339:レミアの修行
(今思えば、あの頃の私達は慢心していたのでしょうね……)
元・ツェントラール騎士団副団長にして、それ以前は冒険者だったレミア。
その冒険者時代は『さすらいの風』と呼ばれる冒険者パーティに所属しており、世界的な活躍をしていた。
ランクはS。五人と少数精鋭ながら、個々が一騎当千を誇る最強クラスのパーティだった。
そんな五人が最強クラスに至ったのには、とある一つの契機があった。
とある冒険の際に発見した『ギフト』と呼ばれる幻の秘宝。神が作りし物と称され、物自体が意志を持ち使い手を選ぶ。
運が良かったのか、あるいは運命だったのか、さすらいの風のリーダーがそれに選ばれる事となった。
ゴルドリオン――金色に輝く武装。まばゆいばかりの黄金の光が、着装者に次元の違うほどの力を与えてくれる。
しかし、それを使いこなせるのはゴルドリオン自身が選ぶ、体力的にも精神的にも熟達した者のみ。
リーダーは見事にその条件を満たしており、過剰な力にも振り回される事なく、またその使い道を誤る事も無かった。
一行にとって幸運だったのは、ゴルドリオンには他の同族を探知する機能が備わっていた事だ。
それによって同等のギフトを探し出す事が出来た。そして、仲間達が次々とそのギフトの使い手に選ばれていく。
当然の事ながら、レミアも例外なくギフト――シルヴァリアスに選ばれる事となった。
以降は世界を股にかけた大活躍を果たし、派手な武装の五人組は抜群の知名度を得て世間の知る所となった。
ただ、基本的に戦う姿が全身鎧であるため皆がその姿で認識しており、彼ら自身も冒険者として活動する際は全身鎧姿を貫いた。
故に彼らは『ギフト』の名前がそのまま彼らの名前として認識される事になり、素顔では誰も正体に気付かなくなった。
(私達は無敵だ。私達なら魔族にだって立ち向かえる……そう、思っていた)
しかし、彼らは壊滅する事になる。三人が死亡し、レミアともう一人、パーティの中で最も若手だった少年が重傷を追いながらも敗走。
人間達にとって怨敵であり恐怖の象徴でもある魔族を幾度も倒してきた彼らが、五人がかりですら一蹴されてしまう程の存在。
後にその存在こそが魔界で文明を築き生活する『真の魔族』であり、今まで魔族だと思っていたものが『魔物』という、魔界の野生生物のようなものと知って戦慄する。
加えて人間界と魔界を隔てる空間の狭間には結界が張ってあり、その結界は強大な魔族を阻む役割を果たしていた。
しかし、勢力争いに破れ力を消耗した魔族であれば通る事が出来る場合もあり、そう言った者が狭間を抜けてル・マリオンに流れ着く。
つまり『さすらいの風』が完膚なきまでに叩きのめされた相手は、命からがら魔界から逃げてきた満身創痍の状態だった。
(そんな相手に、五人がかりで屈したと……言うのですか)
リチェルカーレから話を聞かされた時にも感じた事だが、その事実はレミアをどん底に叩き落とす程のものだった。
正体不明の謎の敵に壊滅させられたという時点で既に心がへし折れていたというのに、その敵のコンディションまで知らされた。。
これが屈辱で無くて何だというのか。エリーティでの一件を経て立ち直った直後だと言うのに、また折れそうになった
(でも、今は違う……っ!)
レミアが全力で剣を横薙ぎに振るうと、剣の先から光の筋が放たれ、それが彼方より迫りくる怪物の集団をまとめて両断していく。
現在、彼女は果てしなく広い荒野に一人身を置き、その身にシルヴァリアスを纏って大量の怪物を相手に戦っていた。
その数は数百数千では利かない。万単位の敵が四方八方の地平線の彼方――さらには空から地上からレミア一人めがけて襲ってくる。
膨大な闘気の放出で、彼方まで地面を削り谷が作られる程の一撃を放てば、それだけで数千の敵が消し飛ぶ。
しかし、間も無くその穴を埋めてしまうほどの敵が出現する。そのため、そういった直線攻撃よりも範囲攻撃の方が有効だった。
先程やったように、剣を横薙ぎに振るい円周状に闘気の刃を放つ事により、全方位の敵を一時的に消滅に追い込めていた。
(尽きる事の無い敵、明らかにル・マリオンとは異なる場所……。リチェルカーレ殿が用意してくれたこの『修行場』は、一体何なのだ……?)
