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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第八章:幾億光年の彼方、異世界の宇宙
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287:神獣の休息


「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である……か」

「アームストロングの言葉ね。このタイミングで絶対に言うと思ってたわ」


 俺が口にした言葉は、人類で初めて月面にアームストロングが降り立った時に発したとされる言葉だ。

 そう、俺達は今――月面に降り立っている。月面とは言え、俺達の世界とは異なる次元に存在する月ではあるが。

 見た感じ、現時点では普通の月だ。月に文明があるとか、月世界の住人が存在すると言った雰囲気はない。


「まさか私達が天上の世界にある月に降り立つ日が来るとは思いませんでした」

「ル・マリオンの大地から見て、空に浮かんでいたあの月が、いま私達が立っているここなのですね」

「信じられない事ばかりが続いてますね……。それにしても、凄く身が軽いように感じます」


 月と言えば重力が地球の六分の一しか無い事で知られている。

 だが、それを実際に体験する場は皆無に等しく、なかなか地球と異なる重力は味わえるものではない。

 一方でこの世界には重力魔術が存在するため、魔術により異なる重力を体感する事が出来る。


 とは言え、重力魔術は魔術界の三大難題と呼ばれており、三大難題の中では一番簡単だがそれでも使い手は少ない。

 賢者ローゼステリアや、リチェルカーレをはじめとする賢者の弟子達が使えるくらいではないだろうか。

 そういう意味では、やはり重力の変化を体感した事のある者は少ないのかもしれない。だから現地人組も驚いてるんだ。


「凄い凄い! 凄いよヴェルちゃん! 高くジャンプできるよ!」

『わかった。わかったから落ち着け、主よ』


 エレナ達もその辺を走り回ったり飛び跳ねたりしているが、特にルーはリアクションが激しかった。

 小柄な状態のヴェルンカストを引っ張り回すようにしてピョンピョン飛び回っている。


「ふふ、楽しそうで何よりだ。宇宙旅行を計画した甲斐があったというものだ」

「リチェルカーレが連れてきたかったのは月の事だったのか?」

「いや、ここはまだ旅の途中に過ぎないよ。最終的に見せたいものはまだまだ先さ」


 リチェルカーレはまるではしゃぐ子供達を見守るような優しい目で皆の事を見守っていた。

 確か昔、ミネルヴァ様に宇宙を案内されたんだったか。おそらくこの月面にも来訪済みなのだろう。


『そろそろ出てくるタイミングでしょうし、アレをお見せしましょうか。竜一さんもきっと驚くと思いますよ』


 ミネルヴァ様が遠方の空を指し示す。そこはただ星々が瞬く宇宙空間……と、思いきや――


「あ、あれはまさか……」


 月面の地平線から登ってくる青くて丸い星――この世界における地球、ル・マリオンか!

