340:管理外世界
ゴゴゴゴゴ……と世界そのものが揺れる程の震動と共に、一つの島が海へと沈んでいく。
その島はまるで核爆弾でも落とされたかのような爆発を起こしており、空には火山噴火の如き煙が立ち上っている。
終末の如き光景を空中から見守るのは、腕組みした状態でニヤニヤしているリチェルカーレだった。
「やれやれ。こうして『管理外世界』を潰すのはこれでいくつ目だろうね……」
管理外世界。それは言葉が示す通り、精霊姫ミネルヴァの管理が及んでいない世界の事だ。
リチェルカーレは、ミネルヴァの指示で前々から密かにこういった『管理外世界を消す』という仕事を担う存在の一人だった。
彼女の言葉が示すように、既に複数の世界を丸々消しており、今回の仕事も手慣れた感じでサクッと進めている最中だ。
「にしても、恐ろしいものだねぇ。『命の種』の暴走と言うのは」
命の種とは、精霊姫ミネルヴァが誕生した時から持たされていたという『命』を世に生み出すための物。
ミネルヴァが管理する世界ル・マリオンに息づく数多の命達も、一番最初――原初の生命体はその命の種によって誕生した。
そんな命の種だが、適切に管理されないと生命の進化が暴走し、宇宙の彼方に居るような怪物に行きついてしまう。
しかし、暴走にはもう一つの形がある。それが『次々と世界そのものを生み出してしまう』という途轍もないものだった。
世界を生み出し、その世界に渦巻く力が形を成して疑似的な生命体のようなものが生まれ、それが徐々に数を増やし力を増していく。
その際、他の世界からもエネルギーを奪っていくため、放置するとル・マリオンも維持するための力も奪われていってしまう。
だからこそ、暴走で生まれた管理外世界はその都度消去していく必要があった。
その手順の一つとして、まずは管理外世界を完膚なきまでに滅ぼして、ただ単に『力が渦巻くだけの世界』に戻してしまう。
さすがにリチェルカーレでは『世界そのものを消す事』までは出来ないため、最後はミネルヴァの仕事だ。
力が渦巻くだけの形無い状態にまで戻してしまえば、ミネルヴァがその力を『自身の命の種』へと吸収させる形で回収する。
そうする事でル・マリオンを維持するためのエネルギーを増やしつつ、命の種の暴走を抑える事が出来る。
宇宙の怪物を生み出している命の種があるように、命の種は一つではない。この『世界を生み出す』形で暴走している命の種も別に存在した。
その命の種の持ち主とは――邪神。ミネルヴァ自身も語っていたように、邪神もまた彼女と『同種』の存在である。
となれば、当然同じように命の種を持っている。そして、邪神は管理されない事で暴走した宇宙の命の種とは異なり、意図的に暴走させている。
故に同じ暴走と言う現象でありながら発現する形が異なっている。そして、この発現は何かしら邪神の意図があっての事だという。
「……ま、その辺はアタシの関知する所じゃないね。それより、レミアの方だ」
今回、リチェルカーレは消去する管理世界のうち一つをレミアに『修行場』として貸し出しをしていた。
本来この仕事は賢者ローゼステリアとその弟子達にのみ任されているものであるため、リチェルカーレのしている事はルール違反である。
しかし、リチェルカーレの功績に免じて、そしてレミアが神の作りし『ギフト』を有する存在である事を考慮し、黙認されている。
「ミネルヴァ様が作った『シルヴァリアス』も一緒だから、簡単な説明はしてくれてるだろうけど、果たしてあの子に割り切れるかな……?」
そうつぶやきながらリチェルカーレはクルリと回転しつつ、人差し指から魔術砲撃を放った。
円を描くように放たれたその攻撃が、周囲の空から迫っている疑似生命体の群れを薙ぎ払っていく。
だが、空の色が真っ黒に染まるくらい大量に居るため、一周した程度では完全に消せない。
「いいねいいね。色々試すには良い機会だ。それっ」
両手に沢山の魔力を込めて砲撃すれば、眼下に広がる海を世界の彼方まで大きく抉りつつ、群れに大穴を開けた。
海面に巨大な魔力球を叩き込めば、それは底の見えない大穴を生み出し、海の水を果てしないそこへと引き込んでいく。
一撃一撃が軽く地形を変える程の攻撃を容赦なく叩き込む事が出来るのは、消去前提の世界ならではだろう。
