279:次に目指す場所
「さて、ルーも貴方達の仲間になった事ですし、そろそろ良いでしょう」
そう言って、エメットは眼鏡を取り外すのを合図とするかのように、その姿を変化させていく。
秘書エメットの姿から、賢者ローゼステリアとしての姿に変わる。竜一達は既に知っているが、これを初めて見たルーはポカンと口を開けている。
「……その闇の精霊には既に気取られていただろうしな。ルーもどうせ学院を去るのだし、餞別代わりだ」
「エメットさんが……変身、した?」
「私はローゼステリア。巷では『賢者』って呼ばれてるよ」
『ククッ、貴様があのローゼステリアか。内に凄まじい力を隠していると思っていたが、まさか』
「ローゼステリアって、え? えぇ……?」
表向きには賢者ローゼステリアは過去の人であり、今の時代では魔導学院の校長に与えられる称号となっている。
ルーにとってもその名は校長であるローゼステリア十六世を示しており、伝説となっているローゼステリアは物語の中の人だった。
そんな人物が目の前に実在する。理性ではまだ信じられていないが、その強い存在感が本能に本物である事を叩き付けてくる。
「驚いたかい?」
「お、驚きました……」
「この広い世の中、まだまだこういった驚くべき事が隠されている。これから皆と共に世界を巡るといい、楽しいぞ」
未だに現状を呑み込み切れていないルーだが、ローゼステリアは話を続ける。
「都合の良い言い方になってしまって申し訳ないが、君は学院を追い出されたんじゃない、学院には収まらない器なんだ」
『本当に都合の良い言い方だな、賢者よ。学院生活は学院生活で、一生の思い出になったかもしれんのだぞ』
「返す言葉も無いよ。だから私も己を偽らずに姿を現したのさ。すまなかった、ルー……」
エメットがローゼステリアとしての姿を見せたのは、ルーに対する謝罪と激励の意味もあった。
もう一生徒ではなく、一人の精霊術師。我が子と共に旅をする冒険者の一人。明確に扱いを変えたのだ。
ヴェルンカストの指摘を受け、伝説の存在が頭を下げて謝罪する姿にルーは逆に慌ててしまう。
「い、いえ。さっきも言いましたけど、私も前向きに考えてますから大丈夫です!」
・・・・・
――俺達はそろそろ魔導学院を出立する事にした。
リチェルカーレ曰く「久々に母親の顔を見たかった」との事で、魔導学院を最初の目的地としたらしい。
そのついでに俺に精霊との契約を果たさせ、他の皆にも様々な経験を積ませる意図もあったようだ。
クーの暴走を巡る騒動を収めた辺りで、それらの目的は果たしたと判断。そろそろ新たな地へと向かう事に。
「で、次は何処へ向かう予定なんだ? 候補地とかはあるのか?」
「逆にリューイチは行きたい所とかあるのかい?」
「いや、地図は見たけどそれだけじゃ何処がどういう国なのかは分からないからな……」
ル・マリオンの地図は、俺達の世界の地球とほとんど同じ地形だった。
そして、同じ位置にあるものは何となく似ているという事も明らかになっているが、完全に同一ではない。
地理的に欠けていたりする場所や、逆に陸が増えているような地形も存在するようだからな。
「しばらくは任せるよ。何処でもワクワク出来るだろうからな」
「それは期待に応えないとダメだねぇ。じゃあ、あそこなんてどうだい?」
そう言って、リチェルカーレが指し示したのは『空』だった。
おいおいおい、まさか某海賊漫画のように空中に島が浮かんでるとかそういうパターンか?
