303:功績の裏側
皆の集めてきた情報を総合して、アイグルという男がどんな存在なのかが分かってきた。
少なくとも王都に彼を嫌う者は存在しないという事、居たとすれば、それは外部から来たばかりの存在。
しかし、アイグルを否定する者は王都の住人全てが敵になる。レミアはまさにそれを目撃した。
セリンの話だと、女性からは無条件の信頼を得ているらしく、更衣室を覗く男子を注意するために自身が更衣室へ入ってもお咎めなし。
女性に最も嫌がる事をしつつ「女性の嫌がる事をするな」と主張するなど、言動の矛盾も周りから全く批判されない。
ハルがギルドで聞いた話では、冒険者から活躍を嫉妬されたりもするが、最終的にはアイグルを称賛する流れになるらしい。
「で、仲間の女性冒険者達を性風俗で稼がせてたってのは……?」
「それだけじゃないわ。ギルドの受付嬢、先日ひたすらアイグルについて語ってたあの女の人も稼ぎに出てたらしいわ」
「合計四人か。懐具合が困窮してるにしても、女性を使って金を稼がせるほどの事って何だ?」
「それに関してはこちらの方で裏取りをさせて頂きました。リューイチ様、これを」
唐突に出現したフォルさんが、机の上に小さな小瓶を置く。中身は鮮やかな緑色、かき氷のメロンシロップを思い出す色合いだ。
「闇商人が依頼を受けてわざわざコレを調達し、アイグルに売ったそうです」
「これは……? ビン薬ではあるんだろうが、ポーションの一種か?」
「こちらは回復薬の中でも『ヴェレーノ』と呼ばれる種類の物です。効果としては、毒の回復に用います」
「特にこの色合いはその中でも最上位のやつだね。ごく一部の特殊な毒を除き、完全な治療が出来る」
最上位の毒回復薬か……。そりゃあ猛毒に侵された貴族令嬢の治療にはうってつけの品物だな。
それを手に入れるために女を働かせたって言うのか? 自らで努力をする事もなく……?
「ってか、そのヴェレーノって回復薬はおいくらほどで?」
「時期によって相場は変わるけど、下手したら数百万は下らないね」
なるほど。そりゃあ確かに並の稼ぎでは入手できないな。とは言え、冒険者にとっては数百万は大きな額か?
ツェントラールでは中堅の冒険者が四千八百万の品をあっさりと買っていた気もするが。
あっさり買ったように見えて、実は一世一代の大きな買い物だったとか言うオチだったりする?
「そんな品をフォルさんが持っているって事は……買ってきたのか?」
「いえ、自作です。そもそもヴェレーノが高額なのは、生成が難しく市場には滅多に出回らないからなのです」
「そんなものを自作できるって、一体どうなってるんだ……」
「ローゼステリア様の弟子であれば基礎薬学レベルです。これくらい自作できなければ、師匠のしごきで死にますので」
「母様は実戦訓練でも容赦なく毒を使ってくるからねぇ。この子なんて一回まともに毒を受けて全身が溶けそうになってたよ。ププッ、あの姿はケッサクだったな!」
「……くっ、このクソ姉め」
何気にフォルさんが毒ずくが、リチェルカーレは聞こえていたのか居ないのか、そんな声は完全スルー。
「アイグルは国王に謁見出来る程の功績があるんだろ? そんな薬くらい簡単に買える金があるんじゃないか?」
「彼はそういう類の報酬を辞退しているそうです。名誉や報酬を求めないと言った姿勢も好感度アップに繋げているようですね」
「それに、本当に高額なのはヴェレーノじゃない。闇商人の方だ」
どうやら、闇商人を呼び出す事自体に、ヴェレーノとは比にならない高額な費用が掛かるらしい。
闇商人は通常の商品のみならず、非合法なものや入手難易度が高いものも確実に入手し、さらに迅速に希望者の所へ届けてくれる。
確実に入手――と言うのは、当然『殺してでも奪い取る』だとか、大金を積んで権利をこっちに優先してもらうかだろう。
加えて、町へ入るためには普通の商人に偽装する必要があり、カムフラージュの意味でも一般人に売れる通常の品々も沢山必要だ。