そして、かつてエリーティで披露していた魔力銃を召喚。正面に構えてこれでもかと言うくらい連射してみせる。
空を埋め尽くす程の魔力砲撃は、同じく空を埋め尽くす程の敵を次々と消し飛ばしていく。だが、それでもまだまだ止まらない。
エリーティの時は被害を考慮して抑えめにしていたが、ここでは満足いくまで撃ち続ける事が出来る。
「……ミトラ・リャ・トリーチェ。これはさすがにル・マリオンでは全力で使えないねぇ」
あくまでもエリーティで行使した時は試し打ち。自身で作った銃の性能を試しただけに過ぎない。
後先を考えずに無尽蔵とも言える己の魔力をフルに投入すれば、世界を丸々一つ消し飛ばす程の馬鹿げた超連撃が可能。
それだけの砲撃を放っても、彼女が作り出した魔力銃は全く傷んですらいない。極めて頑丈に作られていた。
「さて、そろそろ良いかな。どうだろう、ミネルヴァ様」
『綺麗サッパリですね。ここまでして頂ければ、命の種に力を還す事が可能です。おつかれさまでした』
リチェルカーレのつぶやきに対し、彼女の脳内へ語りかけるようにミネルヴァが反応する。
力を還すとの言葉通り、破壊し尽くされた世界の残骸が淡く光り輝くと共に、徐々に分解されて消失していく。
やがて空も同じように分解されて消失し、最終的には一面が真っ白の世界が残される事となった。
「相変わらず不思議なもんだ。この世界は全てが分解されて無となったはずなのに、白と言う色が残るなんてね」
『それは無意識のうちに貴方の脳が補完しているだけですよ。人は『透明』を想像できません。想像しようとしても、その果てに必ず何かしらの色が見えるはずです』
「ふふ、それもいつか知りたい事の一つだね。人が想像できない透明……面白そうじゃないか」
『その尽きぬ好奇心がある限り、貴方は永遠を約束されたも同然ですね』
真っ白な世界――それは竜一が召喚されて初めて訪れる事になった場所とほぼ同一の空間である。
厳密には無ではなく、ただ純粋な『命の力』のみが渦巻く空間だ。上も下も無く、水の中を漂っているかのような不思議な感覚に陥ってしまう。
それでいて生物は普通に呼吸も出来るため、先程までは魔術で空に浮いていたリチェルカーレも既に術を解いている。
『それでは、いつものお約束通りこの世界の残滓も、貴方の『力の源の一つ』としてお使い頂いて結構です』
「ありがたく頂戴するよ。母様の弟子はみんな『コレ』を持ってるのが常識みたいなものだからね。数が増えて困る事はない」
リチェルカーレ達が『管理外世界』の消去に駆り出される際に与えられる報酬の一つが、コレだった。
管理外世界が消去された後に残ったこの世界の残滓――つまり命の源たる力が漂う空間そのもの。人々が使う力の源泉とも言える場所である。
先程は命の種に力を還したのだが、それはあくまでもこの世界で命を形作っていた分のみ。世界そのものを構成していた分は残っている。
優れた使い手は世界そのものから力を取り込む事が出来るが、こうした管理外世界からも同様に力を取り込める。
ル・マリオンは既に世界や生命が存在し、そこに力が使われているため、使い手が取り込める力は外へ漏れ出ているだけの微々たるものでしかない。
しかし、消去された管理外世界は何にも使われていない『力』そのものが凝縮されている。当然の事ながら、取り込める力の質と強さは比較にならない。
故に、こうした世界の残滓を個人で所有できる事が叶った時点で、その者は常識という型枠から大きく外れた超巨大な力を手に入れる事となる。
リチェルカーレは既にいくつもコレを有している。彼女以外の同胞達――賢者ローゼステリア及びその弟子達も、多かれ少なかれコレを有している。
ル・マリオンにおいて、既に人間を止めているレベルの圧倒的な領域に達している者達の大半の力のカラクリはここにあった。
超越者達は決まって力を求めたがる。故に、力を報酬として釣るのは理に適っていると言えよう。
ミネルヴァとしても命の種が最悪な形で暴走しなければ良く、ある程度ル・マリオン維持のエネルギーを得つつ、残りは他人に与えても問題はない。
これらの事は、ル・マリオンにおいては未だ知る者が非常に少ない事柄である。それは、刑部竜一であっても例外ではない……。