だが、ここは魔術が存在する異世界だ。そういう島が存在していてもおかしくない。
「エレナ。この世界には空に浮かんでいる島とかがあるのか?」
「空に浮かぶ島……。有翼人種が住まうとされる地がいくつか点在すると聞いた事はあります」
有翼人種。つまり天使のような存在……って解釈でいいんだろうか。
「ですが、有翼人種は排他的と聞きます。一定の距離に近付くだけで攻撃を受けてしまうとか」
「地上から孤立している空の島に住んでいるくらいですからね。外部との交流を望んでいないのでしょう」
「私も有翼人種の物語は聞いた事があります。過去、地上人との間に諍いが起きて空に退避したとか」
レミアやセリンも知っているという事は、この世界において『有翼人種』は知られた存在であるようだ。
話を聞く限りでは排他的で、とても外部からの来訪者に対して友好的とは思えないが……。
「もしかしてコネがあるのか? リチェルカーレならその有翼人種にも知り合いがいてもおかしくはないが」
「有翼人種? あぁ、確かに何人か知っているのは居るけど……君達、何か勘違いしてないか?」
「勘違い? 有翼人種の島とやらへ行くんじゃないのか?」
「それもアリだろうけど、今回行こうとしているのはもっともっと刺激的な場所だよ」
匂わせはするけど具体的な場所は言わない。リチェルカーレらしい焦らしだ。
空に浮かぶ島というだけでも俺達異邦人には刺激的な場所だが、それ以上に刺激的な場所とは一体……。
「魔導学院に来た時と同じく、ワクワクさせてくれそうね。ホント付いてきてよかったわ。貴方は幸運よ、ルー」
「はい! 一体どんなところへ行くのか、私も楽しみです!」
さすがに年が近い世代とあってか、ハルとルーは馴染んでるな。一時期クラスメイトだった事も大きいだろう。
精霊殺しという事でクラスメイトからは避けられていたが、俺達はそんな事も知らなかったしな。
とは言え、そう言った事を事前に知っていたからと言って俺は態度を変えるつもりなど毛頭も無かったが。
俺は元々の世界で戦場カメラマンとして過ごしてきた。取材先では根強い差別問題が様々なトラブルを生んでいた。
その経験もあってか、俺は救いようのない悪や外道などは別としても、多少の事では人を偏見で見ないようにはしている。
さすがに完全な聖人になる事は無理だが、今でも可能な限り出来る事はやっていこうと思っているつもりだ。
『正直、我は嫌な予感の方が勝るのだがな……。あのリチェルカーレという者が纏う空気、不穏だ』
『察しが良いな、闇の精霊よ。お主の予感は決して間違ってはおらぬぞ』
『リッチか。我と同じく闇に連なる者が同伴していたとはな。何とも心強い事だ』
『我も正直な所、姦しき中に混ざるのは場違いなのではと思っていたが、お主が居れば気も紛れそうだ。宜しく頼むぞ、同胞よ』
『うむ、こちらこそだ。我の事は気軽にヴェルと呼んでもらって構わぬぞ』
『我も気軽に――む、そう言えば名が封じられていて我自身では名乗る事が出来ぬのであった。なので、リッチで構わぬ』
どうやらヴェルンカストと王は、互いに闇の存在と言う事もあって意気投合したようだ。
考えてみればこのパーティの面子、ほとんど女子だもんな……。別にハーレムを意図している訳ではないぞ。
常に外へ出ている訳ではないとはいえ、王も初期から共に行動してきた仲間だ。男子禁制ではない。
「歓迎するよ、ヴェルンカスト。今まで女子比率が高かったからな、俺も気が楽になるよ」
『ククッ、肩身が狭いというやつか。少数派も大変なものだな。我で良ければ気を紛らわすのに付き合ってやろう』
『リューイチよ。そうは言いつつもお主、女子達に囲まれた状況も満更でもないと思っておろう……』
「……それは否定しない」
当たり前だ。美女や美少女に囲まれて嬉しくない男が居る訳ないだろう。
ましてや俺は元々オッサンだったんだ。元々の世界じゃ絶対にありえない事態だぞ。
さらに言えば、俺は死んで元の世界に戻れないんだ。満喫しなくてどうする。




