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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第七章:唐突に始まる学園モノ? 魔導学院編
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276:クサントス

 寝坊しているらしいクサントスが来るのを待つ事にしたのだが、それは突然に起こった。

 まるで何かが爆発するような音と共に、地面が激しく揺れる。それは一発二発ではなく何度も何度も繰り返し起きた。

 俺は驚愕する。何せ、彼方の山の上から超巨大な馬の顔が姿を見せたからだ。ど、どうなってやがる……。


 震動と轟音に晒されながらもう少し待つと、やがてその馬の全貌が見えてきた。

 顔だけが見えていたのはあくまでも遠方だったからであり、間近にまで来ると山が足元の蹄を隠す程度にしか見えない。

 一体何万メートルくらいの高さがあるんだよ。もはや頭部は雲が浮かぶ天上にまで行ってしまったぞ。


『あの子がクサントスだよ。この島のボスで、風の眷属全体でも五本の指に入る子なんだ』


 この島――って事は、まさか風の領域は他にもこんな島がいくつもあるって言うのか?

 しかし五本の指に入るとは恐れ入った。ルーと契約したあの闇の精霊も凄かったが、このクサントスも凄まじい精霊だ。

 マーナの契約精霊であるクーの本体がこの馬鹿げたデカさの精霊とは、とてもじゃないが信じられん。


『これはこれはアウラ様。わざわざお越しとは、一体何事ですかな?』


 あぁ、クサントスは喋る事が出来るのか。まるで拡声器で町内に知らせるみたいに声が響いたぞ。


『クサントス。人間界に居た貴方の分体が暴走したわ。止めるために『力の塊』にしちゃったから、元に戻してあげてくれる?』

『……私の分体ですと? 妙ですな。私には分体を産み出した記憶などありませんが』

『んー。貴方の状況は良く分からないけど、とりあえずコレに触れて見たら何かわかるかもよ?』


 アウラがクーの封じられた光球をクサントスに向けて飛ばす。

 まっすぐ彼の頭に向かって飛んで行った光球は、額の部分に当たって目元に落ちた。

 その瞬間、光球が割れて封じられていた力がブワッと広がっていく……。


『お、おぉ……。確かに、これは私の力。しかし、心当たりがない。一体どういう事なのでしょう……?』


 広がったクーの力をその顔に浴びた事で、確かにそれが自分自身の力であると自覚したようだ。

 だが、心当たりがないとはどういう事なのか。勝手に力が分離して分体が生み出されるとかあり得るのだろうか。


『どうやら無自覚のうちに分体を作ってしまった上に、分体とのリンクも切れてたみたいね』


 ……あるんかい。


 アウラによると、力の強い精霊は睡眠中など無意識のうちに分体を作り出してしまう事があるらしい。

 人間で言えば寝息のようなもので、通常の精霊であれば微弱な力を放出する程度だが、強大な精霊は放出する力が大きく、ある程度の強さを持つ力は自然と一つの形を成す事があるという。

