306:昇格試験の手続き
「Bランクへの昇格試験ですか? はい、確かにこの王都ギルドで受ける事が出来ますよ」
「ありがとうございます。それでしたら手続きをお願いしたいのですが」
竜一達と別れた残りのメンバー達は、先に王都のギルドへと足を運んでいた。
元々の目的は王都の冒険者ギルドで昇格試験を受ける事。ただ、その前に障害となる要素を排除する必要があった。
アイグルの息がかかった状態で試験を受けたら、まともな形で昇格試験を受けられない可能性が考えられた。
そのため、行動する順番がこうなった。全員でアイグルの家へ押しかけるのもどうかと考え、このような形での行動となった。
残されたメンバーの多くはギルドに不慣れなため、一番ギルドに手慣れているレミアが主導で話を進めていく。
「わかりました。では、昇格試験を受けるメンバーの方に書類を記入して頂きまして……」
「話は進んでるかい?」
と、そこまで説明した所で唐突に出現するリチェルカーレ。背後には竜一とハルも同伴している。
アイグルの話にカタを付けた事で、早々に合流するべく空間転移でやってきたのだが――
「お、おい! いきなり現れたぞあの女……」
「まさか空間転移か!? 馬鹿な、そんな魔術を使える人間がこんな所に居るはずが無い!」
「……もしかして『隠居』か? おとぎ話とばかり思っていたが」
冒険者の口にした『隠居』とは、世俗を捨て己の研究に没頭するために引きこもった魔導師達を指し示す言葉である。
魔力の強い者は人間の寿命をも超越すると言われており、その超越した寿命をもさらなる魔導の研鑽に捧げるため、人知を超えた力を有する。
そんな存在がル・マリオンには隠れ潜んでいて、その者達の力は伝説に名を連ねる魔導師達にも匹敵、あるいは超えるとされる。
ちなみにその噂は事実であり、さらに魔導師に限らず様々な分野の者達が変に野心を持つ事もなく隠れ住んでいる。
いずれの者達も表に出てさえくれば歴史を塗り替える程の力を有しているが、大半の者が自己の研鑽や研究にしか興味が無い。
賢者ローゼステリアおよびその弟子達も、アルヴィースを除き存命を隠し、各々が好き勝手に生活している。
「やれやれ。アタシ、またなんかやってしまったかい?」
リチェルカーレはわざとらしくテヘペロして見せると、同時に指を鳴らして強い魔力を一瞬でギルド内に拡散する。
「……とりあえず、今のは忘れてもらおうか」
「サラッと周りの人間の記憶飛ばしてんじゃねーよ。やってる事アイグルと一緒じゃねーか」
「アレと一緒にしないでくれよ。アタシはただ面倒事を避けただけさ」
やれやれとポージングしてみせるリチェルカーレ。確かにウザ絡みされるのは面倒だと思った竜一は、そこで言葉を区切った。
ギャラリーが何の関心も向けなくなったのを確認すると、転移してきた三人もカウンターでの書類記入に参加する。
「どれどれ、Bランクの昇格試験ってのは一体何をやればいいんだ?」
竜一が書類を見ると、そこには『トロル外来種の討伐』『Aランク試験官との模擬戦』と書かれてあった。
目線で内容を追っていこうとすると、目の前の受付嬢がコホンと咳払いして説明を始めた。
「本来、このコンゲリケットという国に居るトロルはトロールとも呼ばれる小さなモンスターなのです。人々によっては妖精と考えている方もおられます。やる事も小さな悪戯程度で、深刻な害もありません。しかし、近年になって他国のトロルが勢力を伸ばしてきたのです」
トロルとは、元々の世界においても北欧で伝承として語られる存在であり、地域によってその性質が大きく異なる。
イタズラ好きの小さな妖精として語られている国もあれば、邪悪な巨人として語られている国もあり、同じ名前とは思えない程に差がある。
世界各地を巡った竜一もその伝承を知っており、やはり元々の世界と同じ場所に関連するものが影響を及ぼしているようだと感じた。
「他の国でトロルと呼ばれている種は、オークやオーガなどのように大柄で力が強く凶暴な個体が多いです。そんなトロルが、我が国のトロールを脅かしているのです」
