317:落とされた襲撃者
俺達は黄色い髪の少年を連れて、王都の路地裏へと場を移していた。さすがに人が行き来する大通りで堂々と尋問を行う訳にはいかないしな。
「はっ、ははっ。アンタらの強さが予想外だったのは認めるよ。けどさ、僕を相手にこんな雑な拘束でどうにかなるとでも思っ――」
少年を縛っているのは単に頑丈なロープだけだ。この世界における『力』を使えば簡単に引き千切れるだろう。
しかし、少年がどんなに力を込めてもロープの拘束を解けなかった。と言うのも、何重にも魔術や法術での拘束が掛けられているからだ。
加えて邪神の息がかかった存在である事も考慮し、蒼い宝玉を用いてミネルヴァ様の神懸かり的な力も借りて封じている。
「なんで!? なんで力を発揮できないんだよ! くそっ、こうなったら異邦人の特殊能力で――あばばばばばば!」
少年が突然発生した電撃で痺れる。やはりと言うか、この少年も異邦人――見た目は現地人だからアイグルと同じ『転生者』なのだろう。
特殊能力を使用したら枷が発生するように仕組んでもらって正解だったな。力を与えたミネルヴァ様ならば、同様に力を封じる事も出来て当然だ。
無理に能力を使おうとしたからなのか、少年は電撃によるダメージで黒焦げのアフロ状態となり、口からケホッと煙を吐いて気絶した。
「やれやれ、面倒臭い事になったね。誰か襲撃者で死んでる子は居ないかい?」
「異空間に落とされた面々も気絶しているだけだったぞ。なんだかんだでみんな上手く手加減してるな……」
ぶっちゃけた話、俺は黄色い奴を仕留めるつもりだったんだがな。何せ銃弾を喉元に向けて撃ったくらいだ。闘気も込めてるし、相当な破壊力のはずだぞ。
もしかして奴の能力と言うのは防御力に関係したものなのかもしれないな。とにかく、コイツか異空間に落とした誰かから話を聞きたい所だが……。
・・・・・
「う、う~ん……」
気を失っていた青髪の少女が目を覚ますと、そこは不気味な肉壁に囲まれた異空間だった。
まるで動物の体内にでも放り込まれたかのようなグロテスクな光景と、鼻をつまみたくなる異臭が彼女を襲う。
「こ、ここは何処……? みんなは……」
辺りを見回すと、彼女にとっては顔なじみの仲間が倒れているのが見えた。
すかさず駆け寄って声をかけ、同時に体を揺すると、仲間達も順に目を覚ましていく。
「なんだ、スーか。どうした? そんなに慌てて」
「慌てもする。聞いて、イー。私達は今、閉じ込められている」
スーと呼ばれた青髪の少女は淡々と状況を説明しているように見えるが、イーと呼ばれた赤髪の青年の基準で見ると、これでも慌てているらしい。
「閉じ込め……うぉ、なんだこれ。おい、アル、サン、ウー、無事か?」
「サンとウーは無事。でも、アルが居ない」
緑色のモヒカンが目立つ大男・サンと、桃色の髪の少女・ウーが起き上がり、イーの元へと駆け寄ってくる。
「何があった? 誰か、現状を把握している者は居るか?」
「なんだかとっても不気味な所ですぅ。それに、臭くて不快な感じがしますぅ」
イーもスーも首を横に振る。いずれも気絶中に居空間に放り込まれたのだから、当然その経緯を知る由は無い。
だが、周りの異様さからして従来の空間とは違う場所に居るという事だけは薄々ながら察していた。
「サン、俺達で力を溜めてから能力を使ってみよう」
「了解した。力でぶち破ると言うのは悪くない」
イーは大剣を高く掲げた状態で、サンは胸の前で拳を付き合わせた状態で己の闘気を高めていく。
その姿勢こそが、彼らにとって自身の能力を最大限に発揮するためのルーティンであった。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
イーが剣を振り下ろすと、不気味な肉壁が大きく斬り裂かれる。
