335:ダンジョンのボス
あれから俺はダンジョンを潜り続け、地下十階の最深部にまで到達していた。
幸か不幸か道中のモンスターにはそう苦戦する事も無かったし、罠も事前予測が出来るレベルだった。
後はこの大扉の向こうに待ち受けているであろう『最深部のボス』が如何ほどのものなのか……。
扉は押せば動いたが、地下で長い事使われたために老朽化していたのかギギギッと耳障りな音を立てる。
部屋の奥は真っ暗になっており、一見すると無人に見える。気配を探っても、本当に何も居ない。
しかし、俺の入場がスイッチとなったのか、上の方から大きな質量が落ちてきて、石畳を砕く音と共に部屋を揺らす。
『ブモォォォォォォォーーーーーッ!!!』
現れたのはオーガにも勝る程の圧倒的な体躯。身長はオーガとさほど変わらないが、横幅が大きい。
もちろん太っているからではない。筋肉の量が多いのだ。あの力自慢だったオーガの領域すらさらに上回る程の過剰な筋肉。
まるでヘビー級のボディビルダーを思わせる風貌。これと比べたら、オーガも引き締まったアスリートに見える。
しかし、頭部は人間ではない。最初の雄叫びから察せられるように――牛のものだ。
このモンスターは俗に言う『ミノタウロス』と呼ばれるものだ。ただし、一般的なミノタウロスではないらしい。
ミノタウロスは本来、雑魚として出てくるのが一般的。ボスとして出てくる時点で異常との事だ。
その手に持つ武器は斧。非常に柄が長く、両手で持っている。刃は片刃だが、反対側は鋭いツノとなっている。
持ち主が持ち主なだけに、その刃の大きさはとてつもない。人間は勿論、並の樹木であれば一振りで両断できるだろう。
いくら俺が死んでも蘇る能力持ちで、法力で痛みを麻痺させる事が出来るのだとしても、怖気を感じてしまう。
(だが、やらないとな。もちろんいざという時は死すらも戦略に組み込むつもりだが、そうしなくても良いような強さを手に入れたい――)
……と、思っていたんだけどな。
気が付いた時には、俺は新調した剣ごと頭から真っ二つに切り裂かれていた。
おいおいおい、このミノタウロス……速いぞ。その上、良い材質の剣に替えたはずなのに、それが全く意味を成さない。
攻撃に気が付いてとっさに剣を構えたまでは出来たんだが、闘気を一切込めない素の武器の強度ではダメかぁ。
(畜生め。死なずに何とか……って目標をいきなり砕かれたぞ)
極端な話、強者が闘気を込めれば例え木の枝だろうと伝説の剣の如き強度の武器と化す。
良い武器ってのはその素材の質で武器の強度を底上げしてるようなものだ。相手に力が及ばない時は武器の質でカバーする。
しかし、質だけで覆せるほどは甘くない。実戦で『互いに一切の力を使わない戦い』というのは基本的に無いからな。
ミノタウロスは執拗で、真っ二つに斬り裂かれた俺の死体に対してもなお斧を振り下ろすのを止めない。
オーバーキルも良い所だ。俺の肉体でハンバーグでもこねるつもりか。だが、俺の肉体をそう易々と食わせてやる訳にはいかないな。
霊体になっていた俺が肉体の再生を試みると、既にミンチとなっていた俺の死体は消え失せ、新たな肉体と共に俺は復活する。
そう。死んでも甦る――と言うのは、死んだ肉体が再生して蘇る訳ではない。
死んだ肉体は消え失せ、新たに肉体が作り出されて蘇っている。言わば死ぬ度に産まれ直しているようなものだ。
特定の条件下を除いては基本的に前の肉体は残らない。ミノタウロスの斧は激しく地面を打つ事になる。
『ブモッ!?』
驚きに目を見開く。そして産まれ直した俺の気配を感じ取ったのか、振り向いてさらに表情を驚愕に歪める。
「よぉ。楽しかったか?」
