284:星の海へ
『やはり気付いていましたか。貴方の目は誤魔化せませんね』
声と同時に俺の首元から蒼い光が発せられ、その光が立体的な像を形成する。
その姿は……ミネルヴァ様だ。映像であるためか、その姿は半透明だ。
『竜一さんもお久しぶりですね。何故か、あの時以来一度も呼んでくれないので寂しかったですよ』
うげ、そういやそんな機能を付けてくれるって言ってたっけ。
言われてみれば、確かに実装時に試しで使って以降、一度も使った記憶が無いな。
日々が忙し過ぎた……訳でも無い。単に俺の落ち度だ。誠に申し訳ない。
『まぁいいでしょう。後でみっちりとお話をしますからね。それで、リチェルカーレ……貴方、本気ですか?』
「あぁ、本気も本気さ。リューイチはともかく、ここに居る他のみんなも巻き込むよ。何せ、同じ『流離人』の仲間なんだから」
『ふふっ、貴方の口から『仲間』なんて言葉が飛び出す日が来るとは思いませんでした。面白いですね。いいでしょう』
ミネルヴァ様は杖を振り、その先端をシュヴィンの方へと向ける。
『この者達を頭に乗せてあげてください。これより、私自らが『案内』をさせて頂きます』
『な、なんと……。それでは、やはり……出るのですか? 『外』へ……』
『はい。我が名の下に、この者達に『それ』を知る事を許します。貴方も一時的に任を外れて、我が足となるのです』
『に、任を外れるですと!? それでは、その間のこの星の守護の任は一体どうすると』
『一時的に『我が子達』に任せるとしましょう。最近何やら新しい楽しみを見つけたみたいで少し気が緩んでいるようですからね』
『おぉ、あの方々ですか。それならば安心ですが、引き受けて頂けるのでしょうか?』
『引き受けさせます。何せ、あの子達には『断れない理由』がありますし』
『な、なるほど……。ですが皆様に任せきるのも申し訳ないので、こちらも息子を寄こしましょう』
俺達を乗せた尾の部分がゆっくりと動き始め、シュヴィンの頭上にまでやってきた。
そこから飛び降りるように促されたので、俺達は崖から飛び降りた時のようにシュヴィンの頭の上に着地する。
もはやデカ過ぎて全然『頭の上』って感じがしないな。ちょっとした大陸くらいはあるんじゃないか?
「あの、リューイチさん……。さっきからお話しているあの方、私の記憶が確かなら――」
エレナがひそひそと耳打ちしてくる。同時にリチェルカーレ以外の女性陣もそそくさと寄ってきた。
「あぁ、あの方がミネルヴァ様だよ」
「や、やはりそうですよね!? お会いした時のお姿そのままですし!」
ミネルヴァ聖教の次期教皇候補だったエレナにとってミネルヴァ様は主神とも言える存在だ。そんな存在を前にテンションが上がったのか、子供のようにピョンピョン跳ねて喜んでいる。
一方でミネルヴァ様と対面した事が無い、あるいは実在している事を知らない三人――レミアとセリンとルーはその場に固まってしまっていた。
「せ、精霊姫ミネルヴァ……様、ま、まさか実在するなんて……」
「正直、信仰上の存在だと思っていました……」
「す、全ての精霊の母たる存在……精霊姫様が、目の前に……」
立体映像越しとは言え、ミネルヴァ様ならではの強い聖性はこの場でも放出され続けている。
不慣れな者達は圧倒されてしまって、満足に動くのすら難しいだろう。
そんな中、俺と同じ異邦人組のハルは何事もなかったかのようにスタスタと歩いてくる。
「異邦人組は召喚された時に会っているから、初対面じゃないのよね。ま、無数の異邦人の一人一人を覚えているかどうかは分からないけど」
『覚えていますよ、影宮晴秘。ご自身のお名前を嫌がっていたようでしたから『はるぴー』と呼んで差し上げましたが、どうやらお気に召さなかったようで』
はるぴー……。はるぴーかぁ。
「くぅっ、完全に覚えてるじゃないの! 上位存在の記憶力を侮っていた……ッッ」
「いいじゃないかはるぴー。俺もはるぴーと呼んだ方が良いか?」
「止めて」
マジなトーンで言ってるな。そんなに嫌か? はるぴーって結構可愛らしい響きだと思うんだが。
「いや、そんな事は横に置いておくとして、結局これから何をするつもりなんです?」
『星の海へと出ます。竜一さん達の世界で言うなら『宇宙』ですね』
「「宇宙!?」」
俺とハルの声がかぶる。これから宇宙に出るというのか……?