サンが拳を叩き付けると、不気味な肉壁が爆弾でも落とされたよう飛散し大きな穴が開いた。
しかし、二人の付けた傷痕は肉壁がウニョウニョと蠢いてすぐに再生を始めていた。
「くそっ、この程度の破壊力ではダメか」
「もっと溜めるか? 一応俺達の力は『際限がない』んだろ?」
際限がないというのは、彼らが転生した際に与えられた『力』の事である。
イーは『何でも斬れる力』を与えられており、力を溜めた時間に応じてどんなものでも斬れるようになる。
サンは『身体強化能力』を与えられており、力を溜めた時間に応じて肉体を強化する事が出来る。
「……やめた方がいい。どれくらいの力が必要なのかも分からないし、それで突破できるかも分からない」
二人を止めたのはスーだった。彼女はここが異空間である事を察しており、単純な力技でどうにか出来るものではないと考えていた。
「だったらどうするんだ? 案はあるのか?」
「私の能力を使ってみる。私の力も『際限がない』から、もしかしたら行けるかも」
スーは『何処へでも移動できる能力』を与えられており、力を溜めた時間に応じてその移動範囲は増す。
彼女の力もまた理論上は際限がなく、その気になれば常軌を逸する程の距離をテレポートする事が出来てしまう。
しかし、彼女自身が試した限りでは『地球の表から裏へ飛ぶ』くらいの移動には数分間の集中が必要。
「ごめん。ちょっと沢山集中する。準備できたら呼ぶ。みんなは休んでて」
スーは十分程の集中を試みる事にした。その間、他の三人は言葉に甘えて休息をとる事にした。
散策する事も考えたが、異空間で離れ離れになると二度と再会出来なくなる可能性もあるため移動は避けた。
「ではでは、私の力で可能な限り疲れを癒しますぅ」
ウーは『回復能力』を与えられており、力を溜めた時間に応じてその効能は増す。
傷の治療のみならず、疲労感や病気の回復、果ては欠損レベルの重傷すら直す事が出来てしまう。
しかし、蘇生だけは不可能。この世界に生きる者達には、蘇生を行う事が許されていない。
「それにしても、ここは一体何なんだ? 誰が何の目的で俺達をこんな所へ……」
「先程対面した者達しか居なかろう。まさか、我らを凌駕する程の実力者が待ち構えていようとは」
「あいつらか。転生者である俺達を超える程の力……まさか、異邦人か?」
「全てがそうではないだろうが、含まれてはいるだろうな。明らかに日本人のような見た目の者がいた」
推測を巡らせる二人。竜一は若返ってこそいるが外見を変えてはいない。
ハルも変身能力を持っているが、一行に加わって以降は己を偽る事を止めたため、現在は素の見た目となっている。
そのため、異邦人や転生者など同じ地球の出身者が見れば、彼らが日本人であると丸わかりだった。
「それで、元の場所へ戻れたとして……どうする?」
「俺的には逃げの一手と行きたい所だが、スーのテレポートを止めるチートっぷりだからな。まずは話をする流れに持って行きたい」
「無謀な戦いをするよりは建設的だな。だが、俺達の目的は果たせるのか?」
「もはや目的がどうとか言う次元じゃねぇ。とにかく生還が第一だ。先は生き延びてから考える」
先程のやり取りだけで『相手が到底かなわぬ実力者』であると判断。目的を捨ててでも生還する事を選択。
その判断をしただけでも、彼らは愚か者ではないと言える。だが、彼らが相手取っているのは常識が通用しない相手であり――
「準備できた。この時点で可能な限り遠くへの移動を試してみる。空間を超えられれば私の勝ち」
スーの準備完了の合図を聞き、三人が駆け寄ってきて、彼女の身体に触れる。
身体に触れてさえいれば、自分自身以外の存在も一緒にテレポートする事が出来る。
「……じゃあ、行くよ」




