290:ル・マリオンの守護者
俺達は既に太陽系へと戻り、地球――ル・マリオンへと向けて帰路を進んでいた。
ミネルヴァ様の力なら一気にル・マリオンまで飛ぶ事も出来たが、あえて太陽系惑星外に転移した。
行きは一気に外へ飛んで見る事が出来なかった太陽系惑星を、この帰り道で見るためだった。
とは言っても、実際の惑星はイメージイラストのように都合良く一直線に並んでいる訳ではない。
普通にまっすぐ進んだ所で、全ての惑星に都合よく遭遇する事は出来ない……ハズなのだが
「もしかしてミネルヴァ様、全ての惑星が見えるような軌道で進んでます?」
俺達は太陽系に着いてから冥王星、海王星、天王星と、三つの星を経由してきている。
冥王星は近年に準惑星に降格されたが、そうなる前の時代から来たハルに話したら凄く驚いていたな。
セー〇ー戦士が一人減るじゃない! ……って、確か冥王星を象徴とした戦士が居たんだっけ。
『滅多に来られる場所ではありませんからね。サービスですよ』
ちなみに今のシュヴィンは、ミネルヴァ様の力を借りて光速にも等しい凄まじい速度で宇宙空間を移動している。
光の速度でも地球から冥王星まで四時間半くらいかかるのだから、最低でもそれくらいの速度で移動しないと太陽系横断はやってられないな。
そんな速度で移動してたら惑星なんて見ている暇はないと思われそうだが、その辺はさすがに配慮してくれているようだ。
「あ、土星が見えてきたわ! ほんとに輪があるのね……」
「まさか地球側からじゃなく、天王星側から土星を見る日が来るなんてな」
俺達はいつも地球から土星を見ていたから、逆側から見るのは斬新だ。
とは言え、俺は専門家でもないし、逆側から見た所で特に何か違いがあるとかは全く分からない。
こんなにじっくりと惑星を見られるのは、惑星付近では減速してくれているからだろうな。
・・・・・
木星を通り過ぎ、小惑星帯を抜け、火星……そしていよいよ地球――ル・マリオンが見えてきた頃。
唐突にシュヴィンはその動きを止めた。ミネルヴァ様が制止をかけたようだ。
『戻る前に、紹介しておきましょうか。ル・マリオンの守護者にして最後の防衛線たる存在を……』
そう言って杖を掲げると、宇宙空間にドラゴンの姿が浮かび上がってきた。
シュヴィンのような蛇型ではなく、ファンタジーでおなじみの、あの二足歩行型のドラゴンだ。
その姿形自体は別に珍しいものじゃない。だが、その大きさが尋常ではなかった。
「嘘でしょ。星をまるでボールのようにつかんでる……」
そう、その超巨大なドラゴンは、右手でル・マリオンそのものをつかんでいた。
右手で地球大の惑星をつかめる程の大きさという事は、その全体像はもはや推して知るべしだ。
『大丈夫ですよ。あの守護者は精神体のようなものですし、そもそも星自体には触れていませんから。それに、地上側からは見えないようになっています』
確かに、良く見るとつかんでいるというよりかは『掌の中に浮かんでいる』と言った方が正しいか。
もし地球側からアレが見えて居たとしたら世界中が大騒ぎだよ。見えたとしたら、どのように見えるかは気になるが。
ともかく、あんな守護者が居るのなら、万が一ル・マリオンに宇宙の怪物が来ても何とかしてくれそうだな。
『そろそろ地上に戻りましょうか。せっかくですから、何処か降りたい場所に降ろして差し上げますが……』
「とは言っても、俺はまだこの世界の地理には疎いからな。お勧めがあればリチェルカーレに任せる」
「そうだね。あまり魔導国から離れた場所に降りてもまたややこしくなるだろうから、近場のコンゲリケット辺りでいいよ」
なるほど。魔導国の近くに降りるのか。そう言えば、魔導国へ来る前は一気に距離を飛んだもんな。
