278:エメットの提案
裏界から戻ってきた俺は、先程まで居た裏界のスケールの大きさを思い返していた。
何万メートルもあるような巨大な精霊。その精霊が上で駆け回れるほど広大な甲羅を持つ亀。そんな亀が何匹も泳げる程に広大な湖。
そんな湖を背中に十個背負った、惑星すらも超越する圧倒的巨大さの魚。ル・マリオンでもあり得ない圧倒的な存在……。
(ル・マリオンですらまだ探索しきれていないのに、裏界か……。寿命がいくらあっても足りないな。全ての知識を求めて不死に至ったリチェルカーレの気持ちがわかる)
ちなみにマーナは保健室で寝かされていたが既に目覚めており、クーと無事に再会を果たした。
クサントスとの約束もあるため、『本体』の事やクーが力を自由に使える事になった件も伝えていない。
あの二人には、今までと変わらぬ関係で居てもらいたいものだ。だが、彼の周りは少し変わった。
まず、マーナに危害を加えていた生徒達は退学処分となった。さすがに訓練の中とは言えやり過ぎだと判断されたのだ。
退学した生徒達は精霊契約を外部から術で強制的に解除された上、魔術などにも縛りが掛けられ、悪用した場合は罰を受けるように。
フリーとなった精霊達は、皆がこちらに留まる事を望んだため、そのまま学院所属の精霊となり仕事に従事する事となった。
また、追い込む事で力を引き出すきっかけになるとして、あえて生徒達を止めなかった教師陣にもペナルティが与えられた。
退職までは行かずとも、一定期間の減給や研究の禁止など、教師業の傍らで魔術を研究する教師には痛い罰だ。
当然レーレン教授もその中に含まれており、本人も自分の判断ミスを認めている。やはり何処の世界でも追い込む系の教育はダメだな。
・・・・・
――数日後、校長室。
竜一達はエメットによって呼び出されており、久々にパーティの面々が一堂に会していた。
各々が別々の仕事を依頼されていたため、しばらくの間は別行動が多く、こうして対面する機会がほとんど無かった。
とは言え、リチェルカーレとはちょくちょく会ってたし、ハルやエレナとは行動を共にしていた時があるが……。
「いやぁ、なんか久々にみんな集まった気がするな」
「魔導学院に来てからはみんなバラバラに活動してたから、そう思うのも仕方がないわね」
ハルは竜一と共に精霊術師学科の授業を体験した後も継続して学科の授業を受け続けていた。
自分自身がキオンというパートナーを得て精霊使いとなった事もあり、基礎から学んでおく事を重要視。
瞬く間に知識と技術を吸収し、クラスナンバーワンだったジニーとユピテルのコンビにも迫った。
「短い期間しか滞在できないからと頑張ったんだけど、ジニーにライバル視されちゃったりしてね。ま、それも楽しいからいいんだけど」
「ハルさんは『生徒』として楽しんだのですね。私は『講師』として楽しませて頂きましたよ」
レミアはその卓越した戦闘技術を活かして、魔導師達の実戦能力を強化するための臨時講師を務めていた。
ただ魔術を使うのみならず、前衛戦を挑まれても対応できるような魔闘術、武器に魔力をまとわせて闘う方法など、その指導は多岐に渡る。
彼女の教えを受けた生徒達は、皆等しく『魔導師達は接近戦に弱い』という認識を覆す程の実戦技術を身に着ける事が出来た。
「この学院は素晴らしい方針ですね。魔術のみに傾倒する教育機関も多い中、本当に魔力を使ったありとあらゆる技術を教えています」
「魔力だけではありませんよ。私は救護班のサポートをしていましたが、神官として法力を扱う授業を任された事もあります」
エレナはその治癒技術を活かし救護の補助をするどころか主力とも言える活躍をし、可能な限り学院のスタッフにその知識と技術を教えた。
法力の効率的な運用方法を教え、治癒対象の仕組みを生物学的な意味で詳しく伝える事で、法力が弱い者であっても治癒術の効果を高める事に成功。
ただ、あまりにも効果の高い治癒能力のためか、生徒講師問わず今までよりも無茶をしてしまう者達が増えてしまったという。
「救護班の皆様に可能な限り知識と技術は伝えましたが、万能ではありませんので無茶をする方にはしっかりとお灸をすえて欲しいですね」
「生徒や教師達を支える職員の方々の中にも無茶をしておられる方がいましたから、私も可能な限りお手伝いをさせて頂きました」
セリンはと言うと、裏方のサポート役を任されていた。学院の清掃、食堂、事務……あらゆる場所に顔を出しては如何なくその力を振るっていた。
