321:堕落した転生者達
俺達は、ようやく投降した四人から敵組織に関する情報を聞く事が出来た。
参謀がうっかり口を滑らせていたが、彼らが所属する組織の名は『堕落した転生者達』と呼ばれるものだった。
構成員は皆、元地球人。この世界へやってくる前に死亡し、ル・マリオンで前世の魂を宿す形で新たに産まれ直した者達という事だ。
俗に言う『転生者』というやつだな。ある程度成長したら前世の記憶、かつての自分の事を思い出すようになっているらしい。
別に前世の人格に上書きされるという訳ではないのだが、前世を思い出す前の自分と、思い出した後の自分では性格や趣味趣向に変化が生じる場合もある。
転生者が産まれた場所によっては、その変化によって親や周りの扱いが良くも悪くも変わってしまう場合もあるという。
その中でも、特に悪い扱いを受けたり盛大な失敗をやらかして居場所を失った転生者達が集う場所。それが『堕落した転生者達』という組織だった。
故に、同じく居場所を失った転移者達が集う『邪悪なる勇者達』とは近しい関係にある。転移してきた者か転生してきた者かの違いだけだ。
最近まではそれぞれが別個に存在し独自に活動していたが、最近になって『双方共に元地球人であり同胞』という共通点から、二つの組織が合併したらしい。
「……と、まぁそんな感じだな。俺達が語れる範囲で言うのであればな」
一連の話は、イーと呼ばれた男が聞かせてくれたものだ。本当に一切躊躇う事無く語ってくれたな。
降伏を証明するために降伏しなかったかつての仲間すらも切り捨てた事からも、本気で組織を裏切るようだ。
「他に聞きたい事があったら言ってくれ。何を話せばいいかそっちから質問してくれると助かる。ただ、俺達の前世が何者かだけは勘弁してくれないか」
「地球人のままこちらに来ている転移組と違って、転生組は既に元々の世界を切り捨てた身だ。郷愁や未練などは微塵もない。故に掘り起こさないで頂けると助かる」
「切り捨てたというより、死んでしまったからもう元の世界に戻れないだけとも言う」
「それでも、向こうの世界に未練が無いから死んでこちらの世界へ来たって人も居るからね~。その辺はデリケートな問題だよ~」
口調からして、イーやサンは元々の世界に対して苦い思い出があるようだ。転生して別人になった以上、もうその人物として歩みたいのだろう。
一方でスーとウーはそこまででも無いのか、何処か他人事だ。戻りたくないというより、戻れないから仕方ないといった感じか。
「追及はしないと約束しよう。ちなみに俺は死んでこちらの世界へ来た身だが、地球人のままでこちらの世界で蘇ったんだ。こういう場合は転移なのか? それとも転生なのか?」
「……え? いや、それは何と言うか特異な例だな。どう答えたら良いものか」
「元の肉体は死んだから向こうの世界に残ってるんだよな。今の肉体はこちらで再構築されたものだ。そういう意味では肉体は現地人かもしれない」
「魂だけがこちらの肉体に入ったという事か。魂を宿して産まれてくる転生と似た部分があるな」
「ちなみに元々の年齢と比べて若返っても居るんだ。これは果たして、元々の世界の俺と同一人物と言えるのか?」
「なんか難しい話。どちらでもあり、どちらでもない……で良いと思う」
「オンリーワンってのも良いな。他に俺と同様の事例が存在しなければ――だが」
「ポジティブですね~。少なくとも私は同じ例を聞いた事がないです~」
っと、いかんいかん。こんな事じゃなくてもっと聞かなきゃならない事があるんだった。
「王、彼らに質問をする前に保険を掛けたい。お願いしてもいいか?」
『心得た』
リチェルカーレの影からニュッと生えてくる死者の王。そのインパクトに『堕落した転生者達』四人の顔が引きつった。
出現したと同時に無意識に垂れ流されるおぞましい『死の臭い』が、本能的に彼らの恐怖を揺さぶる。
「な、なんだそいつは……」
『お初にお目にかかる、若人達よ。我は死者の王。俗に言う『リッチ』と呼ばれるアンデッドの類だ』
