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027:あの頃のあの人達

 ――王城。


 エレナは朝の祈りを終えて自室へと戻ってきた。


「あら、見慣れない荷物ですね……」


 机の上に、部屋を出る前には置かれていなかった木箱があるのを発見する。

 彼女には全く心当たりが無かったので、とりあえず中身を確認――


「いやぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「エレナ様……。どうなさいましたか?」

「きゃああぁぁぁぁぁ!」


 悲鳴を上げた瞬間、すかさず掛けられた声にまたもビビって悲鳴を上げるエレナ。


「……生理ですか?」

「違います! どうしてそうなるんですか! ……って、貴方は」

「メイド長のフォル・エンデットで御座います。何やら悲鳴が聞こえたようでしたので馳せ参じました」

「そ、そうでしたか。取り乱して申し訳ございませんでした。実は――」


 メイド長に箱を指し示して、実際に中身を見てもらう。


「ふむ。これは氷の魔術で凍結されていますが、間違いなく人間……しかも女性の手ですね」

「本物なんですか!? ど、どうしてそんなものが私の所に……」

「他に何か同梱されているものは……おや」


 手の下に折り畳まれた紙が同封されているのが見えた。手を二つとも箱の外へ除けてから紙を取り出してみると、それはリチェルカーレからの手紙だった。

 メイド長は軽く中を一瞥すると、開けた状態にしてエレナに手紙を見せてやった。


『もうすぐ両手首を切断された女の野盗が護送されてくるから治療してやってくれ』


「って、無茶振りにも程がありますよ! と言うか何で先に手首だけ送ってくるんですかー!」


 エレナの下には魔導師団によって定期的に苛烈な制裁を受けた者が転送されてきている。

 彼女は文句も言わずそれらの治療を行っていたのだが、今回ばかりはさすがにプッツンしてしまった。

 と言うのも、さすがに部位を切断されるほどの状態を治療しろとは言われた事が無かったのだ。


「確かに、今まで様々な重傷患者を治療してきました。しかし、これは治療と言う範囲を超えてますよぅ」

「エレナ様。お言葉ですが、貴方はいまいちご自身の力を自覚しておられません」

「……どういう事でしょう?」

「どういう事も何も、貴方は――」


 周りに聞かれては困るのか、小声で耳元にそっとささやくメイド長。

 それを聞いた瞬間、エレナは目を見開いて驚いた。


「!! ……何処でそれを?」

「さすがに『知識の探究者』には及ばないまでも、私も私で色々と情報を集めておりますので。とにかく、貴方ならば切断された部位を繋げるレベルの治療も行えます」

「わかりました。それを忌々しく思う部分はありますが、その野盗の女性のためにも、ちゃんと自分の力を使う事にします」

「可能な限り私がご教授いたします。上位の治癒魔術に関して、知識だけは御座いますので……」

「貴方、ほんと一体何者なんですか……」

「仕えるべき国を愛するだけの、ただのメイドで御座いますよ」


 メイド長による指導で、エレナの治癒魔術訓練が始まった。

 類稀な法力の使い手であるからこそなれる神官、しかもその中でも飛び切り優秀な神官長に対して法力の使い方を指導できるメイド長。


(神官なのにメイドから治癒魔術を教わっている私って一体……。いえ、確かにフォルさんは何でも出来る万能の存在だとは聞いてはいましたけど……)


 先程『耳打ちされた内容』も含め、エレナの中でフォル・エンデットという存在に対する謎が大きく膨らんでいった。



 ・・・・・



 その頃、騎士団の副団長レミアはコンクレンツ軍と激突した平原へとやってきていた。

 彼女自身は別の場所で任務にあたっていたため目撃してはいなかったが、地響きと轟音は耳にしていた。

 その後、現場に近づくにつれて見えてきた惨状を目の当たりにし、思わず頭を抱えてしまった。


「……どういうことなの」


 未だ残るコンクレンツ軍の兵達や馬の死体はまだわかる。だが問題は、その後方に広がる異様な光景だ。

 ある場所を境目として、突然砂漠が広がっているのだ。しかも、砂丘のように砂が盛り上がっている部分もある。


「実は、コンクレンツ軍と戦っていた際にネーテ様から連絡がございまして……。追手が迫っているが、それはこちらで対処するから騎士団は逃げてくれと。その連絡の直後、突然岩山が上空に出現し、コンクレンツ帝国の援軍を直撃しました。あとは知っての通り凄まじい轟音と振動、続いて粉塵が巻き上がり、我々も必死でそこから逃げました」 

