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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第七章:唐突に始まる学園モノ? 魔導学院編
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275:風の領域

 俺達が転移した先は、学院の練習場。精霊を使役した模擬戦なども行われる場所だ。

 先に来ていたミスラに聞いた所、以前に見たクーという馬のような精霊が暴走していたらしい。

 原因は主の重傷。死ぬ寸前にまで至った事で怒り、そのまま抑えきれなくなったという。


 皆にとって予想外だったのは『最弱の駄馬』と馬鹿にされていたあの精霊が、それ程の力を秘めていたという点だ。

 何故それだけの力を秘めていたのにもかかわらず最弱だったのか。それは言わずもがな契約者のマーナにある。

 マーナはクーが痛めつけられると、それを嫌って自分が前に出てしまう。そのため、クーはいつもギリギリまでは追い詰められない。


 追い詰められないから、それをきっかけにした力の爆発が起きない。どんな存在でも、極限状況下で目覚める力はある。

 皮肉にもマーナの優しさがクーの成長する機会を奪ってしまっていた。必ずしも優しい事ばかりが精霊のためにはならないのだ。

 それをわかっているからこそ、講師達もイジメとも言える一方的な試合展開でもあえて止める事をしなかった。


 極端な話、精霊は死んでも甦る。言ってしまえば、精霊をかばってダメージを受けるなど愚か者の所業でしかない。

 精霊からすれば、わざわざ受ける必要のない攻撃を受けに来ているのだから。だが、クーはそこまで冷徹に割り切る事は出来なかった。

 故にこその怒りだ。主を害した者はもちろんの事、主にそうさせてしまった自分の不甲斐なさに、何よりも怒っているのだ。


 ……クーの怒りを感じ取ったミスラによる話も交えてまとめると、こんな感じだな。


「で、それがクーを封じた光球か。元には戻せそうなのか?」

「残念ながら、それよりも先にやらなければならない事があるんだ」


 エレナから光球を受け取った俺は、空を指し示すリチェルカーレの指先に目をやった。

 すると、遠方から見えていた空の割れ目が見える。さっき見た時よりもさらに広がっているようだ。


「なるほど、そういう事か……。どうやらその精霊は思った以上に――」


 思わせぶりな事を口にすると、リチェルカーレは軽くジャンプしてそのまま飛行……上空にまで行ってしまった。

 おそらくだが空間の穴を閉じに行ったのだろう。リチェルカーレならそれくらい問題なくできるはずだ。




 リチェルカーレが上空へ行った後で、改めてミスラからクーを元に戻す方法を聞く。


『い、今のこの子は暴走した事により力が不安定になっています。このまま開放しても力が吹き荒れるだけで、元の姿には戻りません。元に戻すためには、裏界の本体に接触して、定められていた形を取り戻すしかありません』