「リッチ……アンデッドモンスターの最上位だと? こ、これ程までに凄まじい力の持ち主か」
『リッチとは言っても個体は単一ではない。者によりその強さも千差万別であろう』
「ほんとこの人達と敵対しなくて良かったと思う。良い勝負どころか一瞬で消される気がする」
「アルがいつもの調子でリッチさんを刺激してたら終わってたかも~」
王が空気感を和らげるため四人とささやかな会話をしつつ、先程首を切断されたアルの元へと近寄って行く。
そして身をかがめ、アルの身体に手を添えて己の力を注ぎこむと、直後にゆっくりとアルの身体が起き上がった。
「「「「わーーーーーっ!!!!」」」」
驚いて腰を抜かす四人。そんな四人を尻目に、起き上がったアルは切断された首を拾い上げて小脇に抱える。
『酷いなぁ。そんなに驚く事ないじゃないか。王の力でアンデッドとして蘇っただけだよ』
「いや、驚くわ」
イーのツッコミにコクコクと頷く三人。デュラハンのように抱えられた首が喋っている光景は、確かに異様極まりない。
『これよりこの童は我が配下となった。命令すればどんな事でも素直に話すであろう。若人達の話を照合するのに利用させてもらうぞ』
「なるほど、そういう事か……。確かにアルは俺達と同程度の事を知っている。もし俺達が嘘を言えば、即座に訂正されるだろう」
さすがにリーダーを務めているだけあってか呑み込みが早いな、イーは。これで適当に嘘を言って誤魔化す事は出来なくなった。
「用心深い事だな。仲間殺しをしてもなおこの疑いようとは恐れ入る。だが、その念入りさこそが貴方達の隙を無くしているのだろうな」
「油断して不意を突かれる恐ろしさは、この命を以って身に染みてるからな……」
そう。俺はテロリストの仕掛けた罠によって命を落としている。子供をも利用した卑劣な罠に引っかかったのだ。
何が起こるか分からない戦場ではいつも初心を忘れずにいなければならないのに、完全に油断していた。
「じゃあ早速質問させてもらおう。組織の構図はどうなっている? 『邪悪なる勇者達』のように十勇者とかそういう括りがあるのか?」
「残念ながら『堕落した転生者達』は秘密主義だ。ボスもボスと呼ばれているだけで、その姿は知らない。声も変声している」
死者の王がアルに確認を取ると『間違いありません』と言葉を返す。完全に嘘発見器状態だな。
「そこに転がされている『参謀』のように、幹部たる者は何人か存在する。だが、顔出しして接しているのは参謀だけだ」
「となると、『邪悪なる勇者達』みたいにメンバーを集めて大規模な集会を行ったりはしないのか?」
「小規模な集会ならある。私達のように下っ端を集めて、参謀がボスの言葉を伝えたり、皆の進捗を聞いたりする」
「運営形態が全く違うようだな。そんな組織同士が合併したりして、上手くいくのか?」
「私達には全く予想できないよ~。でも、たぶんだけど互いに相手の組織を取り込もうとしてるかな~」
ウーの推理は当たってるんじゃないかと思う。『堕落した転生者達』の事情は知らないが『邪悪なる勇者達』はかなり打撃を受けているはずだ。
リチェルカーレが幹部達を潰したと言っていたし、組織としても新たな手駒が欲しい所だろう。勇者を自称する勢力が大人しく誰かの下に付くとは思えない。
ある程度交流して親しんだら、徐々に浸食を開始するはずだ。そして、それを『堕落した転生者達』側も許さないだろう。荒れる予感がする。
「スーが言った通り、俺達は所詮下っ端だ。幹部などの情報は全く知らないと言っていい。詳細が聞きたいのであれば――」
イーの目線が向いたのは、ボコボコに殴られた顔が腫れ上がっている『参謀』だった。
確かに、幹部であれば同じ幹部達の事は知っているだろうし、ボスについての情報も得られるに違いない。
ターゲットは決まったな。であれば、後はどうするかだが……。
「アタシにいい考えがある」
……あ、コレ酷い事になるやつだ。




