029:エンデの町へ
ある程度まで進んだ所で、俺達は絨毯を下りていた。と言うのも――
「エンデに行くのなら、こっちの方が都合がいい」
そう言って、リチェルカーレがパンパンッと手を叩くと、黒い穴が開くと同時に馬の蹄の音が聞こえてくる。
まさかとは思うがまた死者の王を呼び出したのか? なんでまたこんなタイミングで……。
『おや、今度はどうしました?』
「次の街まで馬車で行こうと思ってね。よろしく頼むよ」
「乗ってくんかい!」
国内ですら乗るのを躊躇うレベルなのに、国外で乗るなんて問題になってしまうぞ。いや、間違いなく騒ぎになる。
「エンデの町はちょっと特殊だからね。まぁ、辿り着けばわかるよ。すまないけど、今はアタシの案を飲んでくれないか」
むむ……。まぁリチェルカーレは考えなしに行動するような奴ではないし、ここは従っておこう。
俺はまだこの世界の事をロクに知らない身だし、安易に意見を押し通して取り返しがつかない事態に陥っても困る。
『そうとなれば早速馬車へと乗るがいい。快適な旅を約束しようぞ』
王はそう言って、リチェルカーレと同じように空間の穴を開き、そこから何かを取り出した。
二メートルくらいの長い骨……の棒? にバタバタと風になびく旗が付けられていた。
頭蓋骨が描かれた海賊旗を思わせるデザインだが、おそらくは彼自身の顔を描いたものなのだろう。
貴族が家紋を付けた馬車に乗るようなノリだろうか。旗を馬車に取り付けると、王は骨の馬にムチを打って街道を進み始める。
「骸骨旗の馬車で旅をする……か、不安しか感じないんだが」
「今は馬車の中でゆっくり休んでおくといい。広いから寝る事も出来るよ」
禍々しい外観とは裏腹に、室内はまるで皇室向けと言わんばかりに煌びやかな内装だった。この豪華さ、本当に魔王とかが乗っていたんじゃないだろうな……。
でも広いのは確かだ。俺は座席に横になって、遠慮なく体を休める事にした。しっかりした弾力のクッションで助かる。おそらくだが、通常の馬車ではあり得ないんだろうな。
・・・・・
……ん、何だか外が騒がしいな。
「お、やっと目覚めたようだね」
「何か怒号みたいなものが聞こえるんだが、何かあったのか?」
いや、あるに決まってるか。骸骨の馬と骸骨の御者、そしてこんな禍々しい骸骨旗を掲げた馬車なんだから。
「様子を見てみるかい? ただし、隙間からこっそりだよ。まだアタシ達は表に出ないつもりだし」
窓のカーテンの隙間からチラリと外を見ると、この馬車の周りを多数の者が囲んでいるのが見えた。
恰好からして衛兵なのだろう。正直、この対応は正解だと思う。俺でもこんな馬車がやってきたらこうするわ。
『やれやれ、騒がしいな。一体何事か』
「うわ! モ、モンスターが喋ったぞ!」
「……どうやらこいつは知性体らしいな。気を付けろ、強敵だぞ」
知性体とは、モンスターでありながら人語を理解し意思疎通ができる個体の事であり、高い知性故に実力も兼ね備えているという強敵らしい。
俺が食い入るように外を見ている傍らで、リチェルカーレが説明してくれた。知らないのを察して説明してくれるとか気が利くな。
『そう荒ぶるでない。我はただここを通りたいだけの事』
「いくらエンデの町だろうと、さすがにモンスターを通す訳にはいかん!」
『我は知性を持っているし、人間社会の事も分かっている。問題を起こすつもりはないのだが』
「いや、どちらかというと町の者達が問題を起こしそうな気がするのでな……」
『うーむ。良く分からぬが、阻むつもりであれば推し通らせて頂くまで』
王がそう言った途端、馬車を囲んでいた兵士達が次々とその場に倒れ始めた。
肌にビリビリ感じるくらいに濃密な死の気配が俺の身体を駆け抜けていったが、その影響だろうか。
『……なんと。ちょっとやる気を出しただけでこの様とは。昨今の兵共は情けないな』
王からすれば「さぁやるかー」程度の気持ちを表しただけの事だったのだろう。やる前から終わってしまって少々寂しそうだ。
「仕方がないさ。リッチは死の概念の塊とも言える存在だ。放つ気が命を刈り取る事もあるくらいだからね」
「おいおい、まさかあの兵士達……死んだりしていないだろうな」
「さすがにそこまで力を入れてはいないさ。例えるなら、子供の頬を優しく撫でたくらいの力しか出していないハズだよ」
『うむ。我が本気を出せばこの大陸一帯を死の大地に変えてしまいかねないからな……』
「大陸一帯って……どんだけ力を持ってんだ」
