296:キャンプ地の戦闘
キャンプ地の各所で冒険者達がヘムンドゥと呼ばれる狼型のモンスターと戦っていた。
体長は二メートル程で灰色の毛並み。その鋭い爪は鉄の鎧すらも易々と引き裂き、鋭い牙は鉄兜ごと頭を嚙み砕く。
しかも、単独行動せずグループ単位で行動するため、デビューしたばかりの冒険者では少々厳しい相手である。
「うぉっ! やはり素早いな。完全に攻撃を回避しきれん」
「ちっ、小傷でも重なると厳しいぞ。この群れを退けたら治療を……って、おい、傷が治っていくぞ」
「自動回復だと!? どうなってる? 誰かが広域補助を展開してくれたのか?」
「誰かは知らんが有り難い。これならば多少は無茶が出来る。いつもより多く狩れるかもな」
傷を受けた冒険者が、噛みつこうと接近してきた一体の首元を斬り裂く。
もう一人の冒険者は手に持ったハンマーを思いっきり顔面に叩き付けて仕留める。
そんな調子で、大した損傷もなく五体程の小さな群れを打倒した。
木々が生い茂る別の場所では魔術師が氷弾を放つが、ヘムンドゥはそれを軽々と回避して間合いを詰めてくる。
しかしそれは作戦のうち。鬱陶しい攻撃をしてくる魔術師をあえて狙わせ、そこを確実に仲間の前衛が仕留めていく。
とは言え作戦も万全ではなく、仲間達は少しずつ傷を負っていく。後衛の神官がそれを癒そうとするが――
「……私が治療を始める前に傷が治ってる? そんな、いつの間に広域治療法術が展開されてたの!?」
エレナの展開した広域治療法術『女神の花園』は、同じ神官ですら気付かない程に隠密性に優れたものだった。
まったく法力の気配を感じさせないのに、確かに法力が機能している。神官からすれば、そんなものは想像を絶する術法である。
だが、神官の仕事がなくなった訳ではない。ゆっくりと傷は治るが即効性は無いため、迅速な治療が必要な事には違いない。
「奥から大きな気配が来ます! おそらくは上位個体……」
木々の奥から姿を現したのは、通常個体と比べると二回りは大きなヘムンドゥの個体だった。
体長にして五メートル程はあるだろうか、毛並みも通常個体と比べれば少し濃く、外見からして明らかに格が違うと察せられた。
接近を告げた神官は、その威容に震えが止まらなくなり、魔術師の女性も怯えを見せたが、その前に男性陣が立つ。
「ここまで接近された以上はもう逃げられないと思った方が良いな。みんな、腹をくくれ!」
・・・・・
『ふむ。呼ばれているな……』
ふと死者の王がそんな事を言い出した。普段は影の中に潜んでいる王は、実は人の影の間を自由に行き来できる。
現在は俺の影に潜んでいたようだが、どうやら俺には聞き取れない『何か』を察したらしい。
「呼ばれているって、誰にだ?」
『おそらくはヘムンドゥの支配個体だろう。人間には聞こえぬ音域で、我を挑発しておる』
俺には何も聞こえないが、リッチという死霊のモンスターと化している王であれば聞き取る事が出来るのだろう。
コウモリの超音波が人間には聞き取れないのと同じ理屈か。人間に聞こえる鳴き声とは別に、そういう声も使い分けているか?