「なるほど。つまり、この国で愛されている小さなトロールを守るために、外来種を駆除しようという事か。Bランク試験にするという事は、強いんだな?」
「はい。Bランクへ昇格して頂くには、一人で外来種のトロルを倒すだけの実力が求められます。試験の際は試験官が同伴し、討伐の様子を確認させて頂きます」
外来種のトロルを単独で倒すだけの実力――この地での試験において、一番のポイントはそこであった。
Aランク試験官との模擬戦はあくまでも冒険者達の戦い方を見るというものであり、こちらは勝敗が試験に大きく影響しない。
「はい、書類の記入ありがとうございます。今回試験をお受けになられるのは、レミア様以外の皆様で宜しかったでしょうか」
「それでお願いします。ちなみに昇格試験はいつ行う予定なんですか?」
「さすがに当日いきなりは試験官を手配できないので無理ですが、明日からであればある程度の融通は利きますよ」
「じゃあ明日でお願いします」
・・・・・
「アスク」
宿に戻った俺は、早速蒼い玉を取り出しミネルヴァ様に色々と尋ねてみる事にした。
ただ声でやり取りするのみならず、眼前にミネルヴァ様の姿がホログラムのように浮かぶので、目の保養にもなって良いな。
『はい、こんにちは。何を仰りたいかは大体察しが付きますよ。転生者について……ですね』
「その通りです。聞いていなかったこちらも悪いですが、存命の者のみならず、死者もそういう形で転生していたんですね」
『地球の創作物の影響か「死んだならいっそ別の世界へ行きたい」という未練を抱えた魂もありますので、願いを汲んだ形ですね』
「異世界へ行きたい願望の人達を選んでいる訳ですか。そういう人達って、異世界で無双したりとかチート使ったりとかの願望持ってません?」
『えぇ、確かにそういう願望は多いです。ですが、そのような欲を持つ人達に好き勝手させてはこの世界が混沌に包まれるでしょう』
「そうは言いますが、さっきのアイグル・アトソン……結構好き勝手やってませんでした?」
『あれでも本格的に世界を混乱させるほどの力は与えていませんよ。実際、リチェルカーレくらいの相手には全く効きませんし』
いやいやいや、リチェルカーレを基準にされても。あいつ、この世界でのナンバーツーじゃなかったか?
『少なくとも、全く効かない人は沢山いますし、調子に乗ったら容赦なく制裁されて終わりですよ。先程の貴方達がやったように』
「やはり、この世界に変革を促すため……と言う事でしょうか?」
『竜一さんとは少々意味合いが異なりますが、大まかに言ってそう言う事ですね』
「色々と意図はありそうですが、今はあえて言及しない事にします。自分もなんだかんだで今を満喫していますし」
『いずれ詳しく話すつもりですが、今はそうして頂けると助かります。ただ、あまり向こうの世界から魂を取り過ぎるのは良くありませんし、転生者は極力増やさないつもりです』
ミネルヴァ様曰く、俺達の世界にも人々の魂を回収している上位存在が居るらしい。まさか地球も不思議ワールドだった?
そんな上位存在からくすねるようにこっそり魂を取っているため、ハッキリと事がバレると色々ややこしい事になるってしまうんだとか。
ちゃっかり何をやってるんですか……。地球に居るという上位存在からすれば、いくつもの魂が失踪してるって話になってません?
『大丈夫ですよ。もしバレたとしても、存在の格としては私の方が上位なので、その時は……』
「地球を滅ぼすとかは勘弁してくださいよ。自分はもう帰れなくなったとは言え、故郷には違いありませんし」
何気に『格』という話が出てきたな。これもまた、いずれ聞いてみたい点だな。
ミネルヴァ様と話していると、だいたい何処までなら話すかみたいなラインがなんとなく察せる。
少なくとも、この話題についてはまだ無理そうだ。少しずつの開示を楽しみにするしかない。
『さすがは竜一さんです。その辺、良く分かってますね』
パチンとウインクをすると共にミネルヴァ様の姿が掻き消えた。
やれやれ、まだまだあの方の掌の上で踊るとするか……。




