294:山間部のキャンプ地
俺達は崖を崩壊させて後々観光スポットになるであろう場所を作ってしまった山を抜け、開けた平原に辿り着いていた。
しかし、そこはあくまでも四方八方を山に囲まれたような盆地であり、正確にはまだ山脈の只中に居ると言っていいだろう。
そんな奥地でありながら、見据える先にはいくつもの家々が並んでおり、中には商店らしきものも見える。
「どうやらキャンプ地のようですね。長大な山脈を抜けるにあたっては、ありがたい立地と言えます」
「身体強化しながら移動しているとはいえ、負担が無くならない訳ではありませんからね。本当に助かりますね」
身体強化は決して無敵の力じゃない。移動が楽になるとはいえ身体への負担はゼロにならないし、魔力も消費する。
疲労すらも回復するエレナの力があるとはいえ、それではエレナにより一層の負担を強いる事になってしまう。
なので緊急性が必要とされる状況以外では、極力疲労までも回復する程の強い術は控えた方がいいと皆から言われていた。
「凄く素敵な場所ね。私、向こうでは海外へ行った事が無かったし、こういう景色を見る経験は無かったから新鮮だわ」
「いやいや、海外を飛び回ってあちこち行っていた俺にとっても新鮮だぞ。仕事柄、のどかな場所はあまり行かなかったからな」
基本、戦場カメラマンだったしな。それ以前にも普通のジャーナリストとして各地を飛び回った事もあるにはあるが。
とは言え、戦場と無縁の取材はそんなに多くは無い。何せ、普通の取材なんてものは世間ではあまりウケない。
テレビを好んで見るような層が良く望むのは、戦場のような非日常だ。視聴者は安全圏から危険を眺めるのが大好きな傾向にある。
俺は悲劇を伝える理念のもとに戦場を取材し、世間に現地の在りようを伝えてきた。
しかし、多くの一般大衆はそんな戦地の光景を娯楽として見る。戦争とは無縁故に光景が実感できないからだ。
常日頃から爆弾が降り注ぐような場所で戦地の映像を見た人々が同じ感想を抱く事は決してない。
「……竜一さん?」
「いや、すまない。元の世界での事を思い出していたんだ。行こう」
俺は当時の思い出を振り払うようにして、目前のキャンプ地へと歩を進める。
・・・・・
「ようこそおいでくださいました。山道を抜けてきて、さぞ疲れた事でございましょう」
入り口に『ドラクセルス』と書かれた大きな建物の中に入ると、柔和そうなお爺さんが俺達を出迎えてくれた。
そこはホールのようになっていて、その一角にはフードコートらしき場所があって幾人もの冒険者達が飲食を堪能している。
こんな僻地なのに意外と人数が多くてビックリだ。もしかして、実入りが良い場所だったりするんだろうか。
「冒険者ギルドの支部も御座いますので、依頼のやり取りや素材の買取も行っておりますよ」
お爺さんは手で示してその場所を案内してくれる。確かに、そこには冒険者とやり取りするギルド職員の姿が。
こんな山を抜けた先の盆地でも充分に設備が整っているとは驚きだ。冒険者と言う存在が如何に普及しているかが良く分かるな。
わざわざ都市部にまで出て行かなくて良いって訳だ。そういう意味では、ここに篭って稼ぐのも選択肢の一つって事か。
「じゃあ、まずはギルドの窓口だね。皆で出来そうな依頼を受けて実績を積もうじゃないか」
世界を旅していると冒険者である事を忘れそうになるな。俺達の場合は「ついで」みたいなものだからな。
そういやランクは今どうなっているんだったか。失念してるからその辺も含めて確認しないとな……。
「アタシは道中で空間収納に放り込んできた素材とかを売ってくるよ。もし早く終わったらフードコートで待っていてくれないか」
そう言ってリチェルカーレは素材買取の窓口へと歩いて行った。
空間収納の関係で荷物は一括管理してるからな。彼女に任せるしかないだろう。
「みんなは現在受けている依頼とかはあるのか? 俺は常時依頼をいくつか受けているが」
通常の依頼は大抵の場合において現地に根差した依頼が多く、依頼をこなすにあたってはしばらく滞在する必要がある。
一方で常時依頼は全国共通の依頼で、常に発行されている依頼だ。主にモンスター討伐や素材の収集が多い。
納品する場所も何処でも良いから旅人には都合が良く、俺達もこの依頼の数をこなす事で地道に実績を稼いでいる。
「道中でもこなせそうな依頼は受けてますよ。ここでも、滞在中に出来そうな依頼はこなそうかと思います」
「ここで発行されてる依頼か……。一体どんなものが並んでるんだ?」
【ヘムンドゥの討伐依頼 ドラクセルス近辺(常時依頼)】
【ヘムンドゥ上位個体の討伐依頼 ドラクセルス近辺 Cランク】
【ヘムンドゥ支配個体の討伐依頼 ドラクセルス近辺 Aランク】
数あるモンスター討伐依頼や素材収集の依頼とは別枠で、ヘムンドゥなるモンスターの討伐依頼枠が設けられていた。
通常のヘムンドゥ討伐は常時依頼として開放されているため、そんなにハードルは高くないのだろう。
しかし、上位個体はCランク。支配個体に至ってはAランクだ。同一モンスターでも上下のランク差が激しいな。
「このヘムンドゥというモンスターはどんなモンスターなんですか?」
「ご存じないという事は、旅人の方ですね。ヘムンドゥはドラクセルスを囲む山脈に生息する狼のモンスターです」
受付嬢が丁寧に答えてくれる。なるほど、狼のモンスターなのか。俺達がここへ来る途中にも遭遇したが、もしかしてあいつらの事か……?