危ない橋を渡るために色々とやっている訳だ。リスクを背負わせる以上、それに見合うだけの報酬も必要だろう。
転売屋のような水路を堰き止めて水を高額で売るような存在と、命懸けで希少品を入手する存在と一緒にしては失礼だな。
「ザッと推測すると、それだけの事をやらせるには数千万の費用が掛かるだろうね……」
「なるほどな。つまり、まとめるとアイグルは迅速にヴェレーノを手に入れるために多額の資金を用意する必要があったと」
「貴族令嬢が猛毒に侵されていたという話だからね。時間が無かったというのは本当の事だろう」
「聞いた話だと『命懸けで』令嬢を救ったって話らしいが、一体その過程の何処に命を懸ける要素があったんだ」
「闇商人と言う裏のルートを使った事じゃないかな。闇商人の利用は、公にしたら犯罪となるからね」
俺達の世界で言うなら『売人からヤクを買う』みたいな解釈でいいんだろうか。
まぁいくら人の命がかかっている事とは言え、犯罪に手を染めても良い理由にはならんからな。
未だアイグルが英雄視されている所を見ると、どうやらこの事はバレていないようだ。
他のエピソードも色々聞いてみると、例えば貴族の屋敷から物が盗まれた時はアイグルのせいで盗まれたかのような状況だった。
しかし、誰もその事は責めずヘイトは全て窃盗犯に向けられており、窃盗犯の捕縛も単身で行われたものではなかった。
そんな状況にもかかわらず、他の協力者は大っぴらに功績をアピールしたりせず、アイグル一人に名誉を譲るような形になっている。
「……あまりにも不自然な状況だな。思考誘導はもちろんの事、下手したら事件すらも自作自演の可能性があるか?」
「なんであれ、アイグルの天下は今日で終わりだね。王都の浄化を始めようじゃないか」
・・・・・
作戦は至って単純な力業だ。アイグルを捕縛する、ただそれだけだ。
王都全体がアイグルの味方になっている状況でそんな事をすれば、俺達は王都を敵に回すだろう。
だが、そうやって多くの人間が集まった所でアイグルの術を解除して洗脳を解けば――
「い、一体何なんだ君達は! ぼ、僕が何をしたって言うんだ……!?」
実際捕縛してみると、パッと見では純真そうな少年に見える。本気で何故捕まったのか信じられない様子だ。
アイグルは想像以上に弱い存在で、俺達は特に苦戦する事もなくこの状況へ持っていく事が出来た。
おそらくコイツは催眠術一本でやってると見た。実際の戦闘能力は何らかの手段で誤魔化しているに違いない。
「おい、お前ら! 何をやってる!」
早速この状況を発見した冒険者達が群がってくる。
「アイグルに手出しするなんて許せない!」
「よりによってアイグルさんを狙うなんて……覚悟してもらうわよ!」
「何処の誰かは知らないが、王都でそれは許されない」
「私達に見つかったのが運の尽きだな。ぶっ飛ばしてやるから歯ぁ食いしばりな」
その冒険者達を掻き分けるようにして現れたのは、四人の女性だ。
特徴からして、アイグルとパーティーを組んでいる女性達と担当受付嬢だと分かった。
受付嬢まで出てくるとは、ホントにアイグルの危機に関しては総出なんだな。
「これは一体何事だ!」
さらには憲兵達も出てくる。すぐ気付かれるように割と大通りでやってるからな。これは当然だ。
気が付けば俺達を取り囲むように王都の住民達も集まってきており、俺達は円形状に取り囲まれて完全にアウェイだ。
だが、それこそが待ち望んだ状況。幸い、人質を取っている状況なので向こうもすぐに手出しはしてこない。
「さぁさぁ皆様お立会い。これよりあっと驚く一芸を披露させて頂きましょう」
そう言ってリチェルカーレが大きな針……と言うか、杭のような物を召喚して、足元の地面に突き刺した。
その瞬間、地面を伝って一気に彼女の魔力が広がっていき、ガラスが割れたような音を響かせた。




