026:国境を越えて
俺達はツェントラールとコンクレンツの国境に到達していた。
何となく巨大な城壁みたいなものを想像していたのだが、目の前に広がっていたのは巨大な運河だった。
そして、その運河を横切るように巨大な橋がかけられ、橋の出入り口に凱旋門の如き立派な門が備え付けられていた。
「あー、運河による国境だったか……」
「何を期待してたんだい」
俺がイメージしていたものを伝えると、ダーテとは山岳の関所で接しており、ファーミンとはそれぞれ川を挟んで国が接しているらしい。
俺が想像していたような平原に塀を建てた形の国境は、エリーティとの境目にあるとの事だ。さぞ壮大なんだろうな……。
国境には何十人と行列が出来ていた。意外にも二カ国間での行き来をする人は多いようだ。
敵対しているとか言ってたから人の行き来など皆無かと思っていたが、これもリチェルカーレが言う『個人個人までは敵対していない』の表れだろうか。
冒険者らしきパーティの姿や、小奇麗な馬車に乗った集団、数台の馬車でキャラバンを組んでいる隊商も見受けられる。
……そう、この隊商の主らしき商人が、俺達の使っていた空飛ぶ絨毯を見て声を掛けてきたのだ。
「これに興味があるのかい? なら、フェアダムニスという商会とコンタクトを取ってみるといい」
「フェアダムニス……。聞いた事が無い名前ですな」
「魔術に深く精通しているものなら知っている程度の小さな所だからね。まぁ、魔術道具制作の腕は保証するよ」
そう言って、リチェルカーレが懐から紙とペンを取り出し、ササッと何かを書いたかと思うと封筒に包んでそれを商人に渡す。
「紹介状だよ。ツェントラール王城の魔導師団長ネーテにそれを渡すといい。彼女が商会とのコネクションを持っている」
「ま、魔導師団長ですか……。国における魔導師の頂点のご紹介とは期待できそうですな。しかし、そんな方に紹介状を書ける貴方様は、一体……」
「まだまだ青いDランクの冒険者さ。アタシに出来るのは紹介までだ。そこから先は……頑張って欲しい所だね」
そう言って話を切り上げ、以降は周りにいる人達と何気ない話をしつつ順番を待つ事となった。
十数分後、ついに俺達の番がやってきた。
「なっ、貴方はリチェルカーレ様……。と言う事は、そちらのお方は……」
やはりツェントラールの兵士だけあってか、顔を知っていたようだ。
「今のアタシはただのDランク冒険者さ。こちらのリューイチと共に通らせてもらうけど、いいかい?」
「はっ、問題ありません。お二人の旅は国務と聞いておりますので、我々は全力でサポートさせて頂くのみです」
幸いにも、国境の兵士は城門の兵士のようにぶっ飛ばされたりするような事は無かった。
城門の兵士が無礼なだけだったんだろう。普通にしてさえいれば、リチェルカーレも噛みつく事は無いハズだ。
「……ん、アタシの顔に何かついてるかい?」
「いや、なんでもない……」
ちらりと顔を見てみたんだが、向こうもこちらを見ていたようで目が合ってしまった。何故かおかしくて、二人して軽く笑ってしまった。
気を取り直して国境である大きな橋を渡っていく。当たり前だが、ツェントラールからコンクレンツへ行く者もいれば、コンクレンツからツェントラールへ来る者も居る。
やはり、一番姿が多いのは冒険者と思われる者達だ。次いで商人達や、身分が高そうな人達。冒険者や商人はともかく、身分の高い人は何の用事だろう……。
あと、一般の人達の姿を見ないが、ほとんど町の外へ出る事は無いのだろうか。まぁ今まで通ってきた状況を見るだけでも危険だらけだし、他の街へ行く用事も無いか。
「そういやコンクレンツの軍は何処から攻めてきてるんだ? ここを渡って来たのか?」
「いや、あの位置を考えると、もう一つ向こうの橋だろう。サラサ村方面から進んだ先にもあるんだよ」
「もし軍隊が渡ってきたらツェントラール側の兵士はどうするんだ?」
「さすがに食い止めるのは無理があるから、上に報告しに戻るさ。見張りくらいは置いていくだろうけどね」
そりゃあそうか。国境を守る兵士だけで食い止められるようなら、そもそも国内にまで進攻されないな。
黄金色の軍隊の事を考えれば、むしろある程度は国内にまで進攻してきてもらった方が都合がいいとも言えるな。
そんな話をしつつ何気なく橋の上から外側の景色を見てみると、視界一杯に美しい光景が広がる。何といっても視界に人工物がほとんどないのだ。
お互いの国の端というだけあってかほとんど人の手が入っておらず開発されていない。草原や木々が自然体のままで残されている。
「あれ? あれだけ派手にやらかしたハズなのに、平原の方に変化が見られないぞ……」
ツェントラール側の開けた草原に目をやる。確かあの辺りはリチェルカーレが巨大な岩山を落とした辺りだ。
まさに山と言わんばかりの質量を落としたのにも関わらず、平原にはその痕跡が見当たらない。
「あのまま残しておく訳が無いだろう。目立ち過ぎるから、砂レベルにまで分解しておいたよ」
いや、上空に岩山を出現させた時点で既に目立ち過ぎてるからな。ましてや振動や轟音を伴う衝撃はちょっとした災害レベルだ。
実際それに関連して怒ってきた冒険者も居たくらいだしな。粉塵の拡散だけは凌いだが、さすがにそれ以外はカバー仕切れなかったか。
「あの岩山を砂にしたのか……って事は、あの草原、今では砂漠が広がっているのか」