宇宙とは言えば永遠のロマンだ。世に生きる人のほとんどが届かない夢のまた夢の遥か遠き世界。
そんな場所に行く事が出来るというのか。しかも、異世界に渡ってきてから。
『向こうの世界の宇宙でも見られなかった、驚きの世界を見せる事が出来ると思いますよ』
いや、宇宙って時点で驚きなんだが、一体これ以上何を見せてくれるというんだ。
「あの、ミネルヴァ様。さっき、星の海と仰いましたけど、まさか……」
『想像している通りですよ、エレナ。遥か天に輝く星々の世界へ行こうと行っているのです』
「えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
リチェルカーレに聞いた話では、確かこの世界においてはほとんど『宇宙』の事を知る者は居なかったはず。
一般的にはミネルヴァ様が言うような『星の海』なんて呼称が使われているらしく、そもそも行く事が出来る場所とすら思われていない。
エレナが大層驚くのも無理はない。手段は限られるにしろ、そこへ行ける事自体は知っている俺達でも驚いたんだからな。
『では早速行きますよ。防護展開! シュヴィン、真上へお願いします』
『了解。このまま上へ向かいます』
ミネルヴァ様の指示に従ってシュヴィンがその頭部を真上に向ける。
おいおい、俺達が頭の上に乗ってる状態で頭部を傾けたら、俺達が落ちてしま……わないな。
『慌てなくても大丈夫ですよ。私の展開した防護領域は重力も制御してあります』
その辺も気が利いていた。さすがは上位存在。今の俺達は、言わば壁に直立しているような状態だ。
通常の魔術障壁では、まずそんな事は不可能だろう。確か重力操作は魔術系統の中でも『三大難題』と呼ばれるものの一つだ。
リチェルカーレのような規格外ならば出来るだろうが、並の魔術師では壁を歩いて登る事すらままなるまい。
俺達は真正面に青空を見据えながら、シュヴィンの上昇に身を委ねる。
防護障壁に物凄い勢いで風が衝突しているのが窺える。地球の重力から脱して宇宙へ行くには相当な速度が必要だからな。
確か脱出速度だったか。シュヴィンが宇宙へ連れて行く役を与えられるという事は、つまりその速度が出せると。
後方を振り返ると、果てしなく続くシュヴィンの胴体が見える。雲海に埋もれていた時点で分かっていたが、とてつもなく長い。
現時点で雲海からかなりの高さまで上昇しているが、シュヴィンの身体はまだまだ多くの部分が雲海に埋もれているようだ。
下手したらあれだ。万里の長城とかよりも長いんじゃないのか……。そうなると、風の領域に居た亀達よりも圧倒的に大きいな。
「凄い……。空に太陽が照っているのに、空が暗くなってきたわ」
「成層圏に到達したんだろうな。あっち見て見ろよ。もう星としての丸い形が見え始めてるぞ」
「空と宇宙の境目ね。テレビとかでしか見た事なかったものを直に見られるなんて」
ロケットや気球にカメラをくっつけて撮影した動画を見た事があるが、あぁ言うのと違って自身の目で見るのはやはり違うな。
好きなように視点を変えて見たい部分を見る事が出来る。常時装備しているネクタイピンカメラも当然稼働中だ。
「こんな高い所からル・マリオンを見渡す事が出来る日が来るとは思いませんでした。何と美しいのでしょう」
「丸い丸いと言われてはいましたが、本当にこんな綺麗な丸だったんですね。かつてのメンバーにも見せてあげたいです」
レミアはかつての旅の仲間『さすらいの風』のメンバーを失ってるんだったな。
さすがにS級と称されるメンバー達であっても、こんな場所には来た事が無かったか。
「雲の隙間から大陸が見え隠れしていますね。魔導国は真下でしょうか」
「あんなに広かった大陸が、こうやって上から見ると小さく見えるのって面白いね」
『主よ。もっともっと上に行けばこの世界すらも小さく見えるぞ』
セリンとルーは後ろ側。つまり下側を向いて大陸が遠ざかり小さくなる様子を見ているようだ。
だが、本番はこの星を飛び出した後だ。ヴェルンカストが言うように、ル・マリオンという世界そのものが小さく見えるぞ。
『さぁ皆さん、そろそろこの星から外に出ますよ』




