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302:アイグルという男

 冒険者ギルドへ到着した俺達は、そこで嫌と言う程アイグルの話を聞かされた。

 俺達が話しかけた受付嬢はかなりアイグルに傾倒しているようで、聞いてもいないのに数々の武勇伝を語り出した。

 曰く、命懸けで暗殺未遂で猛毒に侵された貴族令嬢を救った。曰く、貴族の屋敷から盗まれた品を取り返した。


 最終的にはこの国の国王にすら謁見するまでに至り、誰もがその功績を認める程の存在であるらしい。

 そんな立場でありながらまだ当人は学生であるらしく、学業と冒険者を両立しているとの事だ。

 何処までが術者のコントロール下なんだ? 起きた事件までもコントロールしているならかなりのやり手だが。


「そんな凄い有名人なら是非とも会ってみたいんだが――」

「ですよね! ですよね! わかりますとも! アイグルさんの話を聞いたら誰しも会いたくなりますから!」



 ・・・・・



 一方、いきり立って駆けだした冒険者二人を追ったレミアは、少し距離を置きながら屋根の上から様子を見ている。

 眼下では冒険者達二人が、アイグルが居るという学園の門の前で「アイグルを出せ!」と叫ぶが、周りから幾人もの者達がやってきて取り囲んでしまった。


「な、なんだお前ら!」

「アイグルの坊主に何の用だ? あいつは今絶賛学業中だ。邪魔をするようなら容赦しねぇぞ」

「大の大人が揃いも揃って、アイグルという少年を守るために動く……やはり、何か不自然な気が」

「ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇ。来な。こんな所じゃ憲兵に見つかって面倒だ」


 路地裏に連れていかれる冒険者二人。彼らもさすがに表で戦う事は不味いと思ったのか、誘いに乗った。

 そして、日の当たらない所にまで入ったかと思うと二人は不意打ち的に自分達を囲んでいる者達を殴り飛ばした。

 リーダーは剣を構え、相棒は長い棍を構えて背中合わせに立つ。囲む者達も次々と武器を抜く。


 最初のうちは狭い空間を活かして巧みに立ち回り、次々と相手を倒していた二人だが、やはり多勢に無勢。

 倒されても倒されても次々と増援が現れるため、疲労や焦りで判断を間違え、その隙を突かれてダメージを負ってしまう。

 そうなればもう形勢は一気に傾く。さすがに殺しはまずいと思ったのか、タコ殴りして気絶させるにとどまった。


「これに懲りたら二度とアイグルの坊主に絡みに行こうとすんじゃねぇぞ。坊主は王都の英雄だ。王都の全てが坊主を護るだろう」


 集まった者達が解散しようとしようとした所で、捨て台詞を吐いた男以外が一瞬にして全て崩れ落ちる。


「な、なんだ!? 何が起きやがった……」

「興味深いお話ですね。そのアイグルという者について、お話を聞かせて頂きましょうか」


 さすがに二人が死ぬ前には飛び込もうと思っていたレミアだったが、幸いにも気絶させられた所で攻撃が収まった。

 話を聞くためにあえて一人だけを残したレミアは、男に鋭い視線を向けつつ、指し示すように剣を向けた。



 ・・・・・



 情報収集のため、私達は離散して王都の中を散策して回る事になりました。

 私セリンは現在、町娘に扮してアイグルが通っているという学園付近を歩いていましたが、そこに騒がしい男子学生達の声が飛び込んできます。


「ど、どうだ? 見えそうか……?」

「あと少し、あと少しだ」


 何組かの男子ペアが肩車をして、少し高い位置の窓から建物の中を覗き込もうとしているようです。


「剣術部の女子達はレベルが高いんだよな。鍛えられて引き締まった身体がたまらねぇぜ」

「そ、その中身がこの壁の向こうにあるんだよな……。ヤベェ、もう興奮してきた」


 思春期真っ盛りの男子にはありがちな、女子更衣室覗きですね。褒められた事ではありませんが、私が注意するのも違う気がします。

 青春ですよねぇ。件のアイグルはこういう集団には混ざっていないのでしょうか……。

 私が足を止めて微笑ましく様子を見守っていると、何故か壁の向こうから男子の声が聞こえてきました。


「みんな! 窓から覗かれてるよ! 気を付けて!」

「ゲッ、アイグル……!」

「逃げるぞみんな!」


 アイグル? 壁の向こうで声を発しているのが、目標の人物……?

