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322:参謀、その名は……

「おい、起きろ」


 倒れている『参謀』に、ドバーッと水がぶっかけられる。

 何処から取り出したのか、ご丁寧にバケツが用意され、一回一回そこへ魔術で水が注がれる。

 二度三度やっても反応は無かったが、さらに数回繰り返すとようやく反応があった。

 

「う、うーん……」


 意識を取り戻したのか、タコのように腫れ上がった顔の参謀がゆっくりと起き上がる。ちょっとしたホラーだな。

 ここは何処だと言わんばかりに辺りをキョロキョロ見回すと、唐突に大きな叫び声をあげた。


「アギャアアアアアアア! 顔が、顔が痛い! なんか前も見づらい! ここは何処だ!」


 みっともなく取り乱す参謀に、バケツで水をかけていた者が鏡を取り出して見せてやる。


「ん? なんじゃこりゃああああああ! タ、タコの化け物おおおおおお!」

「いや、それお前の顔だからな……」

「これが私の顔だって? 美しさ極まったこの私を、こんなタコの化け物と一緒に――」


 否定しかけた参謀だったが、鏡の中に映された『タコの化け物』は、自分と連動して動いている。


「……ごめん。やりすぎちゃった」


 リチェルカーレがテヘペロしながら謝る。その瞬間、また参謀が悲鳴を上げて喚きだした。


「ああああああああああああ! お前は、お前はいきなり私を殴ってきた無礼者!」

「いやぁ、一発で倒れてくれないものだからついつい追い打ちを……」

「ど、どうしてくれるんだ! 私の美しい顔は財産だぞ! 全世界の損失だぞ!」

「じゃあ綺麗に治してやるから『堕落した転生者達』について洗いざらい吐いてもらおうか」

「……治すのが先だ。醜いのも業腹だが、顔が痛くて声を出すのも辛いのだ」


 さっきまで思いっきり悲鳴上げて叫びまくってたじゃねーか。


「治療を受けた後に反抗したり、逃亡を図ったりするような事があれば何処までも追いかけて今以上にボコボコにするからね」

「……ぐっ」


 何かしらやるつもりだったな、こいつ。

 そんな意思を感じ取ったのか、リチェルカーレが参謀の腫れた顔をさらにビンタする。


「ぐぼあっ!」

「密かに誰かと魔術で通信しようとしてたね。それが君の『能力』かな?」


 そういう事か。抵抗でも逃亡でもなく、気付かれぬように誰かと連絡を取ろうとしていたのか。

 普通の存在が相手だったならそれで何とか道も開けたのだろうが、リチェルカーレはそれすらも感じ取る。

 そして、先程と同じように再びその場から姿を消すと――


「でも助かるよ。魔術を飛ばしてくれたおかげで通信先が割り出せた」


 再び姿を現したリチェルカーレは、その手にまた別の人物を捕らえた状態でそこに立っていた。


「キミが通信しようとしていた相手はこの人物だろう? 誰かに通信を試みる度に相手が割り出されると思った方がいい」

「……うぅ、くそっ。ごめんなさい助けてください。顔を治療してください。何でも話します」


 参謀に対して相手の顔を指し示すためか、参謀のように顔はボコボコにされておらず、しっかりと顔が分かる状態だった。

 それを見て本当に観念したのか、参謀はついには涙を流して許しを乞い始めた。


「はい。じゃあ動かないでくださいね……」


 エレナが参謀の顔に向けて法力を照射すると、まるで膨らんだ風船がしぼむように顔が縮んでいき、やがて元の美しい顔が現れた。

 顔だけ見ると確かに美しいよな。まるでベルばらの世界だ。声が完全に男だから、男装した女性ってオチは無さそうだが。

 そこで再び彼の前に鏡が提示されると、取り戻した己の顔にうっとりと見とれ、心の底から歓喜している様子だった。ナルシストめ。


「やはり私は美しい……。鏡を用意してくれたそこの君、感謝す――」


 そこで参謀の声が止まった。と言うのも、鏡を手にしていたのは首の無い人間だったからだ。


「あぎゃあああああああ! ば、化け物おおおおおおお!」


 みっともなく悲鳴を上げて、尻餅をついた状態のまま後ずさっていく参謀。

 せっかく美しい顔に戻してもらったのに、それを台無しにする凄まじい表情になってるぞ。