元々の世界の地図で例えるなら、朝鮮半島や中国がある辺りから急にイギリスへやってきたようなものだ。
あんまり一気に飛ばれてしまっては、世界中を隅々まで巡りたい俺としてはやりづらい……。
「そのコンゲリケットってのは、地図で言うとどのあたりになるんだ?」
「アタシ達がシュヴィンに乗った辺りから見て、対岸だね」
リチェルカーレが指パッチンで地図を手元に召喚する。魔導国で世界地図の複製をもらったらしい。
それを覗き込んでリチェルカーレが指で示した部分を見ると、俺達の世界で言うノルウェーにあたる部分だった。
ノルウェーで言うローガラン辺りだろうか。確かにイギリス――いや魔導国の北端から見れば近い位置だな。
「コンゲリケットからは大陸の形に添って北東へ進み、そこから南下。西の端まで行ったら海峡を渡って下の大陸へ行く。そのまま大陸を反時計回りに周って東へ進み、フーシャンにたどり着く流れを考えたよ」
リチェルカーレが実際に地図で大陸をなぞり、旅するルートを示してくれた。
現実の世界で言うならノルウェー、スウェーデン、フィンランドを経由してロシアの西端を抜けスペインやポルトガルの辺りまで移動。
ジブラルタル海峡に当たる場所を渡りモロッコに到着した後、アフリカ大陸を反時計回りに巡っていく。
そして、エジプト辺りまで来たら一気に東へ。中東を抜けて一気に中国まで行くような感じか。
ヨーロッパとアフリカを一通り巡り、中東もカバーする。完全に世界を巡りたい俺に気を使ってくれたプランだ。
この世界における日本にあたる『和国』やアメリカ大陸、ほかルートに含まれない場所はその後って事か。
「よ、良く分かりませんがようやく元の世界へ戻れるという事でしょうか……?」
おずおずと口を挟んできたのはエレナだった。宇宙ではすっかり置いてけぼりにしてしまった感じだな。
今思えば現地人組は宇宙の事を知らないままで居た方が良かったのではないかと思えるな。
異邦人組の俺とハルは宇宙の知識を備えているけど、現地人組はそういう前提の知識が無かったしな。
「リチェルカーレの道楽にムリヤリ付き合わせる形になってしまって悪かった。訳が分からない事だらけだっただろう」
「い、いえ。普通では絶対に体験できないような事を体験できたのは良かったと思ってますよ」
訳が分からなかった事自体は否定してないな。さすがに、いきなり宇宙の存在を叩き付けられて学べと言われても無理だろう。
「すいません。先程までの事は後でちょっと整理させてください。私には情報量が多すぎます」
「私も同じです。普通にしていたら一生知らないままの事だと思います。リューイチさんの世界ではこれが常識なんですね……」
いや、俺の世界でもさすがに『宇宙の彼方で巨大な怪物が戦っている』とかいう常識は無いぞ。
『確かに、常識としては備わってませんね。ですが、実際はどうでしょう?』
ミネルヴァ様が悪戯な笑みと共に口を挟んでくる。美しい笑顔だが、俺はそれに怖気を感じてしまった。
そうだ。確かに、俺の世界の宇宙には『生物がいない』とはまだ言い切れない……。一体、俺の世界に居る誰が実際に幾億光年の彼方を直に確認した?
さりげなく言っただけの何でもない一言のようでも、ミネルヴァ様が言うと何かしらの意味があるように感じてしまう。
だが、俺は既に向こうの世界での肉体は失われているし、戻る事は出来ないという前提でこの世界に居る。
と言うのに、今更向こうの世界に関して匂わすような事を言われてもな……。確かめようがない。
……考えるのは止めだ。とにかく今はコンゲリケットとやらに降りて、旅を再開する事だけを考えよう。