 ようするに光球の中身は成長する前の『卵』みたいな状態になってるって事か。

 クーが封印されてるのではなく、クーを構成する元となった力が無造作に詰まっているだけ。

 だから、この状態で中身を取り出してもクーと言う形に戻る事は無い。


 精霊は基本的に裏界に本体がおり、こちらの世界の存在は本体に連なる力の塊のようなもの。

 ならば、本体に接触すれば力の塊も元に戻るだろう、何せ設計図とそれを設計した本人が存在するのだ。


「裏界か……以前タルタに連れて行ってもらった事があるけど、また今回も連れて行ってもらえるのか?」

『は、はい。ただ私は光の精霊なので、光の領域にしか連れていけません。その子は風の眷属だから、風の子にお願いしないと……』

「風の精霊に心当たりはあるのか?」

『も、もちろんです。ご主人様が契約した中に居ますから……。ちょっと呼びますね』


 ミスラはニュッと空間に小さな穴を開き、その中へ上半身を突っ込んだ。


『あ、あのー。アウラちゃん、出番だよー。アウラちゃーん』


 アウラと言う名を呼びつつ、穴から上半身を出すミスラ。

 彼女の両手には、おそらくアウラと呼ばれた精霊と思われる存在がしっかり捕まえられていた。


『ふわぁ……一体何なのよ。まったりと惰眠を貪っていたのに』

『し、仕事をさぼるのはダメだよー。それより、御主人様からお呼びがかかったんだよ』

『んー、ご主人? はっ!? そ、それを早く言いなさいよこのグズミスラ!』

『ひ、酷いですー』


 ぺしぺしとミスラを叩いたアウラは、ビシッと姿勢を正してこちらへ向き直った。


『貴方がご主人っすねー。お初でーす。あたしはアウラ、風の精霊やってまーす』


 なんかギャルみたいな口調だ。そんな彼女は淡い緑のポニーテールを揺らし、まるでアラビアの踊り子みたいな衣装を身に纏っている。

 フェイスベールがあったら完璧だな。風の精霊というよりは、ランプの精霊というか、中東風の魔法使いみたいな感じだ。


『アウラから念話で事情は聞いてるよ。その子の本体が居る所に行けばいいんだねー。どれどれ?』


 アウラがクーの封印された光球をジロジロ眺める。


『あー、この子は……。なるほどー。そうだったかー……』


 さっきのリチェルカーレといい、何処か含むようなものの言い方だ。

 このクーという精霊には、一体何がある言うんだ……?


『んー、まぁ実際行ってみるのが早いかなー。とりあえずあたしの周りにいる人達みんな連れていけばいいかな? えい!』

「上空の対処は終わったよ。それで、次はどうす――」


 アウラが転移を発動する直前、リチェルカーレが下りてきたのが見えたような……。



 ・・・・・



 気が付いたら、俺達は広大な草原の只中に居た。

 一方は草原が地平線の彼方まで広がっており、もう一方は向こうの方に森や山々が見える。

 上はさわやかな青空が広がっており、春のように暖かくさわやかな風を感じる。


「もしかして、ここが裏界なのか……? アウラに連れていかれた場所とは全然違うな」

『当然じゃん。アウラの領域は闇だし、あんな陰湿で暗くてじめっとした場所と一緒にしないで欲しいんですけどー』


 そういや俺が連れていかれた場所は闇の領域の中でも最奥の特別な場所って言ってたっけ。

 本来の闇の領域はあそこまで真っ暗ではないらしいが、それでもアウラの言うイメージだと良い雰囲気に思えない。

 とは言え、ミスラをグズだと罵ったアウラの事だ。おそらくはタルタの事も同様に悪く言っているのだろう。


「――って、いきなり転移に巻き込まれたんだが、どういう事かな?」


 珍しく困惑を見せるリチェルカーレ。地上へ降りてきたのとほぼ同時に転移の範囲内に入ってしまったんだろう。

 俺達の他に連れてこられたのは、近くに居たエレナと、そのエレナに治療を受けていたマーナの計四人。

 とりあえずリチェルカーレに事情を説明すると、大体察していたのか「ふーん」と軽く返事し、辺りを見回す。


『うぇるかむ風の領域! とりあえず辺りにいるみんなを呼ぶよ!』


 やはりここが裏界――風の領域なのか。自然豊かで落ち着く場所だな。

 そう思ったのも束の間、ドドドドドドッと激しい音と共に地面が振動を始める。

 何事かと思いきや、四方八方から無数の何かがこちらに迫ってきている。


 それらは俺達から十数メートル付近にまで迫った所でストップし、俺達を囲むようにして待機している。

 一番多いのは動物に良く似た姿の存在だが、ちらほらと人の形に近い姿の存在や、マシンのような姿をした存在も見受けられる。

 小動物のように小柄な者達から、数メートル十数メートルあるような大型の者達も居る。全部で一体何体居るんだ?


『集まってくれてありがとう! あれ、クサントスはまだ来てないの?』


 とりあえずここに集まっている『みんな』が、アウラの呼んだ者達であるらしい。

 と言う事は、みんな精霊なのだろう。本当に色々な姿の存在が居るな。どれくらいが人間と契約しているのやら。

 おそらく、アウラが口にした『クサントス』という精霊がクーの本体なのだろう。頭文字もクだしな。


『へー、そうなんだ。相変わらず寝坊助ねー』


 近くに居る精霊から話を聞いたのか、アウラが答えを得たようだ。どうやらアウラによると、そのクサントスとやらは寝坊助らしい。

 これはもう少し待つ必要がありそうだな。クーを元に戻すためには、その本体と思われる精霊の協力が必要不可欠だ。

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