者で無くても参加可能さ。ただ、お断りなのは貧乏人だ。参加するには少なくない額の『寄付』が必要となる」
「金の亡者らしい参加条件だな。それでもなお、沢山の人が集まって来てしまうんだろうな……」
宗教の中でも、特に組織的詐欺に分類されるような悪質なものには恐ろしい程の依存性がある。一度沼にはまってしまったら、抜け出すのは至難の業と言っていいだろう。
例え己の身が破滅する程の財産を失ったとしても、当人はその先で失った財産以上に多くの『何か』が得られると信じて疑わない。
ましてやこの世界は地球とは異なり魔術や法術などの概念がある。実際に『奇跡』を起こす事も出来てしまう。
「寄付はあくまでも参加者のお気持ちです。寄付しなければ参加を許されないなど、あってはならない事です」
「行く価値も無さそうなイベントね。そもそも、そんな教団に払う金なんてビタ一文も無いわ」
憤るハル。被災地への寄付とか恵まれない人達への寄付ならともかく、欲にまみれた俗物を肥やすための金なんざ支払いたくはない。
その気持ちは俺も同様だ。しかし、リチェルカーレがこのタイミングでわざわざその話を振ってくると言う事は――
「……ヘルゴ大司教も参加するよ」
「!?」
エレナが目を見開く。やはり、彼女にとって『大司教』の称号を持つ神官の事は無視できないようだ。
「何せ『大聖堂』と呼ばれる程の場所だからねぇ。近隣一帯の関連施設を統括している都合上、それを仕切る位の高い神官が居るのは必然だ」
「えらく驚いているようだが、どうしたんだ? 元教皇の娘だから、てっきりその大司教の事も知っていると思ったんだが」
「いえ、確かにヘルゴ大司教は幼少期に接した事もある人物なのですが……。私が知る限りでは、大司教はかなりの人格者だったんです」
「人格者……か。なるほど、そんな人物が金の亡者になっている教団の大聖堂を取り仕切ってるとなると、一体何があったのかは気になる所だな」
良くも悪くも宗教は人を変える。それが洗脳によるものなのか、身内や環境を盾にした脅迫によるものなのか、要因は様々だ。
状況によっては、もはや手の施しようもないくらい酷い状況に陥っている可能性もある。そういうケースだった場合、エレナはどうするんだろうな。
そして、例え第三者的には悪しき存在であっても、それに依存する者達からすれば『俺達という悪に善なる存在を討たれる』構図になる。
俺自身は俺のやりたいようにやるだけだから、行動の結果が例え悪と糾弾されようとも正直そんなのは知った事ではない。
しかし、エレナは『人々を救う神官』である事を貫いている。悪に対しての容赦の無さは見せているが、自身が悪になる覚悟はあるのだろうか。
あるいは、ファーミンで八柱教の信者を取り込んでしまった時のように、自身が新たな正義となって導く事になるのだろうか。
……まぁ、どっちに転ぼうが間違いなく本格的にミネルヴァ聖教と事を構える事にはなるだろうな。