今まで全く手出しが出来なかった頑固な汚れすら落としてみせる知識と技術、明らかに常識の範疇を超えた超絶的な調理の技術とその速度。
複数人分の作業すら並行してこなして見せるその圧倒的な処理能力。フォル・エンデット譲りの『メイド力』はここでもそのチートぶりを発揮していた。
「色々助けてもらって助かります。これで学園の様々な問題が解決し、各所も大きく進化した事でしょう」
「そう言えば、カンプナルに引率を頼んでいた問題児クラスは無事に戻ってきましたか?」
「無事と言えば無事ですが、道中でどのような指導を受けたのか、皆揃って著しく格闘能力が上がってましたよ」
カンプナルは意外にも面倒見が良く、学院へ戻る道中であれこれ生徒達に指導を行っていた。
スパルタとも言える非常に厳しい内容であったが、リチェルカーレによる理不尽な指導と比べたら遥かにマシだと、誰も音を上げなかった。
格闘特化の指導だけあって、魔力を纏って戦う格闘術――魔闘術に関する練度が飛躍的に向上。講師陣も驚く程の実力を身に着けた。
「それで、俺達が呼び出された要件は一体……?」
「旅立たれる際、是非ともこの子を連れて行ってもらいたいのです」
エメットがパンパンと手を叩くと、奥の部屋から一人の少女が姿を現した。
彼女はルー・エスプリアムール。竜一とハルが精霊術師学科で講義を体験していた際のクラスメイトだ。
横には小さなマスコットキャラみたいな存在がフワフワと浮いているが、彼女の契約精霊である。
「あの、リューイチさんとハルさんはお久しぶりです……。他の皆さんは初めまして。ルー・エスプリアムールといいます」
『我はヴェルンカスト。主であるルーのパートナーである邪神――もとい、闇の精霊なり』
深々とお辞儀するルーに対し、ドヤァとふんぞり返っているヴェルンカスト。
パッと見では微笑ましい光景だが、小さいながらに尋常ではない闇の力を秘めるヴェルンカストの恐ろしさに、初対面の面々も気付いていた。
初召喚時に見せた超巨大な姿は当時その場に居合わせなかった面々も目撃しており、それと同じ力が目の前から感じられる。
小さい姿を初めて目撃した者達は、大きい姿とのギャップが逆に不気味さを一層際立たせているように感じた。
既に知っている竜一やハルも、正面からヴェルンカストの力と向き合うのは少々怖いと感じる程だった。
だが、契約者のルーはそんな凄まじい力を秘める精霊の真横に居ながらも、恐怖など全く感じさせないにこやかな笑顔。
「久しぶりだな、ルー。けど、俺達の旅に同行するって一体どういう風の吹き回しだ?」
「念願の精霊契約も果たせたし、これからって時じゃないの?」
面識のある二人は唐突な提案に首を傾げてしまう。ハルが言うように、ルーにとってはこれからが始まり。
今まで精霊と契約できなかった事が問題視されていたが、紆余曲折あって精霊との契約を果たした。
ハルがキオンをパートナーとした事で基礎から学んだように、ルーも基礎から学んでいくのだと思っていた。
「それに関しては私の方から説明させて頂きます。一言で言えば、この学院に彼女達を指導できる存在が居ないのです。リューイチさんはご覧になったでしょう? 講師の契約精霊が圧倒的な力で消滅させられたのを。あの精霊は上級精霊です。その精霊を容易く葬るとなると、もはや手の届かない存在です」
実はエメットの正体である賢者ローゼステリアであれば、ヴェルンカストを御する事は容易い。
しかし、ローゼステリア自身が表に出る訳にはいかない。表向きには世代交代を重ね、ローゼステリア十六世が校長を務めている。
現在の世界においてローゼステリアと弟子達の中で表舞台に出ているのは、エルフのアルヴィース・グリームニルのみ。
それ以外の者達は皆生きてこそいるが、ほとんどが世俗を離れ陰で生きている。
リチェルカーレは現在精力的に動いているが、名が知られているのは本名のカリーノ名義である。
フォルは世界から存在を消し、ハイリヒはリッチ化、カンプナルはテュラン名義で活動中。
そんな状況下で、リチェルカーレとフォルとハイリヒが居て、さらにエレナやレミアやセリンと言った万全の布陣。
竜一のパーティには過剰なまでの力が結集していた。そこにルーとヴェルンカストが加われば、鬼に金棒を束で持たせるようなもの。
「……確かに、俺達のパーティでないとどうしようもなさそうだな。ルー自身はいいのか?」
「はい。せっかくなのでヴェルちゃんと一緒に世界を見て回ろうと思ってます! よろしくお願いします!」
「改めてよろしくな。今後はさらに賑やかな道中になりそうだ」