「……で、その結末がこれ、ですか。一体どうなっているんですか?」

「ネーテ様曰く、岩山をそのまま突き刺した状態で放置しておくのも問題あるし、砕いておきました――との事です」

「つまり、この大量の砂は岩山が砕けたものと言う事ですか……これはこれで大問題な気がしますが」


 同伴していた部下の騎士の話を聞き、ますます頭が痛くなるレミア。

 一面の草の絨毯が広がる美しい地域だったのに、それが数多の死体で汚され、さらには砂漠が形成されてしまった。

 とてもじゃないが放置できる問題ではない。何とかしてこの状態をどうにかせねばと頭を捻ってみる。


(地属性の魔導師達に土壌再生を、木属性の魔導師達に植物の繁殖を頼むのが無難? 難しいようなら、いっそ新名所として売り出すとか……いやいや、何を考えているのですか私は。この砂の下には夥しい数の死体が埋もれていると言うのに)


 千人を超える死体が埋まった砂漠なんかを観光客に歩かせるわけにはいかない。そもそも、何と言って売り出そうというのか。

 レミアは一瞬でも馬鹿な考えが浮かんでしまった自分を責め、最初に浮かんだ魔導師達の案でやってみる事にした。


「やはり、魔導師達に土壌再生をお願いしましょう。魔導師団へ伝令を頼めますか」


 部下が「はっ!」と勢いよく返事し、馬を駆って素早く任務を実行に移す。


(しかし、このような芸当が出来るとなりますと……まさか……)


 レミアの脳裏に浮かんだのは、先日首都で派手な事をやらかしてくれたリチェルカーレの姿だった。

 もしかして自分は今までリチェルカーレの事を何も知らなかったのではないかと思い至る。実際、竜の召喚についても知らなかった。

 実は想像する以上に凄まじい魔術の使い手なのではないか。その上で、あのフリーダム極まりない振る舞い方……。


(もしかして、あの方は放置しておいたらヤバいタイプなのでは……。国内でこの有様ですし、同じノリを国外でやられてはシャレになりませんよ!)


 そう思い至り、周りのゴタゴタを片付けたら自分も竜一のお供として付いていくべきだと決心を固めた。

 目的はリチェルカーレの監視――だが、少しばかり行動に移すのが遅かったと知るのは、後の話。



 ・・・・・



 竜一の専属メイドに任命されながら、荷の重さから旅の同伴者としては任命されなかったセリン。

 かと言って、自ら名乗り出る程の勇気もなく……。セリンは、そんな自分を変えるためにメイド長へ修行をお願いした。

 メイド長のフォル・エンデットは、普段全くと言って表情を変えないのにもかかわらず、この時ばかりは珍しく目を大きく開いて反応した。


「……わかりました。貴方には『第二の私』となって頂きましょう」


 そう言って、セリンにありとあらゆる修行を課した。学問・技術・戦闘……一見メイドにそんなもの必要かと思えるような事までも余さず教え込んだ。

 万能を冠するメイド長は文字通りの才女。そんな自身と同じレベルにまで引き上げようとするなら、それも当然の事と言えた。

 しかし、驚くべきはセリンの熱意と吸収力である。過酷な内容にも音を上げず、半ば「さすがにこれは無理だろう」と思いつつも教えた技術や魔術さえも次々に覚えていく。


「メイド長! 見てください! ついに、兵士さん達相手の百人組み手を成し遂げました!」

 