「ヘムンドゥは数ある狼のモンスターの中でも特に縄張り意識が強く、領域内に侵入した者に対しては問答無用で襲い掛かります。ですが、それ以上に恐ろしいのはその仲間意識。彼らは仲間を倒した相手を決して許しません。仇を求めて、何処までも何処までも追ってきます」
「ここへ来る途中に何匹か狼を倒してしまったんだが、もしかしてそいつらがヘムンドゥか? だとしたら、奴らが俺達を追ってここまで来てしまうのか?」
「ご心配なさらず。それは他の冒険者の方々も同じです。ヘムンドゥの生態から考えて、ここへ来るまでの間に襲わない訳がありませんから」
そうか。領域内に侵入した者には問答無用で襲い掛かるのが奴らの習性だったな。
ヘムンドゥの生息する山々に囲まれたこの場所へ来た時点で、全ての者が奴らの領域を犯している事になる訳だ。
「ですので、ドラクセルスに滞在する方々全員にとっての共通の敵と言う事で、常時依頼を出させて頂いております」
「ではヘムンドゥの上位個体と支配個体について伺っても?」
「上位個体は各所に点在している群れのボスです。下位個体が集団で敵を襲う際、少し離れた場所で様子を見ていたりしますね」
少し離れた場所――そう言えば、王が退けた個体がそんな感じだったな。アレが群れのボスか。
「支配個体はそれらの群れを統括する存在ですね。いわば、この近辺一帯全てのヘムンドゥの頂点に立つ者。大きさも強さも段違いで、未だ誰も討伐に至っておりません」
曰く、上位個体自体は今までに何度も倒しているらしい。Cランク相当らしいし、そこそこの冒険者でも何とかなるのだろう。
だが支配個体の討伐に関しては、依頼が発行されてから誰も達成した事が無いという。Aランク相当らしいからハードルが高いのだろう。
「リューイチさん、せっかくですから受けましょう。私なら受注の条件を満たしていますから」
そう言ってレミアが受付にギルドカードを提示すると、受付嬢の表情が凍った。
「!? す、すいません! 少々お待ちください……!」
そういやSランクの冒険者って世界でも軽く数えられるほどしかいないんだったか。
奥の方に居る中年男性――おそらく上司だろう――に報告し、判断を仰いでいるようだ。
少し会話のやり取りをした後、今度はその上司と思われる者がこちらへ来た。
「申し訳ありませんが、カードの確認をさせて頂きます」
そう言ってレミアのカードを小さな魔法陣が描かれた板の上に乗せる。
魔法陣から発された光が何やら絵や文字やらを象る。おそらくは情報を抽出したのだろう。
それをしっかりと読み確認した後、レミアにカードを返して頭を下げてきた。
「申し訳ありません。トラブル防止のための措置を施していたのですね。ランクに間違いはありません」
そういやツェントラールのギルドで、Sランク冒険者はトラブル防止のため例外で『偽装』が許されているんだったな。
現在のレミアは偽装を解いているため『さすらいの風のシルヴァリアス』ではなくなっている。故に、世間的には何者かが分からない状態なのだろう。
傍から見れば、何者かも解らぬ者がSランクのカードを持っているように思われる。カードを調べる事で、おそらくその辺を把握したのか。
「ヘムンドゥの支配個体の討伐を受けて頂けるのは、当ギルドとしては非常にありがたい事でございます」
依頼を受けたのはレミアであるが、実際やるのはレミアだけではない。レミアの仲間である俺達にも挑む権利がある。
周りにはその気になれば一人でやってしまえるような面子ばかりが揃っているが、その辺は上手い事やっていかなくてはな。
魔導国で入手した『オーガの金棒』を使っての実戦訓練も積んでおきたい所だ。素早そうな相手に通じるか?
『『『アオォォォォォォォォーーーーーン!!!』』』
建物の中にまで轟く、狼の遠吠え。早速お出ましか、ヘムンドゥ……。