『酷いなぁ、参謀。愛すべき部下の顔を忘れるだなんて』


 彼は先程首を切断されて殺され、死者の王の力によって蘇ったアルだった。まだ首は繋げてもらっていなかったらしい。

 アルはまるで怪物デュラハンのように首を手に持ち、死者とは思えぬほどにこやかに言葉を話し始める。


「な、な、な、なんで……」

『いやぁ。彼らが『堕落した転生者達』を裏切ろうとしたから殺してやろうと考えたんだけどさ。返り討ちに遭っちゃった』

「き、君が仲間達の裏切りによって処刑されたのは、監視魔術が繋がった直後の会話から察している。問題は、何故そんな姿で蘇っているのかという事だ!」

『それは簡単な事ですよ。我が王の力によって蘇ったのです。死者に関する扱いにおいて、死者の王に不可能な事はありませんので』


 そう言って、アルが王に対して跪いて礼を尽くす。もう完全に死者の王の臣下だな。

 その王はと言うと、現在は闇の力を強く顕現させており、まるで『死そのもの』が形をとっているかのような威圧感を放っている。

 故に、参謀はその姿を直視しただけで己の死を想像しただろう。おそらく今、脳内ではありとあらゆる形で死んでいるハズだ。


「……た、確か君達は言っていたね。俺達が如何に恐ろしい相手を敵に回してしまったか――と」


 コクリと頷く裏切り者の四人。その言葉は、まさにその裏切った四人が参謀に対して言っていた言葉だな。


「分かった気がするよ。他の者達は知らないが、少なくともこの『死者の王』は恐ろしい……。私には勝てる気がしない」

「あんた。一応『堕落した転生者達』の幹部なんだろ? 幹部がそれでいいのかよ」

「確かに私は幹部だ。しかし、私はこの通信能力を買われて伝令役を任されているだけで、実は戦闘能力はそんなに高くないんだ」


 彼は通信能力に特化した能力を持っており、交流がある者とであれば世界中何処に居ても通信を繋ぐ事が出来る。

 また、接触した相手に監視魔術を仕込む事が出来、対象の目を通じて自分もその映像を見る事も可能。

 同時に監視魔術を仕込んだ相手の位置を把握する事が出来るようになる。まさに幾人もの部下を統括するに相応しい能力だ。

  

 しかし、常に他人の目と同期し続けている訳にも行かないので、基本的には対象に何かあったら知らせる機能のみを使っているらしい。

 それによって今回、アルの死によって監視魔術が発動して彼らの位置を知らせ、参謀と繋がる事に至った訳だ。


「だから、本気で戦えば君達四人にも勝てないだろう……。一応、基本的なスペックは高めで転生しているから、常人よりは戦えるつもりではあるが」


 どうやら『堕落した転生者達』は強さではなく能力の有用さで幹部を決めているようだな……。

 逆に『邪悪なる勇者達』は完全に強さ順で幹部を決めていた。十勇者という称号と序列があったらしいし。


「勝てる気がしないと悟ったのなら、もう何をしても無駄だと分かったか? さっき言ってた通り、何でも話してもらうぞ」

「……あぁ。だがそれも、知っている範囲であれば、だ。『堕落した転生者達』は秘密主義。私も幹部とは言え全てを知っている訳ではない」

「ならまず簡単な所から行こう。いつまでも『参謀』と呼ぶのも何だし、名乗ってもらえるか?」

「お安い御用だ。私はガリア王国の貴族アイコーシャ家が嫡子……だった者、ヴェルヴァラ。ヴェルヴァラ・アイコーシャである!」


 ベルばら愛好者……? 何と言うか見た目そのまんまなイメージだな。

 アイコーシャという名前の家系が存在するのはまだしも、そこに生まれた子にヴェルヴァラって名前が付くのも作為的なものを感じるな。


「堕落した転生者達に所属しているって事は、あんたも元地球人の転生者なんだよな?」

「相違ない。だが、今の私はヴェルヴァラ・アイコーシャ。この世界に生きる者だ。地球になどもはや未練はない」

「……ベル○イユのばら、そんなに好きだったのか?」

「!? な、何故私の愛読書が分かった!?」


 いや、丸わかりだろ。その恰好や名前からして完全にそのままだぞ。

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