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327:ラアルの足掻き

 胸に穴を開けた状態でその場に倒れ伏すラアル。傷口からは中を焼かれた影響か煙が噴出している。

 普通に考えればこれで終わりだろう。だが相手は特殊な能力を与えられた『堕落した転生者達』の一員だ。

 現にラアルは絶命したと言うのに、その顔は壮絶な笑みを浮かべている。直後――


「させません!」


 エレナが杖を前方に掲げ、法術を発動する。淡い光がラアルを囲い込むように広がっていく。

 それと同時に、ラアルの身体が爆ぜた。己の身体に、死なば諸共と言わんばかりの『とっておき』を仕込んでいたか。

 察知するエレナもさすがだ。さっきセリンが言っていたが、勝利を確信した時こそ油断が生まれるからな。


「王、頼むよ」

『うむ』


 リチェルカーレの指示に応え、死者の王が顕現する。王は血肉溜まりと化したラアルに対し、死の魔力を照射。

 すると、血肉がウネウネと動き始め、一つの塊となって徐々に形を変えていく。そうして出来上がったのは、グロテスクな肉塊人形。

 だが不気味な姿だったのは最初だけで、徐々に変質して人間と変わらない姿へと整えられていく。


『あれ? 私、さっき自爆した……わよね?』


 ラアル復活。例え自爆して木っ端微塵になっていようが、死者の王の手に掛かれば復元も容易だった。

 さすがに命までは戻らないが、完全に当人の自我と記憶は残っている。そのため、先程自爆した事も覚えているようだ。


『目覚めたか?』

『……! 貴方様が我が主たる王ですね。ここに、永遠の忠誠を――』


 同時に刻まれるのは、死者の王に対する絶対的な忠誠だ。王が支配した時点で付与されるから、死者側の意志は全く関係ない。

 王のこの能力の前では、例え死んだとしても逃れる事は出来ない。仮に口封じで殺されたり自爆しても無駄に終わる。


『ちっ、全員ケロッとしてるじゃないか。殺されるならついでにみんな巻き込んでやろうとしたのに……って、なんでそこの神官はしれっと法術使ってるのさ!』


 ラアルが驚くのも無理はない。何せ、エレナは力の発現を封じる手錠を装着されたまま法術を行使している。

 力の発現が封じられていなかったとなると、ラアルの作戦は全くの無意味と言う事になってしまう。


「この手錠ですか? それでしたら、もう既に壊れていますが……」

「はい。私も同じく……」

「言わずもがな、アタシも同じくだ」


 エレナが両手に力を込めると、手錠が粉砕された。同調したレミアとリチェルカーレも、エレナに続いて手錠を粉砕。

 手錠ではとても耐えられない程の過剰な力を瞬時に注ぎ込んだって所か。まさに膨らませ過ぎた風船が割れてしまう感じか。


『ふん。我らをこの程度で拘束出来るなどと思うな』


 ヴェルンカストに至っては自らを閉じ込めたカゴを塵と化し、同様にルーの手錠も消し去ってしまう。

 皆に倣って、俺も力を発現……出来んな。手錠自体は正常に機能しているようだ。やはり根本的な力量が足りないのだろうか。

 隣ではハルも手錠に四苦八苦している。やはり俺達異邦人組だけが割と常識的な範囲内の力に留まっているようだ。


「……安心しろ、ラァル。手錠は正常だ。俺とハルはバッチリ手錠の効果を受けてるぞ」

『今更言われてもねぇ。もう王の配下になっちゃったし、王の仲間である貴方達をどうこうなんて出来ないわよ』


 どうやら王の支配を受けた事で、立ち位置も味方側になったらしい。その事で取り乱していない辺り、意外と大物なのかもしれない。


「リューイチ、ちょっと――」


 リチェルカーレに呼ばれたので行ってみると、ある事を耳打ちされる。

 それを踏まえて、もう一度両手に力を込めてみたら、嘘みたいにあっさりと手錠が砕けた。


(闘気、魔力、法力のいずれか力に反応するから、そのどれでもない力を使えばキミにも出来ると思うよ)