レミアはシルヴァリアスを着用した状態で力を振るえば、周りに少なからず損害を与える程の大きな破壊を生み出してしまう事を理解していた。
だからこそ、そんな彼女が全力で修行できる場所が無いかリチェルカーレに相談した所、ここへ連れて来られたという経緯があった。
リチェルカーレは「戻りたい時はそれを使うといい」と、小さなベルのような道具を渡したかと思うと、早々に空間転移で消えてしまった。
来る時も空間転移で連れて来られていたので、レミアには『この世界』が一体何なのか全く分からなかった。
ル・マリオンではまず見られない程のだだっ広い荒野と言う時点で、既にここは異世界の一つである事は察している。
空も紫色のガスのようなものに満ちており、にもかかわらずあまり暗さを感じない不思議な空間。
(シルヴァリアスは心当たりがありますか?)
『おそらくだけど、これは『管理外世界』の一つじゃないかな』
(管理外世界……? 初めて聞く言葉ですね)
『私も詳しくは知らないんだけど、意図して生み出された『世界』以外にも、自然発生する『世界』もあるんだって』
(世界が……。つまり、私たちが暮らしているような所が、自然に生まれる事もあると……)
『でも、そうして生まれた世界は、私達が暮らしている世界に必要なエネルギーを奪ってしまうの。だから――』
そこまで言われてレミアは察した。管理外世界と呼ばれる世界は、おそらく消す事になるのだと。
だからこそ、こうして『修行場』として連れて来られたのだ。消す予定の世界なら、生態系などは気にする必要が無い。
いくら殺そうが、そして絶滅に至ってしまおうが関係ない。どうせ後に世界ごと消える事になるのだから。
(とは言え、後味の悪い話ですね。私達の世界を存続させるために、他の世界を間引くなど)
『そんな難しく考えなくても良いと思うよ。レミアも飛んできた蚊を叩いてつぶしたりする事はあるでしょ? 自然発生した世界なんて、そんな感覚で今までに幾度となく消されてきてるわ』
(そうは言われましても、そんな世界にもあの怪物とか、他にも暮らしている生物がいるかもしれませんし、蚊と同じような感覚では……)
『自然発生した世界の存在はル・マリオンの生物とは違うわ。言わばエネルギーが形となった存在で、厳密に言えば生物ですらないの。生物と言えるのは、ちゃんと『誕生させられた』ものだけよ』
レミアから見れば、自分をめがけて迫りくる怪物達はとてもそのような『生物ではない存在』には見えなかった。
ル・マリオンで見た『魔物』のように、確かな存在感があり、生きているようにしか感じられない。
『倒した怪物達を良く見てみなさいよ。剣で両断しても血を巻き散らしたりはせず、死骸は残らず消失してるでしょ? 造りが違うのよ』
修行と称してこの世界で数えきれない程の怪物を倒してきたが、確かに周りに肉片や血だまりと言った痕跡は一切見られない。
あくまでも残されているのは大規模な破壊の痕だけだ。それを認識すると、少しばかりは気が楽になった。
『それに、管理外世界の存在にとって、外から来た存在は全てが敵性生物よ。だから、今もレミア一人対この世界の全てと言う構図になってるわ』
(なるほど、だからこれほど大量の存在が私一人に向けて襲い掛かってきているという訳ですね……)
一つの世界の全てが丸々相手になるというのであれば、倒しても倒しても尽きぬ物量と言う事で、敵には困らない。
加えて後々に消去する予定の世界であるため、地形を変えてしまう程の力を容赦なく行使しても構わない。
全力で戦わないと修業にならないが、ル・マリオンでは全力を出しづらいレミアにとっては絶好の修行場であった。
(私はシルヴァリアスを完全に使いこなすためにも、四の五の言っていられない立場。覚悟を決めて、利用できるものは何でも利用しましょう……)
少しばかり葛藤したものの、己に手段を選んでいる余裕などないと言う事もあり、割り切って修業に打ち込む事にした。