 セリンは今もその過酷な修行の渦中にあった。その内容は、何と徒手空拳によるツェントラール兵百人抜き。

 とてもじゃないがメイドがやる事ではない。しかし、メイド長は毅然とした態度で言う――


「ご主人様を守る最後の盾は我々メイドなのです。常に傍に控えている我々が倒れたら、その時はご主人様の死と思いなさい」

「はいっ! もし私が倒れてしまったら、リューイチ様が……。そんなのは! 絶対に! 嫌ですッ!」


 第三者が聞いたら「お前は何を言っているんだ」と口を滑らせそうな内容だが、セリンは完全に同調している。


「要人の襲撃は、大量の雑兵を送り込み相手を消耗させた所で、最後に大物がやってきて仕上げを行う場合もあります。そんな時は?」

「……闘い続けます。例え、どんな敵が相手であろうとも」

「よろしい。では本日の仕上げは、その最後の大物を想定してこの私との摸擬戦を――ッッ!?」


 メイド長が言葉を言い終える前に、セリンが懐へもぐりこむように掌底を放っていたが、当のメイド長は涼しい顔でそれを撥ね退け軌道をずらしていた。


「出だしは合格です。主の命を狙う刺客を相手にして悠長な事など言ってはいられません。敵ならば即仕掛ける……ちゃんと学んでいるようですね」


 物騒な事を言いつつメイド長が右腕をサッと振ると、袖の中から小刀が飛び出し手に握られる。セリンもほぼ同じタイミングでそれを行っており、二人して短剣を鞘から抜くと同時、その鞘を投擲する。

 二人の間で鞘同士がぶつかって音を立てたのを合図とするかのように、両者は距離を詰めて短剣で打ち合う。音の鳴りようからしても、とてもじゃないが組み手を行っているというレベルではない。

 一撃一撃が相手の死を狙った必殺の攻撃。相手を殺すつもりで放つからこその必殺の攻撃だが、そんな攻撃を捌くには同じく必殺の攻撃を当てなければならず、時には身を守るために必殺の攻撃を放つ不思議な状況もあった。

 セリンは必死の形相で抗っているが、メイド長はいつもと変わらぬ顔……のように見えたが、セリンは気付いていた。メイド長の口角がわずかにだが上がっている……。それは、嬉しい時だ。

 自分と戦っている事に嬉しさを感じてくれている事にセリンも嬉しくなり、若干苦しいながらも必死の中に笑みを浮かべて見せた。それを見た直後、急にメイド長が動きを変え――身体を捻りつつ、足でセリンの持つ短剣を弾き飛ばした。


 が、セリンは焦らない。武器を弾かれたところで、まだ使えるものはある。もう片方の手で素早く魔力を練り上げると、眼前で爆発するように仕向けた。

 その衝撃に自身を乗せる事で素早く後方へと飛び退くと、改めて距離を取って構え直した。直後、爆炎を突き抜けて飛んでくる短剣――だが、これも警戒を解いていなかったセリンは見抜いていた。

 気を纏わせた手の甲で払い飛ばす。次に備えて眼前を見据える……が、そこでセリンは一つの失敗をしてしまった。何故見据えるのを『前だけ』にしてしまったのか。


「……惜しかったですね」


 背後に回っていたメイド長がセリンの背中に指を立てて力を流し込む。ドクンと全身に衝撃が走り、セリンはその場に伏せてしまう。


「しかし、たった数日でここまで化けるとは……貴方のリューイチさんの旅についていきたいという思いはそれ程ですか」


 セリンは自らに回復魔術を施し、起き上がろうとする。


「正直な話、私は貴方の覚悟を折るつもりでした。ですが、その一方で折れさえしなければ『メイド力』を宿す領域にまで育て上げるつもりでした」

「メイド……りょく……?」

「えぇ。『ご主人様のために』という名目の下、ありとあらゆる事を実現出来る究極の奉仕力……それがメイド力です。ちなみに命名者は私です」


 身体強化など、近接戦闘に特化した力である闘気。魔術の行使など現象を生み出せる魔力。身体の癒しや浄化など、補助に特化した法力。

 それに対しメイド長が命名したメイド力とは、それら三種の力をまとめて行使出来るという、原初の力を思わせる凄まじいものである。

 ただし、原初の力と異なるのは、ベースとなる力は元々その者が宿していた力であり、その力を『ご主人様のため』という制約の下で変質させて使う事が出来るようになるという点だ。

 セリンの例で言うと、彼女は元々『闘気』の資質があったため、その闘気を『ご主人様のため』に魔力や法力に変質させる事が出来るようになったという事になる。


「つまり、ご主人様のためならば己の身体を鋼と化して前線へ飛び込む事も出来ますし、ご主人様のためならば魔術を用いて敵を殲滅する事も出来ますし、ご主人様のためならばその傷を立ち所に癒し差し上げる事も可能に――」

「い、異議あり! そもそも、メイドたるものご主人様が傷付く事など許してはならないと思います!」

「……あぁ、素晴らしい。良くそこに気が付きましたね。えぇ、その通りです。メイドたるもの、そもそもご主人様が傷を負うような状況になってしまっては失格です」


(((((いやいやいや、メイドってそういうもんじゃないだろ……)))))


 その一方、組み手で倒され、地に伏したままの兵士達の心は一つになっていた。

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