 裏界における精霊の誕生は、通常『空間に満ちる力が一か所に集まって形を成す』事で起きるため、無意識に分体を製造してしまう事は自然現象に近いと言える。


 本来であれば、精霊が分体を産み出す際は精霊自身が意識して力を集めて形とし、己と意識と力をリンクするための経路を作る。

 だが、自身が意識して作ったものではない分体の場合、当然ながら産みの親には産んだ記憶がなく、分体との間に己との間を繋ぐ経路は無い。

 そのようにして産まれた分体は、産んだ親とは全く関係なく独自の意志を持って活動を始めるようになってしまうという。


『なるほど。そういう事でしたか……。確かに私は人間界に行ってみたいという願望がありました。しかし、この巨体では難しい……』

『その憧れが無意識のうちに分体を作っちゃった上に、本体の願いを本能的に感じて人間界に行っちゃったって感じかな』

『そうなのでしょうね。今、我が体に分体の力を戻した事で、この子の辿った軌跡が伝わってきました。とても優しい主に恵まれたようですね』


 クサントスがその大きな首を下げてくるが、俺達の視点からすれば、まるで山が迫ってくるような感覚だ。


『マーナ・パラヴィーナ。貴方が主なのですね。心より貴方に感謝します』


 未だ気を失ったままのマーナに感謝の意を述べると、再び首を上げる。おそらくはお辞儀のつもりだったのだろう。

 クサントスが首を上げ終わった直後、俺達の目の前に光が集まり、力が徐々に形を成していく……。


『クゥーーーーーッ!』


 さっきまでの暴走状態が嘘のように、しっかりと馬のような形と意識を保ったクーが再生を果たした。

 すぐさま気を失ったままのマーナに駆け寄り、寄り添うようにしてその場に身を屈めた。

 無理に起こそうとしない辺り、重傷を負っていた主を気遣っているのだろう。出来た精霊だな。


『我が子よ。我が無意識から生まれたが故に苦労を掛けましたね。確か、クー……と呼ばれていましたか。貴方はその少年が己の主で幸せですか?』

『クゥ!』


 嬉しそうな声で即答する。クーの方も、見た瞬間に己がクサントスから生まれた存在である事を自覚したようだ。

 人間と蟻の如くその大きさに差のある『親子』は、この時ついに初の対面を果たす事になった訳だ。


『貴方は私の分体ではない、独立した個の存在。私の事は気にせず、好きなように生きると良いでしょう。せめてもの贈り物として、上手く使えない力を自由に使えるようにして差し上げます。主をしっかり守るのですよ』


 クーの身体からまばゆいばかりのオーラが立ち昇り輝く。この姿を見て、もはや誰も最弱の精霊などとは思わないだろう。

 今までずっとチャンスに恵まれず解放される事の無かった力が、暴走とは違う正式な形で使えるようになったのだ。


『と、言う訳でめでたしめでたしだね。じゃあ彼らを向こうに送り届けるよ。えい!』


 アウラが右手を振ると、マーナとクーが光に包まれ、その場から消えた。

 向こうに送り届けると言ったからル・マリオンに戻したんだろうが、何というあっさりとした退場なんだ。


「もう戻してしまっていいのか? マーナはずっと気を失ったままだったし、クサントスは対面しないままじゃないか」

『彼には真実を知らないままで居てもらいたいのですよ。彼が契約をしたのはあくまでもクーという精霊であって、私ではないのですから。変な先入観は無い方が良いでしょう』

『正直、クサントスの力はあの子には大きすぎるからね……。闇の所の子がやらかした以上にとんでもない事になると思うよ』


 それもそうだな。クサントスという本体が居ると知ったら、クーとの接し方が変わってしまうかもしれない。

 今までの言動からして強大な力に溺れるような性格ではないと思うが、ルーのように自覚無きままその力を振るってしまう可能性もある。

 マーナにとってはクーという精霊のままでいいんだ。クーの本体だけあって、人に気遣いが出来る所は良く似ているな。


『リューイチ様、貴方がアウラ様と契約を結んでおられる方ですね。どうか、アウラ様を宜しくお願い致します。私も、必要に応じてアウラ様の名の下に力をお貸しします』

「これはご丁寧に……。改めて、よろしくお願いします。刑部竜一です」

『ふふ、無理に敬語は使わなくて結構ですよ。アウラ様の主にそんな態度をされては、私の立場がありませんし』


 薄々察してはいたが、俺が契約した精霊達はどうにもとんでもない存在達であるようだ。

 あのヴェルンカストを従えるタルタといい、クサントスを従えるアウラといい、明らかに彼女達の方が力関係が上だ。

 おそらくは他の6人も同等の存在だろう。いっその事、ストレートに聞いてみた方が良いのかもしれない。


「なぁ、アウ――!? こ、今度はなんだ……!」


 口を開こうとした所で再び地震。しかし、今度はクサントスの時のような足音はしない。

 となると、島そのものが揺れている事になるのだが、クサントスはじめ集まった精霊達は誰もこの地震に驚いていない。

 俺とエレナは思わずバランスを崩して転倒してしまったが、リチェルカーレはちゃっかり少し浮いてやがる。


『……ようやくお目覚めのようね。本当の寝坊助さんが』

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