『そう言えばリューイチよ。加減したとはいえ、お主は何気なく我が気の放出に耐えておるのだな』
「ん? あぁ、なんか嫌な感じはしたけど、それだけだったぞ」
『まぁ、常にご主人の傍におるのだ。感覚が麻痺しているのかもしれんな』
「アタシを変なモノみたいに言わないでくれるかな……」
「いや、変だろうお前」
ゲシッ、と尻を蹴られた。
「とりあえず倒れた兵士達が邪魔だから片付けておくよ」
リチェルカーレが指を鳴らすと、倒れている兵士達全ての下に黒い穴が開き、そこへ落ちた者達が門の手前中空に開いた大きな穴からまとめて落ちてきた。
相変わらず凄まじい魔術だ。しかし、そのおかげで手っ取り早く片付いた。道を塞ぐように倒れている兵士達が何人もいたからなぁ。さすがにそれらを気にせず轢き殺して進むのは躊躇われる。
・・・・・
俺達は馬車の外に一人、王を御者として残した状態でそのままエンデの街の中に入っていく。
するといきなり四~五人の男達が駆け寄ってきたかと思うと――
『……何か?』
「い、いや何でもねぇよ。ハハハ」
「じゃあな。エンデを思う存分満喫してくれ」
――王の姿を見た途端、踵を返していった。
「なんだったんだ?」
「エンデは弱肉強食の町なのさ。彼らは新たにやってきた者達へたかっているならず者達だね」
リチェルカーレによると、この町は強さで序列が決まっているらしく、弱者は例え理不尽な扱いを受けようとも文句が言えないらしい。
それは外部からやってきた者達にも適用され、今のように入口でたかられて金品を奪われても、その時点で弱者扱いされ取られた側が悪いと認識されてしまう事を意味する。
逆を言えば、強者であれば何をやっても文句を言われる事は無いと言う事か。文字通り、強さこそが法律とも言える町なんだな……世紀末かよ。
「それでか、この馬車で来たのは……」
「あぁ。もし普通に行ってたら色々と絡まれて鬱陶しい事になってただろうね」
『ご主人ならば、絡まれた所で軽くあしらえるだろうに』
「トラブルを起こすのは三流、起きたトラブルを解決するのは二流、そもそもトラブルを起こさないのが一流だよ」
いや、俺達門の前で結構なトラブル起こしてたような……。既に三流じゃん。
「で、この弱肉強食の街で何をするんだ?」
「決まっているじゃないか。この町のトップを取るのさ」
この町のトップ。つまりこの町で一番強く、好き放題が出来る存在の事だろう。
「町長でも襲撃するのか?」
「その必要はないさ。この町は定期的に武術大会を開いていてね。そこで強さを示してトップになると現トップに挑戦できるんだよ」
「弱肉強食の町らしい仕組みだな。以前言っていた『面白い催し』ってのはそれの事か」
「そうだよ。リューイチがどれだけ戦えるのかを確認する良い機会だし、頑張ってみようか。幸い死んでも蘇るんだし」
「死んでも……って、その大会は殺しもアリなのか?」
「強さが全てだからね、死ぬような弱い者が悪いって事になるのさ。でも安心するといい。ちゃんとアタシも出場するからさ。決勝で会おう」
「ちょっ、それフラグじゃねーか!」
『フラグとやらが何を意味するかはよく分からないが、せっかく外へ出たのだし、我も出場してみるか』
「マジですかい」
……この大会、荒れるぞ。
・・・・・
馬車と馬を空間内へ収納し、王を含めた三人で泊まる宿を探す事にした俺達。
その道中で明らかに女性のものと思われる悲鳴が聞こえたので、声の聞こえた方向へ向かうと――。
「やべーぞ、レイプだ!!」
まさかリアルでこのセリフを言う事になるとは思わなかった。
細い路地の陰で複数人の男達が女性を組み敷いてやりたい放題やっている。こういう事すら自由なのかよ……。
この町のルールだと『襲い掛かる危機を脱せない程に弱い女性が悪い』と言う事になる訳か。
「強さこそがルールとは言え、それでも胸糞悪いな……」
「でも、それならアタシ達が介入して助けたとしても何も問題はないね」
そうだな。この町のルールならば『俺達の介入を防げない程に弱い奴らが悪い』って事になる訳だ。
となれば遠慮は無用だ。一生懸命腰を振っている男の後頭部に、早速不意打ちで銃弾を一発ブチこんでやった。
「なっ、なにしやがるテメェ!」
「おっと、文句は無しだ。対処できなかった方が悪いんだ」
別の男達がふっかけてきた直後にまた一発、もう一発と撃ってやる。面白いように当たるな……。どうやらこいつらは強さ的には微妙な奴らのようだ。
ロックやレミアくらい強ければ反応する事は出来るはずだしな。反応すらも出来ないという時点で一流ではないな。