 日の出ならぬ地球の出ってやつか。こんなの、月周回衛星のかぐやで撮影された映像くらいでしか見た事がないぞ。

 天上に自分達の住まう星が存在するという異様な光景。ほんと地球そのものだよな、ル・マリオンって。


『我もこのような光景を見るのは初めてだ。我が守る星とは、このようなものだったのか……』

「意外だな。普通に宇宙を泳いでいたから宇宙に慣れてるものだとばかり」

『我は今までル・マリオンの守護を使命とし、ずっと空を漂っていたのだぞ。こうして身を降ろすのも初めての事だ』


 そんなシュヴィンは現在、なんと『生まれて初めて』その身を地面に下ろして身体を休めている。

 今まで使命のためにずっと空を飛び続けていたらしいが、それは生まれ持って備わった性質であるため疲れる事は無かったらしい。

 さすがにそうでなきゃ困るわな。一定間隔で疲れて、定期的にあの巨体が地上に降りてきたらもはや天災だ。


 だが、唯一の例外が意識を失う事。寝ていても無意識レベルで浮遊を続けられるが、気絶したりして意識を失うとアウトだ。

 故にこそリチェルカーレにぶん殴られて気を失った際は頭から海に落下してしまったのだろう。当時、大災害に至らなくてほんと良かったよ。

 そもそも、この超巨大な竜を力技で気絶させられる者がこの世界にどれほど居るというのか。例外が考慮されないのも不思議ではない。


「いくら重力が軽い月とは言え、そんな風にとぐろ巻いてたら下の方にかなりの重みがかからないか?」


 現在のシュヴィンはそのあまりにも長い体をとぐろを巻いた状態にして一纏めにしている。その様はまるで巨大な山のようだ。

 蛇のように平べったい形でとぐろを巻くと面積が大きくなってしまうため、ソフトクリームのように上へ重なるような形でとぐろを巻いていた。

 しかし、それだと上の方の胴体部の重さが下の方の胴体部に全て乗っかってしまうため、月でもかなりの負担となってしまうはずだ。


『む。確かに下の方が痺れているような感じがするな……』


 人間で言うなら、長時間正座を続けたような状態だろうか。この状態の時に足を触られるとヤバいやつだ。


「いっその事、思いっきり身体を伸ばしてみたらどうだ? ここなら建物もないし住んでる人も居ないし」

『伸ばす……か。そう言えば、今まで一度もしっかりと伸ばして見た事は無かったな。試してみるか』



 ◆



「うわ、見事に月が二つに分断されたわね……」


 シュヴィンが竜一のアドバイスを受け、徐々に身体を伸ばし始めてしばしの事。

 果てに向けてズリズリと月の地面を這っていった彼の頭部が、月を一周して反対側から戻ってきた。

 尻尾のあった場所を頭部が通り過ぎてある程度まで進んだ所で、ようやく彼の動きが止まった。


 結論から言えば、彼の体長は月の一周分より少し長い程度だった。

 月は一万一千キロくらいとされているため、シュヴィンの体長はそれ以上ということになる。

 一行の前には、横たわったシュヴィンが果ての無い壁となってそびえる形となった。


「まるで山脈ですね。これを地上から見たら、月にラインが入ったように見えるのではないでしょうか」

「そうなれば地上は大騒ぎになりますね。月は昔から様々な伝承や物語が語られてきましたし」


 地上から見て、月は目に見える存在である。シュヴィン程に巨大な物が月に現れれば、その姿は地上からも見えるだろう。


「私達の世界で言うなら『万里の長城』って所かしらね? 私は山脈よりもそっちを連想するわ」

「あぁ、実際に万里の長城はうねる竜に例えられたりもしていたからな。万里の長城が実際に竜になったらこんな感じなんだろうな」


 異邦人組は思い浮かべるものが重なった。形状と規模から、万里の長城が竜に例えられるのは良くある話。


『おぉぉぉぉ……。これは非常に楽だな。身体の全てを地面に委ねている感じがたまらんぞ』


 当のシュヴィンは完全にリラックス状態。とぐろを巻いている時とは違い、己の身体にかかる負荷が一切無い。


「俺としては宙に浮き続けている方が体への負荷が少ないと思うんだが、その辺は俺には良く分からないな」


 一般的な人間からすれば常に重力に縛られているため、それから解放された時の状態の方が一切の負荷が無いように感じられる。

 しかし、その状態に慣れすぎると逆に重力の重みが心地良く感じられる事すらある。宇宙から戻ってきた宇宙飛行士達が感じる感覚だ。

 シュヴィンはまさにその類であった。常に重力に縛られない彼にとっては、重力の束縛こそがリラックスだったのだ。


『我にとっては最初で最後の体験かもしれんからな……。今のうちに存分に堪能しておくとしよう』


 使命に生きる神獣にとっては、使命を休んでこんな事が出来る機会などもう二度と訪れないかもしれない。

 上位存在は寿命や居住環境と言った制約に縛られる事はないが、役割と言う制約からは逃れられない存在なのである。

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