「何て言ってるかは分かるのか?」
『平たく言えば『我が同胞に拭い切れぬ恐怖を与えた死者の王よ、出てこい。我自らが滅してやろう』と言った感じか』
「同胞に恐怖……もしかして、あの崖崩れを起こした時の事か?」
『おそらく、な。我は威嚇として崖に死を与えて崩したが、あの狼にも少なからず余波が届いていたようだな』
うわ。死者の王の威圧を受けてしまったのか……。アレは浴びた瞬間に根源的な恐怖に支配されて震えが止まらなくなる程の怖気がするんだよな。
ヘムンドゥは王の攻撃をしっかり回避したつもりだったのかもしれないが、後々になって効いてきて怖気に襲われてしまったんだろうな。
おそらく支配個体が様子のおかしくなった仲間から事情を聴き、敵対存在を認識。その上で、自分が出なければならぬ程の強敵と判断したか。
『リューイチよ、行って構わぬか?』
「いいよ、依頼を受けたのはレミアだが、パーティの誰が達成してもいいんだ」
『心得た。では、我を指名した愚か者を締め上げてやるとしよう』
影の中から姿を現した王は、闇の力が強く表出した恐ろしげな――まさに『死者の王』に相応しい姿となっていた。
直後、移動するのに都合が良いのか、自ら粉末状に砕けて風に乗るようにしてその場から姿を消した。
「……気の毒にな。支配個体とやら、楽には終われないぞ」
・・・・・
「くっ、なかなか素早いわね。竜一さん、こんなのに銃弾ぶち込んで一発で仕留めてた訳……?」
飛び込んでくるヘムンドゥにすれ違いざまの一閃。しかし、両断には至らず側面を斬り裂くだけにとどまった。
絶命には至ったが、想定している以上に浅い当たりしかしなかった事に、ハルは内心で歯噛みする。
『キョオオオオオオオ!』
精霊のキオンも小柄な体格を活かしてヘムンドゥの攻撃をかいくぐり、腹部に角を突き立て、そのまま頭を動かす事で傷口を広げる。
可愛い見た目に反してなかなかエゲつない戦い方をしているが、体当たり程度では大したダメージにならないため、彼なりに考えた方法だった。
ハルとキオンは背中合わせに立ち、群れで襲い来るヘムンドゥ達を次々と仕留めていく。
『グルルルルル……ッ』
「二周りくらい大きな個体! おそらくはこの群れのボスね」
ハルが踏み込んでいくが、大柄な身体に反して一般個体よりも遥かに素早くダイナミックな動き。
一瞬で木の上にまで跳び上がり、跳ね回るボールのように高速で木々の間を行き来して二人をかく乱する。
その状態から、勢いを増したヘムンドゥが爪を突き立て、己を武器と化し突撃してくる。
ハルは何とか回避するが、そのまま突き抜けたヘムンドゥは木々をなぎ倒しながら奥へと消えていく。
幾本もの木々をなぎ倒す程の突撃。まともに喰らえば身体をゴッソリ持って行かれる程の威力だ。
さすがにキオンも危機を感じたのか、己の身体を肥大化させて耐久力と防御力を飛躍的に上昇させる。
『グオォォォォォォォォォ!』
『グルルアァァァァー!』
再び突撃してきたヘムンドゥを巨大化したキオンが角で受け止める。
思わずハルが耳を抑える程の激突音が鳴り、力の拮抗した二体の動きが止まる。
「よし、今のうちに――」
ハルが仕掛けようと身を屈めた瞬間、何処からか飛来したナイフがヘムンドゥの眉間に深く突き刺さる。
さすがに脳天を突かれてはたまったものではないようで、力を失い地面に落ち……かけた所を改めてハルが仕掛ける。
モンスターは生命力が強い。普通なら死にそうなダメージでも油断せず、確実に絶命させるのがセオリーだ。
斬り裂く一瞬に強く闘気を込め、ボス個体の首を一気に斬り落とす。当然、残心も忘れない。
ハルも『邪悪なる勇者達』に合流する前の冒険者時代、些細な油断で命を落とした冒険者を何人も見てきた。
そういう末路に関して最悪だと思っているハルは、絶対に自身がそうならないように気を張っていた。
(それにしても、さっきのナイフは一体……?)
・・・・・
その頃、とある建物の屋根の上――
「どうやら、一助にはなったようですね」
ほっと一息しているのは、竜一からバックアップを任されたセリンだった。
竜一からはスタッフの手伝いをしていると認識されているが、彼女はパーティの支援に徹していた。
それが、苦戦している仲間達へ向けたナイフの遠投だった。一投はハルのもとへと届いた。
「次、苦戦が見られるのはルーさんの所でしょうか……」
遥か遠方、魔力で強化した視界が捕らえたのは、ルーが戦っている場所だった。
そこへ向けて、セリンが数本のナイフを手に取って勢いよく投じると、まるでミサイルの如く目標へと向かっていった。




