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337:変身の副次効果

(マズいわね。冒険者達と戦う訳には……)


 現在、ハルはモンスターの追撃から逃れるため、同じモンスターの一種であるオーガに変身している。

 オーガは比較的ランクが高いモンスターであるため、並のモンスターからすれば忌避対象となり襲われる事はない。

 しかし、そこそこ実力ある冒険者達にとっては別に回避するまでも無い敵であるため、狙われる事もある。


 今まさにその状況となってしまったハルは内心焦っていた。冒険者と遭遇する確率は低いだろうと、状況を甘く見ていた。

 常に最悪を想定して行動しなければならないダンジョンにおいて、毒針を受けてしまった時に続く判断ミスである。

 もし変身していなければ、今頃は傷付いた同胞として発見してもらい、何らかの手段で治療を受ける事が出来たかもしれない。


(変身を解く? いえ、それもマズい気がする……)


 ハルの推測は間違っていない。変身能力は珍しい能力。このような能力持ちが存在すると知られれば良くも悪くも利用される。

 あるいは、良く知る誰かが知らぬ間に『別人の成りすまし』となっているかもしれないという疑心暗鬼を生んでしまう。

 ハルの存在そのものは知られてもいいが、変身能力の使い手と知られるのはよろしくない。となると、やるべき事は一つしかない。


 ハルは勢いのままに壁を殴りつける。オーガの強靭な肉体は、容易くダンジョンの壁を撃ち砕く。

 硬い石の壁を殴り砕いたというのに、拳には全くダメージも無い。この時点では闘気すら纏っていない素の力でコレである。

 続いて足を振り回してみると、まるで壁など無いかのように足が壁を砕きながら通り抜けてしまった。


「お、おい。なんかあのオーガ不機嫌みたいだぞ……どうする?」

「俺達の目的を考えると、無駄な消耗は極力避けたい所だ。オーガの相手は決して楽なものではない」

「そうだよ。別にルートは一つじゃないし、迂回するのも一つの手じゃないかな」

「でも、あの血気盛んなオーガが逃がしてくれるかしら」


 冒険者たちが相談を始めたのを聞いて、ハルはそのまま引き返してくれる事を願った。

 しかし、斥候役と思われる女性が余計な事を言ったため、逃げる気だった三人が武器を手にしてしまった。

 どうやらハルが激しく怒っていて『自分達を全く逃がす気が無い』と誤解されているようだった。


(あー、もー……。面倒臭いわね。こうなったら無理矢理にでも逃げるしか!)


 ハルはオーガの姿のまま右手で炎の魔術を生成し、それを天井に向けて放った。


「なにっ!? オーガが魔術を使っただと!」


 基本的に脳筋とされているオーガは、己の身体能力に身を任せた打撃攻撃が主である。

 稀に出現する強化種も、己の肉体をさらに強化する『闘気』を使う事が基本であるため魔術を使う事が出来ない。

 そのため、冒険者達にとって『魔術を駆使するオーガ』は、歴史上初めて目撃された稀有な存在に映った。


「あぁ、ダンジョンの壁が崩れる……!」

「よ、良く分からないけど錯乱してくれたおかげで分断されたみたいね。逃げるなら今のうちよ」

「周りもいつ崩れたもんか分かったもんじゃないしな。撤退だ」


 さすがに物理的に道を塞がれた事で、冒険者達も撤退する事を選んだ。

 魔術などで瓦礫を退かしてまで進んでくるようなタイプで無かった事にハルはホッとする。

 もしそんな事になったら、さすがのハルも真剣に戦う事を考えなければならなかった。


(この面倒臭さを考えたら、人間のままの方がマシかもしれないわね……)


 ハルは変身を解こうかと考えるが、そこでふとある事に気付く。

 さっき暴れてダンジョンを砕いた時もそうだったが、とても毒に冒されている状態とは思えない程にしっかりと身体が動いた。

 魔術を撃った時もそうだった。毒に冒されている状態では集中力も乱れるため、まともに魔術を練る事も難しくなる。


 変身する前までは確かに感じていた、身体全体に重くのしかかるような疲労感や蝕むような激痛が、現在は全く感じられない。


(もしかして、変身している時って元々の身体の異常から切り離される?)


 そこで、ハルは思い切って変身を解除して見る事にした。仮説が正しいならば――


(あれ? 何とも……ない?)


 元々の姿へと戻ったハルだったが、想定していたような事態には陥らなかった。

 ハルの想定では、変身中だけ『自分とは別物』となる事で、本来の自分が冒されていた状態異常と無縁になる。

 そのため、元の姿に戻った瞬間に状態異常が襲ってくると思っていたのだが、現時点ではそうなっていない。


(……まさか!?)


 ハルは荷物入れから短刀を取り出すと、少しばかりの躊躇いの後に、それを己の左腕へと突き刺した。

 当たり前だが肉体に刃を突き入れるのだからとても痛い。その痛みに表情を歪めつつ、再び変身能力を発動する。

 イメージした姿は先程遭遇した冒険者の斥候の女性。変身対象とするには、一目見るだけで充分だった。


 変身してすぐに気づく。先程腕を突き刺した時に感じた痛みがすっかり消えている。

 左腕に目を向けると、そこには刃で突き刺した傷は全く存在していなかった。

 これで間違いなく『変身した後の姿に元々の姿の状態は適用されない』事が確定した。


 そして再びハルの姿へ戻ると、ハルの姿の方でも痛みは消え、同時に左腕の傷も消えていた。

 変身後に元々の姿の状態が適用されない事に加え『戻った際に元々の姿の状態がリセットされる』事も判明した。

 それが確定した事で、ハルは己の変身能力に秘められていた可能性に気が付いた。


(これって、下手したら反則技よね……? 使い方次第では現状を大きく変えられるかもしれない……)


 揃って規格外だった仲間達の皆にも迫る事が出来るきっかけを、ハルは今ようやくつかめたのかもしれない。

 しかし、この可能性も決して『無敵』と言う訳ではない。何せ竜一のように『死んでも蘇る』という訳ではない。

 つまり死ぬ程の攻撃を受けてしまったらおしまいと言う訳だ。何としても生き残る必要がある。


 加えて、法力を使えないハルは竜一のようにダメージを負った際に痛みを軽減する手段が使えない。

 そのため、自発的に怪我をしに行くなど以ての外だ。もちろん、怪我するのも込みにした戦略を立てるのは厳しい。

 ハルは先程、能力の効果を試すために自傷したが、それですら表情が歪むくらいに痛いのだ。


(も、もし腕や足が切断されても、治るのかしら……?)


 当然の事ながら、思いはしたものの行動に移す事は無かった。もしそう言った重傷が対象外だったらどうするのか。

 そして、先程の腕を突き刺した痛みを思い返し、それ以上の痛みなんて味わいたくないと思ったのもある。

 ハルは『現状を大きく変える要素』にはなると考えつつも、冷静に『決して無敵になる力を手に入れた訳ではない』と己に釘を刺した。


(とりあえず、このダンジョンのボスに挑む事を目標にして頑張ろう……うん)


 一切の油断をしなくなったハルは、以降は危なげなくダンジョンを踏破し、ボスにも苦戦しなかった。

 周りの人間達が異常過ぎるから己を低く見てしまうだけで、一般的な冒険者基準で言えばハルは充分に強いのだ。

 ちなみに変身能力の『反則技』については、いざという時の切り札とするため味方にすら伏せる事にした。

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