「さて、そっちのキミは大丈夫かい?」
いつの間にかリチェルカーレが女性の下へやってきており、介抱していた。チラッと見てしまったが、衣服を剥ぎ取られていた上にあちらこちらにアザが見られた。
表情も完全に怯えきっており、傷は癒せたとしても心までは癒しきれないかもしれない。その後が心配になるが……俺達がどうこう出来る問題でも無いか。
「そ、それより、彼を……」
女性はそう言って路地の奥を指で指し示し、気を失った。俺は王と共に、暗がりとなっている路地の奥へと歩を進める。
『むぅ、これは何と惨い』
ボコボコにされていない場所が無いんじゃないかと思うくらい、酷い有様の男性が倒れていた。
戦場で見られる被害者のように身体の激しい損壊は見られないものの、悪意の限りを尽くされており、その様が俺の心をざわつかせる。
いくら強さがルールだとは言え、ここまで徹底的に痛めつける事をするような奴らは腐っているとしか言いようが無い。
「リチェルカーレ! こっちの方がヤバイ! どうにか出来そうか!?」
小柄な身で女性を抱えてこちらに駆け寄ってくるリチェルカーレ。
すぐさま男性の胸部に耳を当て、口元に手をかざして生きているかどうかを確認する。
「……死んではいない。けど油断はできないね。応急処置だけ済ませてすぐにエレナの下へ送った方が良さそうだ」
女性を男性の横へ寝かせ、何処からか取り出した筆記具でササッと手紙をしたためると、女性の胸元へ置いてから空間の穴を開く。
さすが怪我人を扱うだけあってか、先程の兵士達のように穴へ落とすのではなく、ゆるやかに水面へ沈めるような感じで穴の中へと落としている。
「コンクレンツ帝国はこの町をどうにかしようとは思わないのか? さすがにこれは酷過ぎるだろう……」
「ところがどっこい、何とこの町は国公認の町なのさ。町を任されているのが帝国第四騎士団の騎士団長って所で御察しだよ」
「国がこの状況を認めている……どころか、この町を治めているのが騎士団長だって?」
「キミは『蟲毒』という呪術を知っているかい? 沢山の毒虫を同じ容器に入れて、共喰いさせて最後に生き残った最も強力な一匹を呪術に用いるんだ」
「……まさか、この町がそれだっていうのか?」
「この町に入った者同士を争わせ、時には武術大会という場を用意し、より強い者を作り出す。そうして選ばれた者達を、帝国の軍へと取り立てる……。君の言う通り、まさにこの町そのものが蟲毒の器という訳さ」
『こういう話を聞くと、本当に人間は恐ろしい生き物だと思わされるな。やっている事がモンスターなどよりも遥かにおぞましいではないか』
高ランクモンスターが言うと説得力があるな。王の場合、ちゃんとした意思があるし、もはやモンスターの域ではない気もするが。
そもそもモンスター達の行動は本能だ。人を襲うのも栄養摂取のための捕食だし、ゴブリンやオーク達が人間の女性を襲うのも、同種族の雌個体が少ないが故の事だ。
ただし、進化した個体は人間と同じように捕らえた人間を嬲って楽しむような事を覚えるらしい……が、それらは滅多に居ないらしく、例外と見ていいだろう。
「なぁ、リチェルカーレさんや」
「なんだい、リューイチさんや」
急に口調を変えた俺に合わせて、リチェルカーレも乗っかってくれる。
「出発前は旅人として散策しながら進むとか言ってたが……撤回していいか?」
「ほぅ、それは何故かね?」
「この町見た時点で胸糞悪くなったから一直線にぶっ潰しに行きたい」
あんなもの見た後で、呑気にコンクレンツ帝国の散策なんてやる気にならないわ。
こんな腐った事を公的にやるような国をぶっ潰して、綺麗になった後にでも改めて訪れたい所だ。
「いいじゃないか、やろう。けど、まずはこの町からだよ。さっきも言ったように、この町のトップを討つよ」
「了解だ。じゃあ早速その第四騎士団長の所へ乗り込むとするか」
「乗り込むのは明日だね。そっちの方が、きっと面白い事になるはずさ。あと、王には是非ともやってもらいたい事があってね」
何やら王に耳打ちするリチェルカーレ。って、王は頭蓋骨なのに耳……機能してんのか?
『ほほぅ。それは面白そうだ。いいだろう、その役目請け負った』
何を話したか俺には聞こえなかったが、どうやらこの町を潰す事に王も乗り気になったようだ。
正直、武術大会には興味あったが、それは今後の旅において別の場所で参加しよう。きっと他所でもやってるハズだ。