先制されたお返しとばかりに、宝石から取り出した金棒をフルスイングしてやる。
俺とミノタウロスの体格差だと、丁度奴のヒザを砕く感じになるな。
骨を砕いてバランスを崩せれば良しと思っていたが、砕くどころか消し飛ばして粉砕してしまった。
奴の左足のヒザから下を切断した形となったため、当然ながら奴は立つ事が出来なくなり転倒してしまう。
さっきのような事になってはまずいと思い、金棒に可能な限りの力を込めたのだが、どうやら想像以上の破壊力を生み出せたようだ。
俺が発動できる闘気の量も徐々に上がってきているようだ。これからも闘気の使用を繰り返して底上げしていかないとな。
「すまんな。だが安心しろ。変にいたぶったりはせずサクッと倒してやる」
俺は倒れ伏したミノタウロスの頭に向けて、勢い良く金棒を振り下ろした。
幸いにもヒザを砕いた時と同じように頭骨を一発で砕く事が出来た。ヒザよりもさらに硬そうな印象があったが、何とかなったな。
モンスターの中には非常に生命力が強い者も居るため、一応その後もしばらく様子見したが、幸い蘇ってくる事は無かった。
ミノタウロスの死骸はスッと溶けるように消えていき、その場には奴のツノと武器――斧が残された。
ツノはいわゆる『討伐証明部位』であり、何かしらの素材として使えるものなんだろうが、斧はどうすりゃいいんだろうな。
オーガの金棒のように武器として……いや、さすがにこいつの斧は巨大すぎるな。俺が振り回すのはキツそうだ。
とは言え、斧のような武器を目の前にしたら心が躍るのもまた事実。
重量物の金棒を持つ時のように、闘気を込めて斧の柄をつかみ、持ち上げてみる事にする。
くっ、うお……。さすがにこれも重量級だな。柄も金属だからか、重さは金棒以上だ。
柄の下の方を持つと刃の部分が非常に重く感じられるから、刃の近くを持った方がいいな……。
いわゆる重心ってやつだな。この状態で担ぎ上げると、長い柄がかなり前に突き出た感じになるが仕方がない。
これがボスのドロップアイテムかもしれないし、放置するのは勿体ないと思うので持って帰る事にする。
この斧を持って移動する事自体が、常に闘気を放出し続けて身体強化を維持する修業にもなるしな。
まさかダンジョン探索そのものより、帰還する行程の方がハードになるとは思いもしなかった。
・・・・・
「おぉ、無事に戻ってきたか……って、何だそりゃ!?」
門番が戻ってきた竜一を見て仰天した。ただ無事に戻ってきただけではなく、とんでもない物を持っていたからだ。
「……なんかボス倒したら落としたんで、拾ってきました」
「そんな物を落とすなんて初めて聞いたぞ。と言うか、良く持って来れたな」
「はは。身体強化を維持して何とかですよ」
その後、ダンジョンから巨大な斧を持って出てきた冒険者の事が王都アルマーグで話題となった。
ランクBのパーティで潜るのが適正なダンジョンにソロで潜り、挙句ボスを倒して戻ってくる。
そのような冒険者は今まで存在しなかった。そして、ボスを倒して斧を持ち帰ってくる冒険者も初だった。
竜一は「あんなクソ重い物持って出てくる方がどうかしてる」と自虐的に思っていたが、実はそうではない。
あの斧はミノタウロスが一対一の対決で敗れた際に『完全なる敗北』を認めた証として残していくというレアな逸品だった。
今までパーティでミノタウロスを撃破した者達は多々居たものの、ソロで討伐を果たした者は存在していなかった。
故に、この王都のギルドではまだ斧の詳細は知られておらず、世界各地に手掛かりを求めて奔走する事になるのだった。
そのため、斧はギルドに預け、竜一は再び集合する時まで別の依頼をこなしつつ修業を続ける事にした。