 リチェルカーレのアドバイスはそんな感じだった。それで思い出した。そう言えば、俺の宿している力は『原初の力』だったな……。

 本来、人は己の宿す力を『闘気』『魔力』『法力』と言った特定の形で発現する。しかし、その大元となる力の根源はいずれも同じ物であるとされていた。

 そんな中で、俺の持っていた力はいずれにも該当せず、さらに闘気・魔力・法力とどの性質にも変化させる事が出来るというものであった。


 それはまさに語られていた『大元となる力の根源はいずれも同じ物である』という説を証明する形となっていた。

 実際に俺の宿す『一つの力』が三つの性質へと変化したからな。そしてそれは同時に『性質変化する前の力』という別の力も併せ持つ事を意味する。

 つまりは四つ目の性質となる力だ。三つの性質が常識となったこの世界においては、四つ目の性質を封じる手法は存在しないと言う訳だ。


「嘘でしょ。竜一さんまで……」


 俺までもが手錠を粉砕した事で、一人だけ手錠の拘束から脱せないハルの表情が陰ったな。

 これは近いうちにケアしておかないといけない案件だな。些細なきっかけで崩れる事は良くあるもんだ。


 ◆


「あー、盛り上がっている所すまないが、どういう事か説明してもらっても良いだろうか?」


 これまでの流れを見守っていたアルマーグ警備団の団長カルセルが口を開く。

 彼は今まで痺れ粉の影響を受けていてまともに口を利く事も出来なくなっていたのだが、ようやく会話できる程度に機能が回復。


「そう言えば団長さんそっちのけになってましたね。申し訳ない。えっと――」

『私が説明した方が早いと思うから、任せてもらってもいいかしら?』


 竜一が説明を始めようとした矢先、ラアルが前に出て話を引き継ぐ。


「君は……。確か、先程胸を突かれて倒れた後、爆発したのでは無かったか?」

『えぇ、私は最後の足掻きで自爆したわ。でも、死者の王のお力でこうして蘇ったのよ。蘇ったとは言っても、アンデッドとしてだけどね』

「死者の王とは、そちらの御仁ですかな? ……不躾で申し訳ないが、こうして見ているだけでも震えが止まらないのだが」

『それは正しい反応だ。我という存在はいわば死そのもの。根源的な恐怖に怯えるのは、人として正常である事の証とも言える。だが、そのままでは話も進めづらかろう。故に、我は退く事としよう』


 そう語ると共に、死者の王の身体がひび割れて砕け散る。衣類諸共、砕けた骨の欠片は足元の影へと吸い込まれていく……。


「相変わらず凝った演出で去っていくなぁ、王は」

「むむ、良くわからんが配慮して頂けたという事かな。では、話を伺っても良いだろうか」


 死者の王が消えた事で、部屋を支配していた濃厚な死の気配が消えた。

 それによる影響を受けていたカルセルは、震える程の恐怖がスッと消えていくのを感じた。


『あぁ。まず最初に言っておくと、彼らに男共をけしかけたのはこの私だよ。魅了効果のある粉を撒いてちょっとばかし操らせてもらったのさ』


 初手でいきなりの自白。ラアルは町の警備に竜一達を捕まえさせるために、わざとトラブルを引き起こしていた。

 後は先程も話していた通り、竜一達が手錠で力を封じられた所を痺れ粉で動けなくしてから一網打尽にするという計画だった。


『けど、思わぬ伏兵が居て失敗だよ。自爆まで見切られるし、散々だね。団長さん、本当に彼らに命を救われたね』

「……それは痛感しているよ。君は彼らだけでなく、私や付近一帯をも巻き込もうとしていたようだからね」


 カルセルの目線が鋭くなる。未遂に終わったとは言え、ラアルは王城でテロを起こしたようなもの。

 もし成功していたら、隣接する王城にまで少なからず被害が出ていた事は間違いない。警備を預かる者としては怒りも当然。


『だったらどうするんだい? 既に死者となっている私を改めて裁くか――』


 最後まで言い切る前に、カルセルが抜剣してラアルの首を撥ねた。


『――本当に捌く(・・)とは恐れ入ったよ。存命時だったら死刑だったんだろうけど、この通りもう死ねないんだ。申し訳ないね』

「いや、いい。これはあくまでも私の個人的な私怨だ。もうこれ以上どうこうするつもりはない」

『心が広い事で。いいよ、何でも聞いて。団長さんだけでなく、そっちのみんなも聞きたい事があれば答えるよ』


 ラアルは跳ね飛ばされた首を拾って再び繋げ、室内にあるソファへと腰を下ろした。

 一行もソファの空きのある場所へと座る。それを見計らったかのように、セリンが何処からかお茶と菓子を取り出す。

 机の上には色とりどりの飲食物が並べられ、一瞬にして場がお茶会のような雰囲気へと変わってしまった。

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