「後々に何とかするつもりでは居るよ。アタシが蒔いた種だしね。その前に魔導師団がある程度は何とかするだろうけど」
「何とか……って、どうするんだ? 砂漠を再び草原に戻すとか?」
「土属性の魔術と木属性の魔術で何とかなるよ。それに、栄養なら腐るほどある」
栄養――岩山の下敷きになって、今は砂の中に埋もれたコンクレンツ軍か。あの草原に何千人もの人間と、数百頭にもなる馬が埋まってるとか想像するだに恐ろしいな。
想像したら気持ち悪くなってきたので、気持ちを切り替えるべく下の河を覗き込んでみると、そこには川底が見えるくらいに澄んだ水が流れていた。鉄橋の上から眺める一級河川みたいな光景を想像していたが、それらよりも遥かに綺麗だ。
魚影も沢山見え、生き生きと泳いでいるのがよく分かる。が、それらを跳ね除けるようにしてとんでもなくデカイ魚が泳いでくる。下手したら二十メートル以上はあるんじゃないだろうか。不思議と魚影って恐怖感を煽るんだよな。
「どうしたんだい、何か恐ろしいものを見たような顔でもして……」
「なぁ、ル・マリオンの河ってあんなデカイ魚が泳いでるのか?」
「リューイチからすれば大きい魚は珍しいかい? あれはハイムケーレンと言ってね、母川に回帰する性質を持っているんだ」
「それってあれか、元々この河で生まれたけど一旦海へ出て過ごし、晩年になってまた生まれた川へ戻って来るという」
「どうやらキミの世界にも似た性質の魚がいるようだね。なら話は早い」
「とは言っても、俺の世界に居るやつはせいぜい一メートルくらいの大きさだぞ……」
さすがにあんなクジラみたいにデカい鮭的な魚は居ない。古代魚で存在したらしいリードシクティスという魚がそれくらいだろうか。
と言うか、この世界でメートルが通じるのが驚きだ。地球と同じような単位が利用されているのだろうか。分かりやすくていいからありがたいが。
とりあえず記念にハイムケーレンとやらを撮影しておこう。こんな川に巨大魚なんて、向こうじゃまずみられない光景だしな。
「ちなみにアレは食えるのか……?」
「食用としては問題ない。けど数が少なく世界規模での保護対象だから特別な許可を得ていないと捕獲は出来ない。ツェントラールだと、サラサ村が祭の際に捕獲し、村人や観光客に振る舞うくらいだね」
確かに、一体やってきただけだし、数は少ないな……。大きい個体だから生き残りづらいんだろうか。
とは言え、あんなのが鮭みたくウジャウジャ川を上ってきたら地獄絵図だから数が少なくて良かったのかもしれない。
俺にとっては、たかが数百メートルの橋すらも全てが新鮮に映る観光スポットのようなものだ。
色々なものに目を向けてリチェルカーレに話を聞いているうち、あっという間に橋を渡り切ってしまった。
今度はコンクレンツ側の門が待ち構えている。先程と同じように並び順番を待ち、十数分で早くも俺達の順番になった。
「ほぉ、冒険者のコンビか。若いな……。ギルドカードを見せてもらえるか?」
揃って差し出すと、兵士はそれぞれの分を眺めた後、あっさりOKを出してくれた。
「自由である冒険者を尊重して止めはしないが、Dランクで国家間の移動は危険が伴う。道中、最大限気を付けるんだぞ」
「お気遣い頂きましてありがとうございます。そのお言葉、しっかり受け止めておきます」
コンクレンツの兵士は意外にも優しかった。これなら、帝国内の散策も問題無いだろう。
俺の礼に合わせ、リチェルカーレも無言で礼をする。こういう場面ではさすがに野暮は言わないらしい。
「さぁ、門を抜ければいよいよコンクレンツ帝国。どんな景色が広がって――」
・・・・・
俺の前に広がるコンクレンツ帝国の景色は……草原でした。
他には、その草原を横切る街道と、遠方にお情け程度に見える森と、彼方に見える山々くらいか。
「――あんま変わんないな、ツェントラールと」
「そりゃあそうだろう。隣の国だし、激的に気候や風土が変わる訳じゃない。それに、国の端なんてのは一番開発が進んでいない区画だ。同じような光景になるのも仕方がないさ」
「とりあえず帝国で最初の街を目指そうか。この街道に沿っていけば行けるんだよな……」
「確かこの場所から行ける町は……エンデだったかな。あそこは面白い催しがあるから楽しみにしているといい」
催し……リチェルカーレが言う「面白い」ってのは一体どういう方向を示してるんだろうな。
絶対にまともなものじゃない気がする。だが、裏を返せば向こうの世界では絶対に体験できなさそうな事だろう。
「そうと決まったら飛ばしていくよ。さぁ、リューイチも早く」
リチェルカーレに手を引かれ空飛ぶ絨毯に乗る俺。直後、いきなり最高速に達した絨毯が街道を爆走する。
思わず前に座るリチェルカーレにがっしりとしがみついてしまうが、その様子を見た彼女がこちらを見てニヤニヤしている。
「……わざとやったな?」
「何の事かなー。ま、まぁ怖いと言うのなら、別にこのままでも構わないけどね」
「あぁ、凄い速度で飛んでいて怖いからもっとしっかりつかまらないとな」
「ちょっ、キミというやつは……」
(はぁ……アタシとした事が、やれやれだ。なんで煽ると反撃されるって事を忘れるかな……)
単なる興味の対象が、少しずつ別のものへと変わりつつあるのを自覚するリチェルカーレだった。