 私は師匠譲りの術で完全に気配を断つと、少し浮遊して窓から中を覗き込んでみる事にします。


「あいつら……、女の子達が嫌がる事をするなんて許せない!」


 と、女子更衣室に堂々と入り込んだ男子学生が何か言ってますね。貴方自身が一番女の子達が嫌がる事してますよ。

 普通ならば皆様から袋叩きにされるところでしょう。しかし、当の女子達の反応は真逆でした。


「ありがとうアイグルくん!」

「女の敵を排除してくれて助かるわ。さすがアイグルくんね」

「アイグルくんが居れば安心ね。お風呂も見張ってもらおうかなー」


 感謝の言葉を述べるのみならず、ぎゅむ~っと腕を抱きしめて胸を押し付ける女子生徒。

 他にも背後から抱き着いたり、指でアイグルの身体をなぞりつつもじもじしている女子生徒など、皆して感覚がズレています。

 アイグル無罪と言う事でしょうか。これが『思考誘導』の影響力……。一体、真の女の敵は誰なのでしょうね?



 ・・・・・



 私はギルドに残って、飲食スペースで色々な話を聞く事にしたわ。

 本来なら酒場とかの方が良いんだろうけど、アイグルは学生らしいから行かなさそうだしね。

 冒険者だというなら、こういう場所で色々とおしゃべりしてるんじゃないかしら?


「ん? アイグルについてだって? いいぜ、アイツはすげぇヤツなんだよ」

「なんだ、あんたもアイグルのファンになっちまったのか? まぁ、アイツなら仕方ねぇよな」

「若手ながら実力もあり人柄もいい。大型新人の登場で冒険者の未来は明るいぞ」


 全く否定の言葉が出てこないわね。しかも、褒めるにしても漠然とした感じで、具体的な点を挙げての称賛が無い。

 まさに『緩く思考誘導されてる』といった感じがするわ。もっと身近に居そうな仲間は居ないのかしら。

 それを聞いてみると、三人ほどアイグルと良く組んで活動しているという女性冒険者に心当たりがあるらしい。


「けど、あいつらも良くやるよな。アイグルが大量の金を必要としているからって、臨時に性風俗でバイトしてまで金策するとはな」

「ま、その気持ちは分からんでもないぜ。俺達もアイグルが困ってるってんなら全力で助けてやろうって気になる」

「あいつはそれだけの事を成し遂げたんだ。王都の英雄サマサマだよ。今や王都の全てがあいつの味方と言っても過言じゃない」


 性風俗でバイト……穏やかじゃないわね。世の中色々な人が居るから、誰かのために身を売る人だっていると思う。

 でも、王都で英雄とまで謳われる存在が金に困るなんてあるかしら。国王に謁見出来る程なら、それこそ懐に困らない財があるんじゃ?

 良くある正義の味方みたく「そんなものは要らない」と突っぱねたのかしら……。ちょっと探ってみる必要がありそうね。


「うらやましいぜ。どういう人生を送ったら貴族令嬢の命を救ったり、貴族の屋敷から盗まれたものを取り返すなんて機会に恵まれるんだろうな」

「俺達の前にも都合よく病気の貴族令嬢が現れたり、困った貴族からの依頼が舞い込んだりしないもんかね……」

「残念ながら俺達には無理だろうな。きっとあいつは主人公なんだよ、この世界のな。全てはあいつのために回ってるのさ」


 男達はうらやましいと言いつつも本気でアイグルに嫉妬するでもなく、むしろそれをネタにしてさらにアイグルを持ち上げている。

 どんな話をしようとも、最終的には称賛へ至るように町の人一人の言動すらもコントロールされているみたいね。

 正直言ってこの時点でかなり気持ち悪いわ。町を一つ舞台にして、完全に己を主人公としたロールプレイやってるじゃない。


 ……竜一さんのセリフじゃないけど、アイグルは絶対にぶっ飛ばさないとダメね。

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